第十四話 「騎士は諦めが悪いのでな!」

 決戦の準備を終えて、あたしたちはルイン村を出た。


 『森の王』は基本的に縄張りの外に出ることはないので、傷を癒やすため一度巣に戻っているのではないか、というのがミュウ君の推測。それを頼りに、あたしたち一行は北へ進む。


「まずは『眷属』を探すッス。『王』に『眷属』にされた魔獣は、どれだけ『王』から離れても必ず『王』のところに戻ってくる帰巣本能が植え付けられていると、最近の研究でわかってるんスよ」

「その『けんぞく』を見つけたら、どうすればいいんだ?」

「見つからないように、これを投げるんスよ」


 ニューの疑問に答えるようにノルンさんは懐から丸い赤玉を取り出した。大きさはビー玉くらいだろうか。


「これは?」

「『マーキングボール』っていう魔導具で、『眷属』クラスの魔獣に投げると皮膚にくっつくんス。するとこの玉の中の液体が少しずつ漏れ出して、液体から出た匂いで魔獣の帰巣本能を呼び覚ますんス。あとは漏れた液体を頼りに『眷属』を追跡するだけっていう優れものッスよ」

「『王』の巣に乗り込もうという時は、そうやって巣の居場所を特定しているのだ」


 なるほど、香料付きのペイントボールみたいなものか。ジークさんも把握しているところを見ると、魔獣の『王』討伐に使われている必需品のようだ。


「ただ、特殊な環境下でしか製造ができないということもあって、出回ってる数自体が少ないッスから、ほとんど貴重品みたいなもんッスけどね」

「製法を詳しく知りたいところですけど……」

「ウチも製法を知らないんで、この話はおしまいッスね。あそこ、居たッスよ」


 ノルンさんが指差した先に、『眷属』がいた。真っ黒い毛のテナガザルのような、『森の王』よりふた回り小さい『眷属』だ。


 茂みに隠れて、ノルンさんが『マーキングボール』を『眷属』に向けて投げつける。

 投げたボールは『眷属』にくっつくが、『眷属』は何の反応も示さない。だがそれを引き金として中の液体が漏れ出すと――


「プギャッ!」


 液体の匂いに反応して『眷属』の身体がビクついた。しばらく痙攣した後、慌ててこの場から去っていく。吸着している『マーキングボール』の液体を少しずつ落としながら。


 なるほど、帰巣本能を呼び覚ますとはそういうことか。


「よし、成功ッス!」

「あとは『眷属』が逃げた道を辿るだけだ」


 歩き出したノルンさんとジークさんの後を追う形で、『マーキングボール』の落とした液体を目印にあたしたちも移動を開始する。

 『眷属』の退路を辿って数刻、森の奥地へとたどり着いた。鬱蒼とした木々が生い茂っている。


 そしてその奥地に、それはあった。


「すごい……こんなに大きな樹があったなんて」


 思わず感嘆の言葉を漏らしてしまうほどに幻想的。

 そこは大樹を中心とした、『森の王』の巣だ。幹の高さは30メートルは優にあるだろう。枝葉は天高く伸びており、まるで天空を覆う巨大な傘のようだった。

 葉っぱはどれも青々としていて瑞々しい。

 風が吹いていないにも関わらず、大樹の葉や木漏れ日が揺れている。


「姉貴、あれ!」


 ニューが指差した先には、大樹を背にしてくつろいでいる『森の王』。『眷属』たちも奴の周辺に集まっていた。


「何をしてるのかしら?」

「しばらく様子を見るッス」


 『森の王』は、まるで品定めでもするように『眷属』を一通り見ていくと、突然『眷属』の一匹の頭を鷲掴み、口に放り込んだ。咀むように口を動かす度に、バキボキと骨が砕ける音が響く。


「うげぇ!?」

「自分で生んだ『眷属』を……食べてる!?」

「どの魔獣の『王』でも、この光景は慣れないッスねぇ……」

「『眷属』を喰らって、欠損を補填しておるんじゃ。二度目の遭遇でジークリンデが斬った指が何故綺麗に生えておったのか、その答えがこれじゃな」

「つまり遺跡に落とした時のダメージを、『眷属』を食べることで回復してるってことですね」

「ならば万全になる前に!」


 ジークさんが隠れていた茂みから勝手に飛び出していく。


「ちょっ、隊長! 作戦通りにぃ!」

「薄々こうなると思ってた! ちょっと早いけど作戦開始! ミュウ君、いいわね?」

「はい! 皆さん、よろしくお願いします!」

「行くぞぉ!」


 ジークさんは『森の王』へ。それを追いかける形でジークリンデ小隊は『眷属』の群れに一直線。ニューはもしもの時にミュウ君と後退できるように待機。あたしはジークリンデ小隊が『眷属』を引き付けているうちにサイドへ回り、『森の王』に奇襲をかける。


 作戦としてはシンプルだが、これが初めてでぶっつけ本番の連携。上手くいくかは運次第だ。


「そこをどけぇぇぇ!!」


 ジークさんが『シュニーロマンサー』を解放リリースして猪の如く突っ込み、『眷属』を蹴散らし突破口を開いている。ノルンさん含めた小隊員が残った『眷属』を足止めした成果もあって、あっという間に『森の王』の前に辿り着いた。


「我が名は王国騎士団ジークリンデ小隊長、ジークリンデ・シグルド! 『森の王』よ、決着をつけるとしようか!」


 バカでかい声で『森の王』に啖呵を切るジークさん。魔獣は基本意思疎通ができないのに、名乗りも済ませる辺りがジークさんらしい。


「いざ、参る!」


 ジークさんの先制攻撃は『シュニーロマンサー』の能力、『絶対零度アブソリュート・ゼロ』による氷刃の雨。『絶対零度アブソリュート・ゼロ』は契約者マキナユーザーを中心とした剣先が届く範囲半径約三メートルに限り、氷精の加護を得て空気中の水分をイメージ通りに凍らせて、それを操ったり固定化することができる能力。


 しかし、氷の刃は普通の生物の皮膚は斬れても、『森の王』の鋼鉄の肉体を斬るには至らない。氷刃の雨は硬い胸板を前にして砕け散った。


「この程度で物足りないなら、もっと冷やしてやるぞ!」


 が、それを前にしてもジークさんは攻め手を緩めない。右ストレートで反撃してきた『森の王』の拳をひらりと躱すと、『森の王』の左足を能力で凍らせる。

 それでも『森の王』は左足を封じていた氷を力技で砕く。その間にジークさんはバックステップで距離を取った。


「鋼鉄の肉体に氷をも砕く怪力……ミュウ少年の言うように、冷気を操る『シュニーロマンサー』と相性が悪いという事実は如何ともし難いのだろうな。しかし!」


 ジークさんが構えを取り、魔力を高める。


「騎士は諦めが悪いのでな!」


 ジークさんの放つ魔力圧で『森の王』が少したじろいだ。


「『我が戦友たる氷精よ、氷河の如きその力を今ここに!』」


 詠唱が終わると同時に、『シュニーロマンサー』を地面に突き刺す。

 すると、『森の王』がいる地面から大量の霜柱が立ち上り、瞬く間に周囲一帯を銀世界へと変えていく。


「『ペルマ・フロスト』」


 『絶対零度アブソリュート・ゼロ』の能力が作り出した、凍土領域。それは、一瞬にして周囲を氷点下にまで下げて凍結させる、ジークさんの奥の手。


「これでさぞ冷えたことだろう。今こそ勝機だ、レヴィン!」


解放リリース、『ソルマドラ』!」


 この瞬間を待っていた。位置についたあたしは右手に籠手を顕現させて跳び上がり、『森の王』の死角から奇襲の拳を放つ!


「セリャァァァッ!」


 太陽の如き炎を纏った渾身の一撃は、『森の王』の脇腹を捉え、大きく仰け反らせた。


 効いている。鋼の肉体にダメージが通っている!

 ミュウ君の言っていた通り、『森の王』も魔獣とはいえ生物。


 急な気温の変化には、ついていけない!




 ※※※




 時は昨日、ルイン村の拠点で『森の王』対策を話し合っていた頃に遡る。


「温度差攻撃?」


 ミュウ君の『森の王』対策が、これだった。


「魔獣も他の獣と同様に生物であるなら、通用すると思います」

「確かにウチら人間でも寒暖差で調子が悪くなることがあるッスけど……」

「あの表皮や筋肉が魔力に反応したマギニウムで硬くなっているのなら、その魔力の流れを脳から狂わせることで、マギニウムの硬化は防げるとボクは考えます」


 なるほど、要は『森の王』に風邪をひかせるわけか。確かに風邪をひいて熱を出せば、頭痛と共に倦怠感を全身が襲って力が入らなくなる。


「どうやってそんな環境を用意するんスか?」

「ジークさんの『シュニーロマンサー』と、レヴィンさんの『ソルマドラ』です。見たところ正反対の性質を持ったマキナみたいだったので」

「えっ、そうなんスか?」

「あたしの『ソルマドラ』の能力は『属性付与・太陽エンチャント・サン』っていうんですけど、読んで字の如く太陽の魔力を纏うことで魔獣にダメージを与えられる感じのやつです」


 本来属性付与するのは外付けの武器の方なのだが、まあ嘘は言ってない。拳も武器ってことで。


「太陽属性のマキナとは、珍しいものを持ってるんスね」

「なあ、太陽属性って火属性とどう違うんだ?」

「ニューは物覚えが悪いのう……この間教えたじゃろ? よいか、魔法の属性というのは――」


 魔法の属性は『火』『水』『風』『土』の四大元素を基本とし、そこから派生した属性を合わせると数は多い。

 『太陽』属性は『火』の派生属性だ。原初の火とも呼ばれているため、『太陽』属性を持つマキナは希少だと聞いている。


 『シュニーロマンサー』の属性は見ての通り『氷』だろう。『水』の派生属性だ。


「私の『シュニーロマンサー』は『絶対零度アブソリュート・ゼロ』という能力だ。限られた範囲ではあるが、空気をイメージ通りに凍らせることができる」

「確かに太陽と氷……正反対ッスね」

「だからこそ、作戦が成立できます。まずジークさんの『シュニーロマンサー』を使って『森の王』を凍結させてください。そこへレヴィンさんの『ソルマドラ』による熱い一撃を叩き込む。万が一寒暖差に慣れてしまっても、この繰り返しでいずれ『森の王』は倒せるはずです!」


 この面子で一番頭の良いミュウ君が言うのだ、全幅の信頼を置こう。


 そして皆で『森の王』に勝ち、不安の種を取り除こう!




 ※※※




 そして現在。


 『森の王』に魔力を込めたダメージが通る。それでも奴は体勢を整えようと脚を踏みしめる。

 まだ一撃を与えたに過ぎない。

 奴の脳が反応できていないうちに、決着をつける!


「『我流・ライジングアーツ』――」


 あたしは着地してすぐさま魔力を高めて詠唱を開始した。あたしの場合は詠唱といっても、技の発生を脳内でイメージして技名を叫ぶことで出力している、という感じだが、マキナとはそういうものだから、細かいことは後回し。今は奴に負けないことだけを考えよう。


 今なら急所に打ち込める。右手を振りかぶって、持ちキャラ・レントの突進技をお見舞いしてやろう!


「『ブレイク・フィスト』ォ!!」


 渾身の突進右ストレートが『森の王』に届く。

 だが、確実には届かなかった。咄嗟に奴が硬化した両腕でガードしたのだ。


「ぐっ……!」


 籠手のおかげで殴った衝撃は和らいでいるが、硬い表皮と筋肉のせいで威力を完全に殺されている。


 それでも、あたしは追撃の手を緩めない。


「まだまだぁぁぁ!」


 左手に魔力を集め、殴れる拳をイメージする。右手と同じ籠手が左手に顕現した。


「幻の、左ぃぃぃ!!」


 温存していた左フックが『森の王』の頭を捉える。奴のガードも解け、巨体が仰け反った。

 あたしは着地してすぐ追撃に入る。前世、ライナクでも使っていた決め技を使う時。それは今!


「『我流・ライジングアーツ』!」


 再び右の拳に魔力を込め、突き上げる。太陽まで昇る拳、その名を――


「『ライジング・ナックル』!!」


 全力のアッパーが、『森の王』の顎を捉え、その巨体を浮き上がらせる。音を立てて『森の王』は倒れた。


「オッ……オォン……」


 痙攣して気絶した後、『森の王』が霧散する。力の源となる魔石だけを残して。


「……ふぅ」


 ノルンさん達が抑えていた『眷属』も『王』の消滅につられて消える。

 この勝負は、あたしたちの勝ちだ。


「やったっ! うまくいった! よかったぁ……!」

「姉貴ぃーっ!!」


 茂みで待機していたミュウ君とニューが、歓喜の声をあげてあたしに駆け寄ってくる。


「やっぱ姉貴はすげえや! なんていうか、こう、ガツーンってやって、ドカーンって感じで!」


 感極まりすぎて語彙力がアレなことになっているニュー。まあまだ子供だし、このくらいはね。


「攻撃をガードされた時はどうなることかと思いましたけど、成功してよかったです!」

「常に最悪の状況は考えてたから、反射的に身体が動いただけよ。それと、ありがと……」

「えっ?」

「ミュウ君の立てた作戦がなきゃ勝てなかったかもだし、ニューも迂闊に飛び出さずにミュウ君を守ってくれた。ノルンさんたちだって上手く『眷属』を足止めしてくれたし、ジークさんもちゃんと自分の仕事は理解してくれていた。あたしだけじゃ掴めなかった勝利は、みんながいたから掴めたっていうか……とにかく、ありがと!」


 あたしは照れ隠しもあって少し早口で感謝を述べて、辺りを見回す。気付けばノルンさんたちも駆け寄っていて、双子と一緒に笑顔であたしを見ていた。


 ああもう、なんだこれ、恥ずかしい! でも嬉しい!


「わしも色々知識をひけらかしたり、仕事したんじゃがなぁ。ま、お主のそういう顔が見れたことだし、わし自身は大満足じゃぞ!」


 リテラめ、つまりはほぼ何もしてなかったってことじゃないの。騙されんぞ。


「あんたの都合なんざ知らないっての! さ、さっさと拠点に帰ろ!」


 その時、聞き覚えのある腹の音が辺りに鳴り響く。案の定、ジークさんが魔力の消耗と空腹で倒れていた。


「腹が……減ったぞ……」

「いつものッスねえ……隊長の運搬お願いするッス」

「はいはい。締まらないわねえ……騎士で隊長なのに」


 魔力がスッカラカンなジークさんを背負い、あたしたちは帰路につく。


 こうして、半ば巻き込まれた形で経験した初めての魔獣の『王』との戦いは、ジークリンデ小隊と小さな策士の協力もあって、誰の犠牲も出さずに勝ちを拾ったのだった。

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