第2話 先輩の地雷を踏んだかもしれない

 私たちが呼び出されて日々暮らしている砦は、ナウニャカーダ砦という。バーニャカウダっぽいと思う、とハルナに言ったら思わないと冷たくされた。あと野菜はあまり食事に出ない。肉も多くない。固いパンばかり食べてる。


 この砦は国境にある大事な砦の一つで、近くにある大きな川の向こうはもう敵国という前線に当たる場所らしい。

 そのため、騎士の聖処女として私は日々川岸まで連れていかれては気力が尽きるまで魔力を搾り取られるという役目を負っている。


 この世界の魔法の発動には呪文、杖、そして魔力供給源たる聖処女の力が必要らしい。どんな魔法の効果になるかも聖処女にかかっているらしく、オタクじゃないけどアニメも漫画も洋画もそこそこエンターテイメントを楽しんできた私は優秀らしい。要するに、必要なのは想像力なのだ。


 ほとんど伝聞なので、実際のところがどうなのかは知らない。でも、お世辞を言いそうにないヴォルが、私が褒められることに口を挟まないところを見ると、そこそこ魔法は役立っているのだろう。


 ヴォルからの指示はあそこを破壊しろとか吹き飛ばせとかそういう大雑把なものが多い。それが私の想像力で補われて効果を発動するらしいのだ。

 でも私の意志で発動するわけではないので、仕組みがよくわからない。

 ヴォルからこういう魔法をイメージしろと言われて私が想像している間に、ヴォルは魔法使いっぽいことをしている。

 魔法を使う実感はないけれど、疲労は蓄積していくので私の想像力と体力は確実に影響する、というのが今わかっていることだ。


 一度、敵国にもいるらしい聖処女がどんな魔法をイメージしたのか知らないが爆撃されたときは魔法学校シリーズのあの映画を全部見ていて本当によかったと思った。あとお父さんの好きな宇宙戦争もの。よくわからないけど目に見えないすごい防壁のイメージ、すごくできた。ありがとう映画、ありがとうアニメ。


 とにかく、あまり安全とはいえないこの砦だが、突然視察が来ると昨日の夜に告げられた。視察に訪れるのは第四王子とその娘だという。なんで来たのかと言うと、ヴォルが第四王子の娘の婚約者候補だからだ。

 あの顔だけの男が王族の娘の婚約者候補の一人とは、この国大丈夫なのだろうか。




 コンコン、どころではない。ごんごん!と力いっぱい私とハルナのいる部屋の扉をたたく音にこちらも腹の底からの大声で応じる。


「起きてるよ!」


 こんなドアの叩き方をするやつは一人しかいない。ヴォルだ。

 私の怒鳴り声に「出てこい」とかろうじて聞き取れる声がした。ヴォルは怒鳴らないのだ。淡々と嫌味は言うけど。


「じゃあハルナ、先に行ってくるね。またあとで」

「うん、お互い頑張ろうね」


 お姫様だか公爵令嬢だかに会うのは初めてだ。この砦には下働きの女性しかいないので、白いふくよかな女性はいない。みんな日に焼けている。

 異世界から来た私たちは、騎士と似たような服を着せられている。一目で聖処女だとわかるように、らしい。ちなみに、ここに来るときに着ていた服は大事にしまってある。品質の素晴らしい布だったと、大量生産の消耗品であるはずの服には感謝している。こっちの世界の服は重いのだ。

 

 支度を整えていた私がドアを開けると、いつもの無表情でヴォルは私を見て「行くぞ」と言った。

 嫌だって言っても連れていかれるので仕方なく狭い廊下で後を追うように歩き、階段を下りる。砦は石造りで、今はいいけど冬はめちゃくちゃ寒そうだ。

 窓が小さくて暗いのは、窓が大きいと色々戦いのときに困るからなのだろう。薄暗くて歩きにくいから好きではない。


 騎士の服を着たヴォルは、いつもと違って重そうな甲冑っぽいものは着ていない。腰から剣を下げてはいるけれど。

 たぶんめかしこんでいるのだろう。上着に見慣れないボタンとか房みたいなものがついていてちょっとゴージャスだ。

 

 悔しいが顔はいいんだよな、顔だけは、と思う。

 ハリウッド映画にいそうな顔だ。切れ長の目は少し吊り気味だけど綺麗な瑠璃色をしていてまつ毛が長い。濃紺のまつげと同じ色の髪は長くも短くもなく普通に生えてるまま適当に切ってますという感じなのに、似合う。無造作ヘアがかっこいい。でもその髪の下にある頭部の中身が残念なんだよね。

 

 とにかく顔がいい、と斜め後ろから見ていることしかできない。腕とかは筋肉がすごいので、手加減されないとひどい目に遭う。

 一度も女の子とケンカしたことがなかったとかで、ユリウス曰く手加減したはず、の叩かれ方でも痛かった。痛いし被害が大きかったのだ。


 言ってもきかないなら暴力に訴えるのはどうかと思うけれど、ハルナ曰く私の反抗的な態度はすごかったらしい。

 でもやっぱり叩くのはどうかと思うよ。いきなり異世界にいてお前は魔力供給源だからよく働けよって言われたうえに、処女って宣伝されたんだぞ。

 普通殴るでしょ。セクハラ野郎だもん。なんで素直に言うこと聞かなきゃいけないのかわからない。


 ハルナは恥ずかしすぎていたたまれなかったと言うけれど、私はとにかく怒っていた。なんで見知らぬやつに暴言吐かれて黙ってなきゃいけないわけ?

 ヴォルが何歳なのか正確には知らないけど、騎士だというくらいだし二十歳くらいだろうたぶん。少なくともそれくらいには見える。年上の男ならそれなりに礼節ってものがあっていいはずなのに。ほんとにムカつく。


「くれぐれも失礼のないように。聞かれたことにだけ答えればいい」

「はいはい。今日来るのが結婚相手なんでしょ?」

「さあな。そうなるかもしれないし、ならないかもしれない」

「まあどうでもいいけど」


 できれば私にもこっそり美味しいおやつを分けてくれるお姫様がいいな、くらいしか希望はない。

 帰りたい。この国にもヴォルにも思い入れなんてないし。帰るためには太って男を誘惑しなくてはいけない。無理ゲーにもほどがある。

 

 砦の建物はいくつかに分かれていて、私たちの部屋があるのは内側の塀の中にある北の塔の近くだ。

 中央の大きな建物に入ると、大きく広い空間がある。普段はここに騎士が集まって色々やるらしい。

 その広い部屋の、三段ほどある階段上になっている部分。なんていうのか、西洋の建物には詳しくないけど教室で言うと教壇みたいなちょっと上の人が立つような場所。

 大きな椅子と、後ろにはこの国と騎士団の旗が掲げられている。


 そこに、知らないおじさんとめちゃくちゃ横幅のある女の子がいた。

 団長たちは既に挨拶を終えたのか、彼らと向き合うようにしつつも正面の細長いじゅうたんが敷かれてない部分に立っていた。

 私たちは彼らの右側にあるドアから部屋に入ってきて、そのまま彼らの前に並んだ。

 ヴォルが膝をついて臣下の礼、みたいなポーズをとる。

 私はとりあえず横に立ってみた。


「おお、久しいなヴォルフガング。着任の後の活躍、聞いておるぞ」

「お久しぶりですヴォルフィ。わたくし、今日を楽しみにしてましたのよ」

「はっ」


 この「はっ」は私と初対面の時にちっってやったあとに鼻で笑ったハッ(嘲笑)ではない。きりっとした感じの、はい、のやつだ。映画以外で見る日が来るとは。


「そちらがお前の聖処女か」

「ミヨシと言います。まだまだ不慣れではありますが、なんとか役目を果たしているかと」


 不本意ですけどね、と私は王子様と呼ぶには夢が壊れるおじさんとこの世界での美少女(たぶん)を観察していた。


 映画で見たマリー・アントワネットとかそういう時代の世界っぽい服だ。ただおじさんの顔に元美青年の面影を探すのは難しく手、この世界基準の美少女は私の価値観には合わなかった。目が大きい気がするけど全体的に丸いからよくわからない。あと、首がない。肩の上はもう顔だ。でも胸元がものすごく大きな二つのふくらみなのはわかる。そこだけはうらやましい。いや、あそこまで大きくなくていいんだけど、やわらかそうなのはわかる。


 ヴォルとおじさんとお姫様はなんだか実のない会話をしていた。要するに、視察に来たけどお前も帰りは一緒に王都に来て舞踏会に出ろよって話らしい。


 私が聞く必要あるのかな、と思いながらお姫様の栗色の巻き髪を見ながらこの時代にもコテがあるのか、とか考えていたら突然名前を呼ばれた。


「ミヨシ様。わたくしの顔に何かついてるのかしら?」

「えっ、あ、いや、この世界に来てお姫様を見るのが初めてなので、つい、綺麗でふわふわしてるなと思って観てました」

「まあ」


ふふふ、と朗らかに笑うお姫様は上機嫌だ。綺麗なのは髪の艶とかティアラの話なんだけどまあ言わないでもいいことなのでそのまま私も微笑んでみた。


「このようなむさくるしい砦には、聖処女と下働きの者以外、女性はいませんからな」


 騎士団長が話に入ってきて、そうだ、と自分の聖処女を見る。

 そう、この世界には意外と聖処女がいる。毎年のように騎士が召喚しているらしい。とんでもない大量拉致犯の国だよ。


「サクラ、お嬢様に砦を案内してさしあげなさい。ミヨシ、君も行くといい」

「あ、はい」


 ヴォルが冷たい視線で何か訴えてきたが無視した。失礼のないようにとか余計なことを喋るなよ、という視線だろう。

 案内するほど私は砦のことを知らないけれど、ハルナ以外の聖処女と話をすることは滅多にないので少し興味もある。


 騎士団長が召喚したというサクラさんに連れられて、私たちは広い部屋を出ると中庭を通り、東の塔へと向かった。

 途中には菜園とか色々あるのだが、サクラさんもお姫様も見向きもしない。ミニトマトとかつまみ食いしたいです。


「サクラさんはお姫様と知り合いなんですか?」

「とんでもない。何度かお会いしたことがあるだけです」

「サクラ様はとても素晴らしい聖処女だと王都でも評判ですのよ。騎士団長の片腕として、頼もしくあり素晴らしい魔法の力をお持ちだと」

「そうなんですか。私はここにきてまだ数日なのでよくわからないことだらけなんですが、サクラさんはこっちにきてどれくらいになるんです?」


 私の質問にサクラさんは足を止めた。どう見てもアラサーなので、それなりに長くいるんだと思うけれど振り返った顔は強張っていて、どう見ても怒っていた。

 地雷を踏んだ。はっきりわかったけど、もうどうしようもない。


「何も知らないのね、ミヨシ。聖処女は十六歳でこの世界に召喚されるのよ」


 明るい声でお姫様が言う。つまり、十年はこの世界にいるということになる。

 そんなに長く帰ることもできず、恋愛もできず、ただただ魔法の道具として生きているなんて辛すぎる。

 サクラさんは何も言わなかった。明らかに睨まれていたのは数秒で、お姫様がいるからか彼女はため息をついただけで前を向いた。答える気がないというか、無視するつもりだなこれ。


「だから私とハルナは同い年なんですね。サクラさんも高一の時にきたんですよね?」


 しつこく聞く私に、サクラさん冷たい目をしてこっちを見た。

 というかこの人、アラサーで恋愛もできないとか切なすぎる。

 私のことを嫌う前にこの世界から逃げる方法とか考えなかったのかな。もしくは団長を誘惑するか。

 唯一接点のある男、召喚主である相手。誘拐犯だけど、頼るしかない人。

 まあ誘惑しないよな。ごめんなさい。私ならしないわ。


「そうよ。私もそうだった。どれくらいここにいるのかなんて考えたこともない。だって、死ぬまでいるんですもの」


そう言うと、行きましょうとお姫様だけど促して歩き出してしまう。

私はまだ家に帰りたい、元の世界に戻りたい。

そう告げることはできなかった。


「ミヨシ様はまだこの世界のことをあまりご存じないのね。でも、心配なさらないで」


そう言ってつややかな手袋をしたお姫様の手が私の手を包み込む。とても暖かい手だ。


「わたくし、伴侶の聖処女には敬意を払います。だって、夫を護る力になる方ですもの。ご安心くださいね」


微笑みかけられて、このお姫様はたぶん悪い人じゃないんだろうなあと思った。優しい笑顔だったから。

でも、絶対味方にならないこともわかった。

私は道具でしかないってことなのだろうけど、ヴォルを護る力、魔法のための存在価値なんて捨てたい。

サクラさんみたいに、諦めてしまう前に。

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