第6話 僕を刺殺する

 そんな僕を射殺さんばかりの眼差しは、依然として言葉を纏いながら飛来していた。自分のメンタルの弱さはずっと悩み続けていた一つであり、他に自分の真実を伝えられない要因でもある。この理不尽な暴論に言い返す言葉なら、幾らでもあるだろう。現に、現状を打破するような言葉は腐り余らすほど脳内にひしめいている。

 しかしその言葉に対する相手の反応が怖くて、唇を動かすことが出来ないという現状である。全く、格好悪いお姉ちゃんの次は、役立たずのハリボテか。

 いつまでも脳内を走り回る、逃げたい、逃げたいと考えるばかりで精一杯の思考は、ひと時の感情を優先する為に浮かんだ反論を全て消し去ってゆく。

 なにも出来ないまま理不尽に負けて、終わってからああ言えば良かった、こういえば良かったと妄想を続ける。いつもそうだ。

 そんな弱さを象った様な僕は桜さんに『男』だと認めて貰えないまま。

 周りから『普通』と認められないまま終わるのだろうか。

 そもそも、僕が今日という時を生活していて、なにがいけなかったのだろうか。僕みたいな存在が桜さんと親しげにしていたからだろうか。

 もしくは、眼前の彼女も桜さんの事を……

 なんて、まだ訳の分からない冗談を考える余裕はあるらしい。関係のないところで現実逃避する事に適したこの頭は、使い物にならないなんてレベルでは纏まってくれないらしい。

 おかしくなった頭が理解に追いついていないまま、飛来した次の辛辣が直撃する。

「……なんか言えよ。ほんと、気持ち悪いな」

 これは、単なる彼女の嫉妬からくるものだろうか。それとも、純粋に祖から備わっている悪意だろうか。どちらにせよこの一連は、僕の心に残っている古傷を抉るには充分すぎる様ななものだった。か弱い記憶たちが、次々と踏み潰されていく。

「なんでだよ……」

 咄嗟で、無意識だった。

「何が気に入らねぇんだよ……」

 はっきりと、口から自然に溢れた言葉。自分でも、こんな事が言えたのかと内心驚いている。

 しかしそれは、反論というよりは、誰かに助けを求める為の演技と言った方がしっくりくるだろう。無論、この場には二人の生徒しかいない。そんな事をできる人間は、誰一人として存在していないのだが。

 そんな僕の言葉に驚いた様子もなく、平然を保ったまま理不尽を次々と飛ばす彼女は、僕の言葉を聞いてくれていた。しかし、その一言が彼女に刺さり、『そうだね』と答えてくれるわけにもいかない様で。何度も同じ様に、それらしい単語を繰り返していた。

 誰か、ここに現れてくれたら終わるのだろうか。いや、誰かとは言ったものの、僕の味方なんて数える程しか居ない筈だ。斗真と、桜さんと。たった……二人だけだ。

 それに、もう斗真は部活をしている時間だし、桜さんは既に帰っただろう。桜さんは、用事があると言っていたのだ。

 この眼前の光景を、くだらないと笑い飛ばせられれば良かったのに。僕はなんでもすぐに思い詰めてしまう。


 最終的、貯めていた言葉を吐き尽くしたのか、目の前にあった、自己の目線では拷問器具となんら変わりない女子生徒は姿を眩ませていた。

 後半彼女の言葉は覚えていない。詳しく追求する事もなく、言葉を流す事のできない僕は痛みを延々と蓄積していた。

 辛い。辛い。自分の覚悟が呼んだ不幸なんだろうと、全て自分で背負おうとする癖がここで発動していた。

 そんな暗い気持ちのまま、廊下を小さな歩調のまま歩く途中に、グラウンドから一番近い男子トイレから現れた陸上ウェアを纏った斗真に出会った。その顔に、内心が安堵を唱えてくれたらしい。

 ただ、こちらも先程と同様に無意識。

 斗真のウェアに顔を押し付け、迷惑と思いながらも静かに眼球と目蓋の隙間から水を流していた。

「なんで……何が……」

 この言葉が、どれだけ被害を生んだだろう。

 斗真のウェアを汚してしまった。今度の試合出場が決定している斗真の練習時間を奪ってしまった。単純に、斗真に迷惑をかけてしまった。そんな事も全て、自分の背負う罪だ。


 落ち着くまで、と、グラウンド近くの水道の側で体育座りに顔を埋めていた。斗真が全ての元凶について、僕に問い詰めてくれたのにも関わらず、僕は『自分が弱かったから』としか答えられなかった。

「俺はさぁ、お前がそうやって全部自分のせいにして色々抱え込む奴だって知ってるから色々言ってやれる。でも、それはお前のためにゃならねえわな」

 あの日の様に、また僕は斗真に見透かされている。本当に駄目な人間だ。僕は、結局なにも変わっていないんだと何度も念押しして自分自身を戒めた。

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