第10話 君は僕の弱みを握る

それから、誰かに出会う事を怯えつつも色々と見て回った。ものすごい高いテンションで終始いろんな話をしてくれた桜さん。でも、彼女に一つ謝らなければならないことがある。

 ごめん、僕化粧品とかよく分からないんだ。

 結果としては、特にこれといった問題は起きなかった。言ってしまえば大成功である。

 しかし、遠足のお約束みたいなことになるのだが、家に帰るまでが戦争である。

 よくよく考えてみれば、ほとんどの生徒が部活動に励んでいるであろうこの時間帯である。夕暮れになれば人は増えるだろうと踏んで、早めに帰宅しようと考えたのだ。そう、家に帰るまで、割と本気で安心はできない。

 ショッピングモールの中、ありとあらゆる店が立ち並ぶ道中で、少し派手な……というか、かなりお値段のケタがかなり高くなりそうな服が立ち並ぶ店の前を通る。

「ねぇ日向ちゃん、アレ着てみない?」

 彼女が指差すのは、もう服と呼んで良いのだろうか疑わしいレベルの物だった。第一印象はなんというか、休日の朝とかにやってる女児向けアニメに出てくる感じのドレス。フリルの集合体としか呼べないようなものが、そこにはあった。

 逆に、なんで彼女は僕がこれを着ると思ったのか。イエスと答えるのはゼロに等しいと本人も分かっているだろうが、どこかに希望を抱いていたのだろうか。是非やめていただきたい。

 その茶番っぽい一連を適当にあしらって、次へ進むことにした。

「着るわけないじゃないですか。第一僕は男だって何度も……」

 まあ、そんな理由があろうがなかろうが、結局どちらにせよ私服の8割にパーカーを起用しているのが覆ることはないだろう。

「日向ちゃん、パーカー好きなの?」

 なんか、心の中読まれてるの疑うレベルで鋭い人である。

 いや、結構リアルに頭の中を読まれているのでは。仮にそうだったとすれば、僕からすれば人一倍不都合が多い訳だが。

「じゃ、パーカー見てく?」

 いや、別に拘ってるとかじゃないし、好きなわけでもない。パーカーは動きやすい上に、フードで顔を隠すことができるという利点がある為、利用のしやすさから始まった好みである。

 まぁ、否定ばかりでは気分を悪くされるかもしれない。桜さんだって、こちらの為に気を使ってくれているのだから、断ることは出来ない。

「んー、何色が似合うかなー?」

 入店してから桜さんは、当然のようにパステルカラーのコーナーへ一直線で突っ込んでパーカーを漁っている。基本モノクロを好む僕にそんな色は似合わないだろうと思いつつも、近くを目で散策した。

 しかしよくよく見れば、あんな高そうなものを店頭に置いていたというのに、店内の品揃えはそこらの店となんら変わりない普通の服ばかりだ。店頭のアレ見た客が客足が入店を拒みそうな配置だなと感じつつ、再度桜さんの方を向くと、少し濃い目のピンク色をしたパーカーを持ってこちらに構えていた桜さんの姿が映った。

「これ……着てみない⁉︎」

 色に若干堪え難い何かを感じたが、彼女の思考などもある訳だ。断るわけにいかず、さっさと終わらせようその一心で試着室へと足を運んだ。

 しかし前から気になっていたのだが、皆は何故、店内に配置された簡易の箱にカーテンを付けただけの物の中で服を脱ごうなんて事が出来るのだろうか。

 いつ誰の手により開けられるのか分からないこの部屋で、分厚いともいえない布一枚の向こうでは知りもしない他人がこちらを見ているというのに。

 ……いや、別に見られる分にはいいんだ。だって男だし。これは人類全体の価値観とかそういうものの甘さに関して話しているのであって、僕は関係ない。

 鏡に映った肌の色は、他者と比べればまだ白い方なのだろうか。しかし、この身体にも少しは思考回路による抑制力があるのか、あまり女性らしくとは言い難い範囲で収まってくれている。まあ

 簡単に言ってしまえば『貧乳』なのである。

 そんな思考を消し去りつつ、着替えを終えてカーテンを開け放った。

「おお……似合ってる似合ってる‼︎」

「そ……そうですかね……でも結構恥ずかしいですよこの色は……」

 基本、黒か白以外を好んで着ることはない。全く未知の領域である。

「ねえ日向ちゃん、フード被ってみて?」

 そんな言葉に言われるがまま従い、フードへ手をかけた。いつものように視界が狭くなり、頭が抱擁される感覚を心地よく感じた。

 しかし、だ。今、瞬間的にポケットからスマートフォンを取り出し、シャッター音と共に桜さんのポケットへ戻っていったアレはなんだったのだろうか。

「桜さん?何して……」

 フードを取ろうとしたとき、おかしな感触が触れた。

 いや、布であることに変わりはないのだが……それは、明らかにそこに縫われることに意味がないものだ。なんだこれは。

 恐る恐る鏡の方を向いてみると、信じ難い光景が映っていた。

「ねっ……⁉︎」

 あろうことか、二つの三角形が左右の頭部に縫われていたのである。それを手中の携帯電話に納めたいが為、これを選んだのだろうか。

 すると、桜さんが持っていた携帯電話の写真フォルダには今……

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