第十二話 「治癒術式……使えます」

 王国騎士団のジークリンデ小隊が一時的な拠点として使っている村が見えた。

 ルイン村、というらしい。


 ラグナ族の集落より少し広い程度のこぢんまりとしたものだが、村としての体裁は保っているようであり、農業に勤しむ人々を多く見かける。


 そんな村の中で、ノルンさんが拠点として借りているのが、木造の一軒家であった。

 拠点に入り、脚を負傷しているノルンさんを部屋のベッドに降ろす。

 瓦礫の下敷きになっていたのだ。骨が何本か折れているかもしれない。


「情報交換の前に、まずは治療じゃな。この中に治癒術式が使える者はおるか?」


 リテラの言葉に反応を示した者は、ジークリンデ小隊の中には誰もいなかった。


「まあ、『森の王』に襲われていた時に誰かが治療に専念したことがなかった辺りで察してはおったが……バランスが悪いのう」

「いや、ちゃんと薬草や魔法薬は準備していたが、あの時のどさくさで落としてしまって……」

「しょうがないだろ、ただでさえ騎士団は人手不足なんだ。治療師をひとり加えられる余裕もない」

「そもそも君はどこの妖精だ? 随分と偉そうだな」

「わしの名はリテラじゃけど……いや、別にわしのことはええんじゃが」


 小隊員三名を責めるわけではないが、いくら人手不足でも治癒が行える人員を割くくらいできただろう。

 しかしそれも無理な理由があったみたいだし、ここは言わぬが花ということか。


「ちなみにウチも使えないッスよ。ウチはタンク役ッスから、肉体強化系の魔法ぐらいしか無理ッス」

「そっかぁ。メガネかけてて頭良さそうなのにな」

「キミはメガネかけてる人間がみんな学者だと思ってるんスか?」


 でもニューのボケに対応できるぐらいには頭良いですよね、ノルンさん?


「そうなると、村で治療師を探すしかないわね」

「あ、あのう……」

「当然私も治癒術式は専門外だからな。ノルン、この村に治療師はいるのか?」

「あの……」

「聞いたことがないッスね……今から探すとなると確実に日が暮れるッスよ」

「あのっ!!」


 ミュウ君が突然大声を出す。あたしも含めてびっくりした全員がミュウ君に注目した。


「ミュウ君、何か言いたそうね」

「あっ、いや、ですから、そのぅ……」

「恥ずかしがることないだろー、ミュウ。使っちゃいなって」


 ニューがミュウ君の背中を押すような言い方をするからには、ミュウ君の知らない秘密がひとつ解き明かされたりするんだろうか。


「あの……ボク……治癒術式……使えます」


 なんとも気弱そうな声でミュウ君は答えた。


「なぬぅ!?」

「マジで!? 今までそういう素振り全然なかったじゃない!」

「それは……レヴィンさん、全然怪我とかしなかったですし」

「会ってから披露する機会が今までなかった、というだけかのう……」


 ともかく、ミュウ君にノルンさんの脚を治してもらうことになった。


「『我が主たる光精よ、汝の名の下に彼の者の痛みを癒す力を』。――『ホワイト・ヒーリング』」


 ミュウ君が手をノルンさんの脚に向けて詠唱すると、白い魔法の光が彼女の患部を包み込むように輝き、そして消えた。


「……どう、ですか?」

「脚の血行が良くなって、折れてた骨が繋がった……ような?」

「だからといって、まだ万全に脚を動かせるわけではないので、しばらくは安静にしていてください」

「わかってるッスよ。治癒術式はあくまで新陳代謝に働き掛けて、自然治癒力を向上させるものッスから。王都の治療師に散々言われたッスよ」


 なるほど。ゲームで言うところの回復魔法とは少し違うわけだ。

 ふと、あたしが難しい顔をしているのを察したのか、リテラがあたしに説明してくれる。


「治癒術式は数ある魔法術式の中でも、とびきり難度の高い術式なはずなんじゃが……まさかあの歳で使える者がおるとは、わしも驚いておる」

「いわゆる天才児ってやつなのね。頭が良いのはわかってたけど、本当にすごい子だったんだ」

「いえ、ボクなんかまだまだで……魔法もほとんど独学ですから、使える魔法も少ないですし」


 謙遜するミュウ君だが、これはとんでもない才能だと思う。

 少なくとも、こんな小さな子が治癒術式を習得して使いこなせているというのは、普通ならありえないことだ。


「それでも凄いわよ、ミュウ君。えらいえらい」


 あたしの手が無意識にミュウ君の頭を撫でる。


「えへへ……」


 嬉しそうに笑うミュウ君を見てると、ついこちらまで笑顔になってしまう。


「はいはい、ご馳走様じゃのう」

「ん? まだご飯食べてないぞ?」

「そういえば朝から何も食べていなかったな」

「何故か流れるようにご飯の話になったッスね……」


 ともあれ、ノルンさんの脚が治るまではこの拠点の厄介になりそうだ。


 あたしたちは改めて自己紹介を済ませ、昼食を食べてから予定していた情報交換を始めることにした。


「ところで、そっちは魔獣についての知識ってどれくらいッスか?」

「そこまで詳しくはない、ですね。ラグナ族の集落にいましたから、外界の情報源なんて吟遊詩人とか旅商人の口伝てぐらいなもんで。魔獣のことは、突然現れた人間に危害を加える天敵みたいな認識です」

「じゃあ、『王』の個体を倒せば『王』に連なる『眷属』も一緒に消えるとか、そういう知識もないわけッスか」


 おおっと、ここで初耳の情報が出てきたぞ。流石は王国騎士団、田舎にいるだけでは入ってこない情報もバッチリだ。


「騎士団や傭兵たちの間では、上位個体の魔獣を『王』、その『王』が普通の獣を魔獣化させた配下の下位個体を『眷属』って呼んでるッス。自分らが接触した『森の王』も上位個体ッスね。『王』はそれぞれ縄張りを持っていて、他の『王』の領域には入らないのが基本っぽいッス」

「つまり、『王』さえ倒せば大体なんとかなるというわけだ」

「まあ、今はそれができないから苦労してるんだけどなぁ」


 『王』さえ倒せば『王』に連なる『眷属』は消える。心当たりはあった。


 ラグナ族の集落が襲われた時、ダリアは『フェンリル』と呼ばれた大狼を中心とした群れを連れていた。

 その時に父が『フェンリル』を倒したのだが、それ以降に他の魔獣が集落を荒らすことがなかったのは、『フェンリル』が『王』だったから『眷属』の魔獣が消滅した、というのが真相だったのだろう。


「だが『森の王』、倒せぬわけではないぞ」

「どういうことッスか、隊長?」

「実はお前たちと合流するより先に『森の王』と遭遇して戦闘になったのだが、奴の両手に捕まって身動きが取れなくなっていてな。そこをレヴィンが指を殴って怯ませてくれたおかげで、指を斬り落として脱出できたのだ」

「あの硬い奴の指を斬り落とせたんスか!?」

「ああ。確かに私の『シュニーロマンサー』で斬った」


 思えばジークさんは何故あの時、『森の王』の指を斬れたのだろう。

 弱点というわけではなさそうだった。偶然指の筋肉を緩めていた、という都合の良いものでもないという感じだ。

 単に偶然が重なって、たまたま斬れたのだろうか。今は考えてもわからない。


「もしかしたら……」


 ここで口を開いたのはミュウ君だった。


「皆さん、まずはこれを見て欲しいんです」


 そう言うとミュウ君は何かを取り出して机の上に置く。それはつい最近見た、見覚えのあるアレ。


「これは遺跡にあった卵ではないか! ちゃっかりパクっておったんか!?」

「そう、メイルドラゴンの卵と思わしきものです。メイルドラゴンは魔力伝導率の高いマギニウムを噛み砕いて、鎧のように硬い皮膚と鱗に進化したとされているんですが、何か『森の王』と似ていませんか?」

「確かに、『森の王』の硬さはまるで鎧のようだったが……」


「あくまでボクの仮説に過ぎないんですが、『森の王』もメイルドラゴンと同じ経緯を辿って進化した魔獣なんじゃないかと思うんです」

「なるほどね。だからあんなに硬かったわけだ」

「マギニウムは形状記憶合金エーテルメタルの素材となるもの……生物の魔力に反応して皮膚や筋肉が硬くなるってのもあり得ない話ではないッス」


「じゃが、それがどうしたんじゃ? わしらは奴の起源を知りたいのではなく、倒す方法を話し合っておるんじゃぞ」

「はい、ですから突破口が見えたんです。ヒントはレヴィンさんとジークさんが教えてくれました」

「えっ、あたし?」

「……と、私か?」


 突然名前を出されたせいで変な声が出てしまった。

 そんなあたし同様に、ジークさんも何が何だかわかっていない様子。


「おそらくこの方法なら、『森の王』に勝てます」


 自信たっぷりに宣言するミュウ君の瞳には確かな決意の色があった。

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