第15話 僕のひととき
「ねぇ、優香。最近疲れてたり……する?ちゃんと休まないとダメだよ」
話しかけようにも、具合を考えてタイミングを逃し続けた後の事。夕食後にかなりの時間をかけて、優香への言葉を飛ばした。時計の短針は、11と12の間だった。
「……大丈夫だよ。みんな、同じ思いしてるんだから私だけ甘えられないし」
彼女の言うみんなに、自分も含まれているのだろうか。いや、そうに違いない。これは、自分の存在がどちらに傾こうと表裏ははっきりしている問題だ。
おっと、話がずれているではないか。先程調べた内容に沿って、日常でのストレスに関して聞いているのだ。
「何か……辛い事とか、最近あった?」
大抵、こういう質問は地雷でしかない。自分の知らない、暗い出来事を他人に聞くのだ。相手にとって気分の良いものである筈がない。それに勿論、僕も気分が悪くなる。
しかし、そんな事も快くとまでは行かないにしても、優香は語ってくれた。なのに、聞かなければ良かったと思う権利もないというのに、頭に浮かんでしまった事が不甲斐なく感じる。
「……ちょっと前に、ね。ずっと仲良くしてくれてた……
今、聞いた通りだ。優香は友人を失ったという。そうなのにも関わらず、これまであの明るい振る舞いだったのだろうか。
自身の悩みが独りよがりしている間、優香は自身のそれより何倍も大きな憂鬱を抱えていただろう。自分なら、気が滅入るなんてものではないと、言い切れる気がする。
ただそれよりも、と言ったら失礼だろうか。名前をなんと言ったろうか。
「蘭花ちゃんはね……凄い上手に踊れたんだよ。ずっと、ね。『世界一になったお姉ちゃんと踊りたい』って言ってた。昔から体の弱い子だったから……」
そんな事も有れば、辛くて仕方ないだろう。それでも、毎日平常を保っていた優香には何か尊敬を感じる。それに、仮定の話だがもし紫苑さんが彼女の身内で有ればそれも……
「……お姉ちゃん?」
あまり良い考えではなかっただろう。反省はしている。
「あぁ、いや、何でもない……もう寝たほうがいいよ。ほら、部屋行こう?」
その会話を最後に、二人で眠りに落ちた。脳内を動き回る新しい情報たちは安眠を与えてくれなかったが、次の朝は時間的に問題無く起きる事が出来たので、それはそれで良かったと思う。
そうして迎えた朝には、清々しい朝日の照りつけるリビングルームにいつもあるはずの優香の姿が無かった。きっとまだ寝ているのだろう。仕方なく食パンをオーブンにぶち込み、ダイヤルを『5分』の位置まで動かした。
あくびをかましながら、テレビをつけてみると、おそらく女子小学生向けに製作されたアニメが流れていた。それを観て、今日が土曜日である事を知った。
「これまだシリーズ続いてたんだ……」
残念なことに、この手のアニメは一度観ると横目でも食いついてしまう。おかげで真っ黒な物体を発掘する羽目になったのだが、焼いてしまったものはと諦めてパックのコーヒーに砂糖とミルクを大量に混ぜ、焦げた味を誤魔化した。
しかし理不尽だと思うのだが、女性が特撮などの類を観ようと咎められないものの、男性が女児向けアニメを観ればおかしな目で見られる。自分にそんな心配がない事を承知の上で、ただ、理不尽だと考えている。個人の趣味の尊重とか、知った事かと言わんばかりに言葉を吐き捨てる様は見ている側も辛くなってくる。別に、そんな作品に興味は湧かないが。
「自分の好きなものの為……なら尚更、なのかな」
不意に溢れた言葉は、自分の好きな事を続けられる人にだけ許された言葉だと、後々感じた。
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