第11話 君との約束

「そのスマホをこっちに渡してください……」

 桜さんは依然、僕の黒歴史になりつつあるものが納められた携帯電話片手にものすごい雑な仕草で『なんで?』と返してくる。もうちょっと考えてくれてもいいんじゃなかろうか。

「なんで?みたいな仕草しないでくださいよ……今撮った写真を削除してください。お願いします」

 少しの怒りを出来るだけ笑顔に包みながら、彼女の手に握られた携帯電話を掴もうと右手を前に伸ばした。顔が熱い。今、どれだけの感情が脳内で入り乱れているのだろうか。

「いやだ!これは永久保存版!あ、赤面も撮っとこ」

 瞬時に起動された携帯電話のカメラは小さな音を立てながらピントを合わせ、素早い動きでこちらに向けてシャッター音を鳴らした。

「さっ……桜さぁぁぁん‼︎」

「ほら、いい顔でしょ?」

 何故あそこまで携帯電話を素早く動かして、微塵も写真がブレていないのか。普通に疑問に思うのだが、今はそんな事態じゃない。この通りに物事が進んでしまえば、恐らく二枚の黒歴史が生まれてしまう。

 いや、既に生まれたといえば生まれているが、削除してしまえば問題ない。ただ、それをどう実行するのか。手段が未知である。

「ふふふ、これで日向ちゃんは私の言うことを聞かざるを得なくなってしまったなぁ?」

 不敵な笑み……のつもりだろうが、正直に可愛いと思ってしまった。何故この危機的状況で思考回路は正常に動かないのだろうか。馬鹿野郎なのか。

「それ聞けば……消してくれますか?」

「うん、勿論消すよ?聞いてくれれば、ね?」

 なんだか、嫌な予感がするのだ。一つの黒歴史を消すために、新たなる黒歴史が生まれようとしている気がしてならない。黒歴史に関してはスペシャリストになりつつある僕がいうのだ、かなりの確率でそうなるだろう。


 ここ数日で本性が明らかかになった桜さん。内面的なことも合わせた上で全てにおいて、悪く言ってしまえばモンスターである。一応、個人の感想です。

 そんな者に弱みをニギニギされては、僕のような生物は堪ったものではない。早急に対処せねば。

「じゃあ、パーカーの方を消して欲しかったら……」

 この流れ、二つ目があるパターンだ。

 息を呑み、覚悟を決めた。

 しかし、何でも来いと構えていた中に飛び込んできたのは、何か柔らかい。そういう言葉だった。

「敬語使うのさ、やめよ?」

 ……本当に、彼女はそれでいいのだろうか。モンスター呼ばわりしていたのだ、てっきり一時間抱擁とか言い出すと思っていた。

 しかし、そんなものだ。そんな事だ。そんな些細な事で許されるのであれば、喜んで受け入れよう。あの写真が残るよりは断然マシである。

「分かりま……うん。分かった」

 早速、危ない。常に注意せねば、敬語に戻ってしまうだろう。癖とは、割と中々治らないものである。

 そんなことを考える裏で、次に桜さんの口から発せられる文に不安を抱いていた。それこそ1つ目で安心させておいて2つ目で……なんて事もあり得るだろう。

「それじゃ、この赤面日向ちゃんを消して欲しくば……」

 ああ、やめてくれ。自分の顔って結構見るの嫌なんだ。

 しかし、そんな考えの中に存在していた不安も、独りよがりだったらしい。

「私の事、御影って呼んで?」

 これは、僕自身が桜さんの事を勝手に決め付けていた事による独りよがりの理由があるのだろう。

 桜さんが僕を『普通』にしようと気遣ってくれているのだろうか。それを断る理由もないし、寧ろ喜ばしい事だ。あの日の夜、僕は『桜さんを下の名前で呼びたい』と密かに願っていたのだから。

 そんな同等の関係になりたいと、あの時は願望ばかりを並べているつもりだった。それが自分の内に秘めた『自然に』というエゴであると決め付けていた故に、今回の発言に少し動揺を溢す。

 僕は、「これまで」と「これから」で何度決意を固めるだろうか。

「分かった。み……御影ちゃん」

 口ではどうとでも言える……とは言うものの、これはかなりの羞恥心が身を包んでいた。互いがどんな関係であろうと、最初から呼び捨てるのはあまり向かない気がしたから、それを付け足した。

 そんな僕の一連の思考消し去るように、彼女は優しく口を震わせた。気が動転して余り聞こえなかったが、恐らく「よろしくね」とか、そう言う事を言っていると感じていた。


「はぁ……可愛い……」

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