第14話 僕の考察

 理由がない、と。そう、彼女は言った。

 それにどれだけの意味が込められているのかは、計り知れないし詳細は分からない。だが、先程よりも声が小さくなっている事を感じ取って、深入りしてはいけない様な気分になった。

「あ……ご、ごめん。なんでもないよ」

 敢えて口からは何も出さなかった。きっと、悲しい話が裏に隠れていると思っていたから。


 悲しい話は嫌いだ。それがフィクションであろうが、事実であろうが。自分の求めている結果とは必ず対になる。そして、望まぬ形で終わっていく。その続きは、存在せずにパッタリと途切れてしまうのだ。

 そんなお話は、昔から本当に大嫌いであった。

 あの御影ちゃんもなにかを察したか、口を開く事は無かった。その後沈黙が流れてもなんとなく気まずいので、話を繋ごうとこちらから話を持ちかけた。

「それでも……凄いですよ。今日だって僕、体育科の補習で来出るんです。運動苦手で……」

 あぁ、また間違えただろうか。話の内容はいいとして、僕は笑顔を作るのが絶望的に下手だ。いつもの様に、おかしな顔をしているのではと不安に苛まれた。


 その日はいつも通りの平日。何が違うと言われれば学校がない事なのだが、見事に登校してしまった。いや、仕方ないのだが。

 今日も今日とていい日だったのではないだろうか。あまり踏み入りたくはないが、紫苑さんの言葉に興味がないわけでもない。しかし、それを訊くのも些か野暮ではないかと僕の中の何かが止めた。

 いつも通り。妹の優香と二人での夕食を待っている。僕が料理をすれば、肉はたちまち黒く身を染め、魚は姿を保てなくなり、野菜は燃え尽きる。

 不器用なんてレベルじゃない。最早『暗黒物質ダークマター製造機』なのではないだろうか。

 下らない事を考えつつ、申し訳ない気持ちが渦巻いていた。そろそろ優香は夕飯を作り始める頃だろうと踏んで、せめて炊飯くらいはしようと、炊飯器の方へ向かった。でも、米ってどうやって炊くんだっけ。

 途端だった。トイレの扉を勢いよく開け放った優香がこちらを涙目で見つめていた。

「おっおおお姉ちゃん‼︎ち……血がぁぁぁ‼︎」

 時は5時半辺りだろうか。こんな時間に、奴が来やがったという。

「お……落ち着いて……とりあえず座って待ってて?」

 本当に、面倒だなと思う。この現象に意味はあるのだろうか、と自問する。自分自身、男だと主張しようと勿論の事、奴は定期で訪れるのである。迎えるたびに、何故か現れる苛立ちとは別の嫌悪を感じるのは僕だけであろう。

 訪れるたびに『こんな身体でなに言ったって分かってもらえないよね』的な事を考えてしまう。奴は、本当に何がしたいのだろうか。なんて事を、概念に問う。

「……はぁ⁉︎」

 僕は、一週間程前に終わっている。しばらくは大丈夫だと保留にしていたのだが、それがこんな形で大問題を起こそうとは。

 そこにあったのは、ただの空箱だった。

「うっそでしょぉ……ていうか空なら捨てろよ……」

 今なら、夏なので暗い道を歩かずとも自宅から一番近い薬局へ向かうことも出来るだろう。時間は、20分あれば充分だろうか。

 とりあえずその場凌ぎでポットに水を注ぎ、電源を入れ、使用期限の切れてそうなカイロをクローゼットの奥から取り出して、優香に渡して家を飛び出した。

「ったく、なんでこんな時間に……」

 後に検索エンジンを開き調べたのだが、夕方の時間帯に来る様な人はかなりストレスを抱えているらしい。

 優香もそれなりに苦労しているのだなと、実感させられた。小学生とは、基本自由気ままなものだと勝手に思っていた自分もまた、小学生の頃は今以上に悩んでいたなと思い出す。

 あの頃は、斗真にさえ言えなかった。辛い、辛いと毎晩苦しんでいたのだから。

 そんな事を思いつつ、歩調を早めて、早く帰って側に居てやろうと決めた。

 その日の夕飯は残念ながらカップ麺になったが、添えられるふっくらと炊けた米が無駄に胃を刺激した。せめて炒飯にでもすれば良かったなと、食後に思うのであった。

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