第十話 「やっぱり、太陽が届いてないと不安になるわね……」
新しい朝が来た。
が、しかし。
「あれ……?」
朝なのに、洞窟の入り口から光がわずかしか差し込んでいなかった。
大小様々な岩が、入り口を塞いでいたのだ。
どうしてこうなってしまったのか。冷静に状況を把握しなくては。
「みんな、起きて!」
とりあえず声を張って皆を起床させる。
「何じゃ、何じゃ。まだ夜じゃぞ……って、何じゃこりゃぁ!?」
まずリテラがこの状況に驚いた。続けて双子とジークさんも状況を把握する。
「誰か、この辺りのならず者の仕業でしょうか?」
「いや、寝ていた間は魔獣が活性化する夜更けだぞ? 周辺に盗賊が陣取っていてもあり得ない」
「じゃあ魔獣の仕業なのか?」
「そこまでの知能を持った奴がいるなど、聞いたことがないのう……」
じゃあ、それ以外の要因となると。
「地震で上の方にあった岩が落ちてきた、とか?」
「地震、か……そういえば一度、そんな感じの揺れで起きたことがあったような気がするのう。それからすぐに寝たんじゃが」
「リテラさんが揺れを感知したなら、おそらく地震落石説が一番有力でしょうね……」
入り口を塞いだ岩を触って硬さを確かめる。あたしの一撃で壊せなくはない。しかし――。
「こんな岩くらい、姉貴がガツーンってぶっ壊せばいいだろ?」
「いや、無理ね」
「なんでさ?」
「ニュー、レヴィンさんは崩落の危険性があると言いたいんだよ」
ミュウ君の言う通りだ。それに下手に力任せにして崩してしまうと、もっと大きな崩壊を招くかもしれない。
そうなったら、この洞穴自体が埋まってしまう可能性だってある。
ここにいる全員が生き埋めになりかねない。
だから慎重に行動する必要がある。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
「なら、この洞窟の奥に進むしかない、というわけか」
「そうなるかのう。進んでいけば、シャバの空気を吸えるかもしれん」
「なら、灯りが欲しいところですね。薪と燃えやすいものを使って、松明を作りましょう」
ミュウ君の提案で薄暗い中、簡易的な松明を作る。火は『ソルマドラ』の力を少し使って補い、あたしが先頭になって洞窟内を進むことにした。
※※※
薄暗い洞窟の奥に進んで数刻。ここまで魔獣の姿は確認できていない。洞窟を住処にしている動物が数体いるくらいだ。
「やっぱり、太陽が届いてないと不安になるわね……」
「心配するなレヴィン。このジークリンデ・シグルドがついているのだ。魔獣が出れば私で何とかできる」
「魔力効率を少しは考えてたら、その台詞も信頼できたんだけどね……」
「はっはっはっ、返す言葉もない!」
「最近それしか言ってないような気がするな、ジーク」
約二名、まるで緊張感なし。少しは怖がりながらも警戒してるミュウ君を見習ったらどうだ。
そんな中で、松明の灯を中心に警戒して飛び回っていたリテラが何かに気付いたようだ。
「ふむ……どうやらこの洞窟、遺跡の一部だったようじゃな」
言われてみれば、今いる辺りから人が加工したような岩の壁が続いている。
「ここに人が住んでいた形跡があるってこと?」
「元々遺跡というのは、人が造り遺したものですし、ここもそうだったんでしょうね」
「足下に気をつけるんじゃぞ。骨になった先住民が倒れてるやもしれん」
「こんなところでホラーなこと言わないでよ……」
確かに人の足跡らしきものも見える。
しかし、随分と古いものだ。ここで暮らしていた人は、もう何百年と前に死んでしまったのだろう。
そんなことを考えると、脚が震えてくる。
「その様子からすると、ゴーストやアンデッドの類は苦手なのかな?」
「なっ……!」
ジークさん、たまに核心突くようなことを素で言っちゃうので、マジで敵に回したくない。
「べ、別に怖いなんて思ってないしぃ? 単に手応えがなくて殴れないから苦手ってだけだからね!」
「はいはい、そういうことにしておくかのう」
「なに、恥じることはない。弱点は美点。誰しも苦手なもののひとつやふたつあるものだ!」
「そーいうジークは何が苦手なんだ?」
「私か。うーむ……算術、かな?」
完全に知能指数が低い人の苦手科目じゃん!
「一桁ならまだ良い、二桁からが鬼門でな。目眩がして知恵熱で倒れたこともある」
「重症じゃな……」
「どんな教育受けてきたのよ、この人……」
こんな人でも王国騎士団の小隊長やれるんだな、と思った。
しかし、この調子だと本当にジークさんには戦闘以外の仕事は向いていないかもしれない。
まぁ、頭脳労働ができないだけで戦闘能力が高いのは、この目で見て知っているが。
「あ、行き止まりかと思ったら……これ、扉じゃないですか?」
ミュウ君が指差した先には、巨大な石で造られた扉があった。
扉には壁画のようなものが描かれており、ドラゴンのような生物を武器を持って拝む人々の姿が映し出されている。
「なんとも不思議な光景だな。人々に崇められる神聖なドラゴンがいたという噂を聞いたことはあったが……」
「うちの集落じゃ、珍しいことでもなかったわよ。太陽竜ソルマンダーってのを崇拝していてね。もう骸と竜玉ぐらいしか残ってないけど、信仰は今でも続いてる」
「これは見たところ、太陽竜って感じではなさそうですね。鉄とか白銀に近い色です」
「つまり、この遺跡には太陽竜とは別の竜がいたということなのか?」
「流石にそこまでは……」
そもそも、あたしはこんなところに竜がいることすら知らなかったわけだし。
と、ここでリテラが口を開く。本体が創造神の妖精だ、何か心当たりがあるのだろう。
「おそらく、壁画の竜は『メイルドラゴン』じゃろうな」
「メイルドラゴン、とは?」
「わしがラグナ族の集落に在住する前は、世界中を旅しておってな。その時、風の噂で聞いたことがある。遥か昔、後にエーテルメタルの原石となる『マギニウム』を噛み砕いて進化したドラゴンがいた、とな」
なるほど、そういう設定で本体が神ってことを隠してるのね。
それにエーテルメタルといえば、契約型、汎用型問わず、多くのマキナに使われている形状記憶合金。
魔力伝導率の高い素材を使っているとは聞いていたが、そのひとつがマギニウムという鉱石だというのは初耳だった。
それを噛み砕いて進化した、とは。
「とても硬い皮膚や鱗を備えた竜だったという。そいつは自らの鱗を人間に与え、友好の証としたらしいんじゃ」
「なるほど! 人々が持ってる武器は、メイルドラゴンが与えてくれた鱗で人々が作った、防衛用の武器なんですね!」
ミュウ君が古代の伝説に目を輝かせている。年相応に子供してるなぁ。可愛い。
「興味は尽きないけど、あくまであたしたちは外に出るために、ここまで来たんだからね。出口かどうかもわかんないけど、これを開けて先に進まないと」
本題に戻して、扉に手をかける。取っ手は無いので押し開けるしかない、というわけか。
「よいっ……しょぉっ!!」
力仕事ならあたしの領分。腕力と体力には自信がある。
重い扉をゆっくりと押し開けた。
「すげぇ、だだっ広い……」
ニューが息を呑む。
開いた扉の向こう側にあったのは、巨大な空間だった。
しかし、それはただ広いだけのものではない。
「やはりここは、メイルドラゴンを奉る神殿だったのでしょうか……?」
「よくわからん壁画がズラリと並んでいるな」
ジークさんが言うように、壁一面に描かれた絵がそこにはあった。
人がメイルドラゴンから鱗を受け取っている絵であったり、その鱗を鍛冶師らしき人が何らかの形に加工している絵であったり。
ここには、そんなこの地の記憶が刻まれている。
壁以外にも目を向けてみよう。この空間の中心辺りに、目立つものが見えた。
「あれって……祭壇?」
デザイン周りは、ラグナ族の集落にあった祭壇に似ている。竜信仰する集落は、どこも似たりよったりなのだろうか。
「ん? なにかあるぞ?」
「ちょっ! 待ちなさい、ニュー!」
ニューが興味ありげに祭壇へ向かう。
慌てて止めようとしたが間に合わず、祭壇の上に置かれていたものを拾い上げた。
「ミュウー、ちょっと見てみろよー!」
「ニュー、危ないことはしないでよ……」
「まったく、落ち着きがなさすぎて危なっかしいのう」
ミュウ君たちが駆け寄ってくる。そして、ミュウ君はニューが手にしていたものを見て驚いた。
「これ、何でしょう? 卵?」
「重そうな色だったけど、意外に軽かったぞ」
「卵の化石、というわけではなさそうじゃな。何年も前からここにあったものだとは思うが、ホコリが乗っているだけで、大して汚れておらん……」
「じゃあ、ガチの卵ってこと? それがどうしてこんなところに?」
「さぁ……?」
首を傾げるミュウ君の横で、ジークさんが呟く。
「まさか、本当にメイルドラゴンのものなのか?」
「いや、流石にありえんぞ。仮にメイルドラゴンがここにいたとして、こんなところに卵を放置するとは考えにくいわい」
「きっと、何かがあったのね……のっぴきならない事態が」
卵を祭壇に放置するほどの緊急事態。
それが何なのかはわからないが、この遺跡にも何かが起きたことは間違いないだろう。
「うぅむ、謎じゃな……」
「わからない謎は放っておきましょ。今はここから出る方が先決」
「それもそうじゃのう」
あたしたちが祭壇を後にした、その時だった。
突如響く轟音。足元が激しく揺れる。
「きゃあっ!?」
「なっ、なんだぁ!?」
地震にしては不自然な揺れ方。まるで上の方で何かが暴れているような……。
「この上で何かが起きておるようじゃな。出口を探さんと生き埋めにされるぞ!」
「ったく、冗談じゃないわよ!」
「姉貴、あそこに階段が!」
「でかした!」
ミュウ君の手を取って、ニューが見つけてくれた階段へ急ぐ。ジークさんとニューも後に続いた。
幸いなことに崩れたりはしておらず、上階へと続く道は確保されていた。
あたしたちは急いで階段を登る。
しばらく登っていくと、光が見えた。
「出口だ!」
「やったぜ!」
喜ぶ二人を連れて、最後の数段を飛ぶように駆け上がる。
そして、外へ出たあたしたちを待っていたものとは。
「ウソでしょ……」
「こんなところに、『森の王』じゃと!?」
あたしたちが撒いた『森の王』が、力に任せて遺跡を荒らしている光景だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます