どうして聖女じゃだめなんですか!?

朝田ゆま

第1話 まず呼び方を改めてほしい



 ちっ。


 舌打ちされた。よくわからないけど美青年に舌打ちされた。しかも虫けらを見るような眼差しで。顔がいいけど他が悪すぎる。

 異世界に召喚されたとも知らない私の第一印象は、こいつ何様のつもりだよ、だ。

 

 彼は私の召喚主でした。




「ミヨシいいなー! 私も騎士様に召喚されたかった……毎日毎日怪我人とか病人とか見せられてもう私が倒れそうだよ……」

「ごめんねハルナ……ハルナが治療する人のうち何人かはきっとあいつの魔法で怪我した人だよ」

「つまりミヨシのせいってことじゃん」

「私は何もしてない! あいつが勝手に! 私の生命力を浪費してる!」


 私に舌打ちした美青年の正体は王国の騎士の中でも有望株、王子(ただし中年のおっさん)に仕える出世頭だった。

 なんでもこの王国には騎士の学校があってそこを首席で卒業したそれはそれは有能な騎士らしい。実際殴られるとめちゃくちゃ痛い。

 口の中が切れて頬は腫れ、そのせいで何を食べても痛くて体力が落ちて私は三日後に倒れた。倒れたのは空腹でだけど。

 それ以来、異世界の女性は物理攻撃に弱いと学んだあいつは私を言葉で詰ることはあっても殴ることはなくなった。

 早くあいつの召喚の契約を破り、元の世界に帰りたい。


 あいつ、騎士ヴォルフガング・フォン・なんとかかんとか。すごく名前が長いので覚えてない、一度しかフルネーム聞いてないし。

 名前ですら長いのでヴォルと呼んでいる。

 

 顔と騎士としての能力だけが取り柄のやつが、私を平和な二十一世紀日本から神隠ししてこの異世界に縛り付けている悪魔だ。

 この世界には意外と私以外にも召喚という名目のファンタジー誘拐の被害者が多くて、同じ騎士団の砦にいるハルナはなんと同い年で同じ時期に召喚された被害者仲間である。

 ハルナの召喚主はユリウスという。すごく…平穏な…少年……。うらやましい。こっちはDV騎士だよ。一八〇センチはあるだろう背丈で殴ってきやがった鬼畜騎士だよ。マジでクズだよ。

 ユリウスは騎士の学校を卒業した中で、学問はトップだけど騎士としての実技は平均以下で、医者を目指しているというとっても心の優しい少年だ。顔は普通でも頭が良くて優しいだけで騎士より遥かに素晴らしいと思う。

 当然ユリウスに召喚されたハルナの仕事は医療関係の魔力供給なので、私みたいに戦場に連れていかれることはない。

 それでも、砦の中にいるからとはいえ快適かというと医療現場に立ち会うのだからなかなか辛いものがあると思う。


 この世界では、どうやら魔法というものが存在するのだ。ファンタジックに誘拐をされた以上、そういう目に見えない魔法を信じなくてはいけない。

 問題なのは、魔法の発動には本人の素養の他、ゲームのように言うなら召喚獣が必要だと言うことだ。私たち、獣じゃないけど。

 

 魔法の発動に必要なのは聖処女という異世界の存在が不可欠。

 この世界の女の子ではなく、簡単に言うと妄想にあけくれ想像力が豊かな異世界の、しょじょ。

 

 処女。


 最初に聞いたときはこいつ真顔で何言ってくれてんだって思いました。処女だけど!なんで見知らぬ美青年に蔑みの視線を浴びながら言われなくちゃいけないのか。

 というわけで私はさっさと誰かと恋に落ちて、脱・魔力供給源になりたい。

 と言うか、平たくいってヤると元の世界に戻れるらしい。どういう召喚システムなの。エロゲーでもそんなシステムなくない?少なくとも兄のやってるゲームにそんなのはなかったよ。

 でも私にも選ぶ権利があるし、何より顔を知られているので誰も相手にしてくれない。フラグも立たない。

 可能性があるとしたら敵国の誰か、くらいだろう。私の召喚主のせいで迷惑を被っているから。

 できれば普通に恋愛したかったなあ……。


「おなかすいたよー、帰りたいよー」

「せめておなかいっぱい食べたいよね。魔力をめちゃくちゃ使うときしかおなかいっぱい食べれないんだもん、それさえなければユリウスはいい人なのに」

「この世界の女性には私たちは太刀打ちできないよ。ふくよかであればあるほどモテるんだからさ……」


 ダイエットしなきゃといいながらおやつを食べていた頃が懐かしい。強制ダイエットキャンプIN異世界では、腹八分がせいぜいなのだ。

 理由は簡単、この世界の女性はふっくらもちもち肌すべすべが理想とされている。豊かな生活の象徴だからなのかはわからない。

 少なくとも私やハルナのように骨ばってると言われるレベルではない。鎖骨が見えないくらいのふっくらもちもち感はマストらしい。

 そして、召喚主たちは私たちが処女でなくなってしまう危険性、つまりこの世界で言う女性らしさを獲得するのを恐れている。ゆえに強制ダイエットなのだ。ひどすぎる。

 

 毎日のように魔力という名の気力体力生命力を奪われて、食事は腹八分。おやつはない。そんな状態で太れるわけがないし、私にいたっては騎士に同行するせいで体力の消耗と筋肉の発達がはんぱないのだ。

 結果的にどうあがいても魅力的な女性にはならない。あと胸が減った気がする、許せない。

 

 砦に帰っても、こうして召喚被害者のハルナと同室で愚痴をいいあうことはあっても他の男との接触はない。

 悲しすぎる。帰るには捕虜にでもなって敵国の男を誑し込むしかない。できるかはわからないけど。ちなみに、全世界共通でふくよかな女性が理想の美とされているので、よほど変わった趣味でなければ帰るのは難しいだろうというのがハルナの手に入れた悲しいこの世界の情報だった。


「ミヨシも明日は久しぶりに一日ここにいられるんでしょう? 今のうちにごろごろして、脂肪を少しでも増やすといいよ」

「クッキー食べたい、生クリームが恋しい」

「言わないで、思い出すと食べたくなる」

「私けっこうゲームとか漫画とか読んでたつもりだけど、食事制限かかる異世界ものなんて読んだ覚えないよ……あるのかもしれないけど」

「私も、転生したらすごい魔法使いだったりいろいろあってもハーレムエンドしか知らない。こんな命をごりごり削って消耗品扱いされるなんてハードな話、あっても読みたくないけど」

「確かに」

「でもほら、召喚主にとっては私たちは替えがきかないから死なれては困るって話だし」

「生かさず殺さず……どこの王様だよ」

「でも死にたくないし」

「私たちのどちらかが男だったらもう現世に戻ってるよね」

「ほんとそれ」


 砦には他にも召喚された聖乙女がいるのだけれど、みんな当然女子だ。もはや何年も過ぎて女性と言うべきだろう騎士団長の聖乙女は帰ることをあきらめたのかすっかりなじんでいるし、副団長の聖乙女はいつ見ても倒れそうな顔色をしている妙齢の美女だ。

 召喚の儀式は誰でも行えることではないらしく、ヴォルやユリウスのように成績優秀で将来有望な軍のエリートにのみ許されるらしい。他にもいろいろ条件はあるというが、そこまでは教えてもらっていない。当然だろう、次の被害者が出ないために方法がわかるなら邪魔してやりたいくらいヴォルには腹を立てている。


 おなかいっぱいは食べられないけれど、私たちの待遇は一般の兵士よりずっといい。部屋を与えられ、食事にもお風呂にも清潔な衣服にも困らない。

 この世界の基本情報を与えられ、今は二人とも本を読めるよう勉強中だ。会話に困らないのは、召喚された直後に召喚主にキスをされたかららしい。そういう魔法なのだと聞いた。

 ハルナがどうかは知らないが私はファーストキスを悪魔とすませたことになる。なんということでしょう。


「明日は偉い人が視察に来るけど、明後日には王都に向かうんでしょう? しばらくミヨシに会えなくなるなんて嫌だなぁ」

「いつ帰ってこれるのか聞いたのにあいつ答えてくれないからなー。ハルナとこうして話せなくなるなんて私も不安だよ。つらい……」

「王都にだって聖処女はたくさんいるみたいだから、何かわかったら教えてね」

「手紙を書くよ!日本語でも書いておくね、私まだそんなに上手くないから」

「お互い異国の文字には不慣れだから仕方ないよ」


 この世界は魔法が主流なだけあって、文明の発達具合はルネサンス前という感じだ。いや、ルネサンスに詳しくないけど。

 少なくとも火薬と活版印刷がない世界。あといっこの三大発明は忘れた。

 火薬はないから鉄砲も大砲もないし、活版印刷がないから本は手書き。通信手段も手紙くらいしかない。

 

正直、不便なことはたくさんある。髪を洗うシャンプーだってないし、化粧水だってないし、鏡だってなんかくすんでるし。ここが騎士の砦だからかもしれないけど。

 網戸もないのが辛い。窓を開けたら虫が入ってくる。網戸を誰か、発明してほしい。今すぐ。とりあえず布をかけておいてるけど。

 

 私のつらいことは当然ハルナも辛くて、お互い欲しいものリストにスマホ、おやつ、日焼け止め、化粧水、ビューラー、ファンデ、汗拭きシート、その他色々書いている。

 紙とペンを与えられていることだって、この世界の普通の人からしたら贅沢なことなのだとわかってる。


 でも、私たちはこの世界で生まれたわけじゃない。

 呼び出したやつに情もない。顔がよくても許せることと許せないことがある。毎回失神寸前まで気力耐力精神力を減らさないでほしい。魔法怖い。


「ハルナ、私が戻ってくるまでに魔法使われすぎて干からびないでね」

「ミヨシこそ、あの悪魔にこきつかわれて死なないでね……ヴォルフィのことだからぎりぎりの線で生きるくらいこき使うだろうけど」

「王都で派手な魔法使うことはないだろうし、大丈夫だと信じたい。あとはあいつが個人的に恨みを買っててそのとばっちりが私にこないかどうかだよね」

「融通利かないみたいだから恨まれてそう~!」


 けらけら笑うハルナは他人事だからいいけど、私にとっては全く笑えない。あいつが恨まれていた場合、魔法を使えないようにと私が狙われる可能性はある。

 召喚した聖処女を護れないなんて、騎士の名折れらしいから。


「ユリウスが言ってた。ヴォルフィは悪いやつじゃないのに、無口だから敵を作りやすいんだって」

「無口だけが原因じゃないよ絶対」


 ヴォルと親しい人は彼をヴォルフィと呼ぶので、ユリウスと四六時中一緒にいるハルナもそう呼んでいる。そんな可愛げな犬みたいな名前で呼ぼうとも、やってることは極悪非道だ。


「わりと脳筋だから、策謀渦巻く王宮とかで失脚するタイプだと思うんだよね」

「一人入るよね、そういうキャラ。失脚して左遷されて、物語の中盤くらいに主人公の仲間になるタイプ」

「主人公にだけ心を開いて熱い信頼を寄せるみたいなやつか」


 映画とかにもいそうなやつだな、と私はハルナの仮説に頷く。口にはしないがユリウスは味方っぽいのに肝心なところでパーティを離脱しそうな自己中心的なところがあると思う。

 だけどここは残念ながらただのファンタジーな世界ではない。

 殴られたら口の中が切れて腫れるし、ごはんを食べないと栄養が足りなくて倒れる。もっと言えば、死んだ人を生き返らせる魔法だってないし、わかりやすい悪のモンスターもいない。

 

 この国は他国と領土を争う戦争をしているだけで、人間同士が戦っている。

 何もかもを丸く解決してくれる便利な主人公はどこにもいない。

 ついでに、異世界から召喚された現代人とロマンスに浸る人間もいない。

 呼び出された聖処女は魔法の触媒、いわば大切な道具にすぎないのだから。



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