第7話 彼の考えは

 斗真は、僕が都合良く脳内に創り上げた理想の人間像と一致している。僕の事を擁護してくれて、いつでも頼れる人間。

 だが、それが持ってはいけない理想であることも、知っている。

 「俺、部室行ってくるからちょっと待っててくれ」

 斗真はそう言い残して、部室練とは真逆の方向へ足を急がせていた。しかし、顔を両膝に埋めていた僕がそれを指摘する事は無い。


 斗真は、正門の前で一人の生徒を見つけていた。今朝、日向と桜さんの方を不満に見つめていた、ある女子生徒を。それは、当時は全く必要のない存在として無視していた……いや、考えたくない事を彷彿させる原材料だったため、記憶からは消していたのだが。

 名前と顔が一致していない故、その顔に見覚えはあったものの、彼女の名を呼ぶ事は無かった。

「……なぁ。お前、日向に何か言った?」

 女子生徒は足を止め、無機質な顔を向けた。それがどんな感情を持っていたのか、心理学の類を何一つ理解していない斗真には分からなかった。まあ、理解して分かるものならば、人類はそれを取得しているはずなのだが。

「……いや、なにも?ていうか月見くんさ、八雲のこと下の名前で呼ぶんだ。もしかして、そういう関係なの?」

 小指を立て、嘲笑を決め込む眼前の存在。それを下らないと、笑い飛ばせればどれだけ楽だったろうか。所詮今は、その行為によって解決するものは何もないことは明白だ。

 数年前から二人の間で決めた約束によって日向とは、お互い男と男である。それを隠しているという事実がこの会話には、邪魔で邪魔で仕方がなかった。

 この件に関しては、勿論、日向を責めているわけではない。

 それを踏まえたうえで、何故か分かる。このねっとりとした喋り方に乗せられて運ばれる言葉は、聞いているだけで……というか、内容云々ではなくなんとなくだが。きっと日向の言うのはコイツの事なのだろうな。と。

「アイツとのそんな関係なんて、どれだけ間違った世界でも誕生しねーよ。日向は馬鹿で弱えし他人ばっかり優先して、なんにも解決できない問題ずっと抱え込むアホだ。そんな『女』との関係なんか、どう考えてもめんどくせえわ」

 勿論、日向へのそういった考えがあるわけではない。友人として許せるラインと、恋愛対象に許せるラインの引き具合は違う。ましてや男と女、微々たる差ではない。

 しかし、友人があんな風になったと。そういった理由で生まれた怒りというのは、未だ短いながらの人生ではじめての感覚だった。

「日向の何が気に食わないのかは分かんねぇけどよ、めんどくせえ事されると俺まで気分悪くなるんだわ。こっちの身にもなってくれ」

 ここに居るのは二人だけ。その他の生徒は見当たらなかったので、思い当たる節に暴の感情を込めて、好き放題言おうかとも考えた。

 しかし、それは今まで通常を保ってきた人間が言っていい事なのか。どれだけこの女子生徒が相手であろうと、その他に伝わってしまえば今度は俺が終わりだ。

 結果として、一言で終わらせようと言葉を選択して切り出した。それが、一部始終を完結させる言葉だ。



「はあ。ったく村井のやつマジモンの馬鹿だぜ」

 顧問の村井をいじるように、語ってみる。これは、日向に疑われないようについた嘘。その嘘を語り、日向の保たれる方へと視線を落とした。

「なあ、もう大丈夫だろ」

 一言、問う。

 別に、あの女子生徒の間違いを正した訳でもないし、もしかすると悪化するのかもしれない。その事を日向に知って欲しかった訳でも、伝えたかった訳でもなく。

 あの行為は、ただの自己満足に等しいと考えていた。

「うん、もう大丈夫……」

 まだ、日向の両眼には滴が残っていた。

 ……しかし、つくづく思うのだが、その仕草の一つ一つが『こいつ本当に男なのか』と疑いたくなる。疑いたくはないのだが、仕方ないと思う。というか……目のやり場に困るというか。そんな光景が、日向の姿に広がっていた。

「あのさ……もうちょっと座り方どうにかならねぇの?」

「うぇ……⁉︎」

 瞬時に膝同士をくっつけて踵を滑らせるように座り直し、膝の間に両手を埋めた。

「……見た?」

 もう本当に、こういうところである。こんな現状なら、疑問の一つや二つ浮かんでもおかしくは無いだろう。しかし、こんな思考をしてしまうことも申し訳ないと思う思考の片隅にも、彼なりに努力はしているんだと一応解釈しておこう。

「見てないです」

「嘘だ」

「見てないです」

 この後の、日向を見送る途中。

 一人で帰宅させるのがなんとなく気がかりだったので、適当な部員に体調不良を訴えて、帰路を共にした。

 なんらかの用事と言って、謝りながら足早に去っていった桜さんを思い出しながら、中学3年になりながらも、周りと比べて身長のかわいい日向に並んで帰路のコンクリートを踏みしめた。

 時は、十二時を少し過ぎた辺りだった。しかし、空腹を紛らわせる事もせずに、暫しの雑談……と言っても先程の尋問であったが。それに関しては、話を逸らして笑い飛ばした。

 カケラも嬉しくない水色の布は、何故か脳にこびりついてしまった訳だが。

 あの女子生徒にぶつけた言葉。その行為でスッキリしたのは自分だけかもしれない。日向はまだ何か抱えているのかもしれないが、それを忘れる程の楽しい夏休みを、桜さんと是非を送って欲しいと。

 そう、密かに願った。

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