第九話 「一矢報いたぞ、『森の王』!」
ジークさんは地を蹴り、駆け出す。
一瞬にして間合いに入った彼女に、驚いた様子を見せた『森の王』だったが、すぐに拳を振り下ろす。
しかし彼女は反射的にバックステップで後退して攻撃をかわすと、『シュニーロマンサー』を構えて魔力を解き放った。
「喰らえ!」
『シュニーロマンサー』から細かい氷弾が連続して打ち出される。狙いは『森の王』の目。
かくして氷弾は目に命中し、『森の王』から視界を奪った。
「初手で目潰し!?」
「あの騎士、ただの阿呆かと思えば筋は良いのう……」
ジークさんは着地して、すかさず次の行動に移る。『シュニーロマンサー』を構えて精神を集中し、詠唱を始めていた。
マキナは本来、長い詠唱を必要とする魔法を、ユーザー自身のイメージ力を媒介にして詠唱を省略し放てる仕組みの魔導兵器だ。
そこに詠唱を重ねるということは、破壊力の高い大技を放つということ。
「『戦友たる氷精よ、我が槍となりて敵を穿て』」
『シュニーロマンサー』の刃に氷の塊が集い、重装騎士が使うランスの形を取る。
ジークさんは氷の槍を手に、視界を失った『森の王』へ向けて突進していった。
「『アヴァランチ・ランツェ』!」
氷の槍は『森の王』の胸元を貫く……かに思われた。
なんと硬い皮膚……いや、筋肉なのだろうか。
『森の王』を貫こうとした氷の槍は、そいつの強靭な身体に阻まれて、砕けた。
「硬い……!」
強力な一撃を防がれたジークさんは、慌てず後退しようとする。
しかし『森の王』の動きも速い。後ろに跳ぶ寸前のジークさんを両手で捕えてきた。
「しまった!」
ジークさんを握り潰そうと『森の王』が力を込める。
「まずいです! あんな腕で握りつぶされたら!」
「今、助けるわ!
流石に黙って見てはいられない。あたしの右腕に、ボクシンググローブ代わりの籠手が赤い魔法の光と共に顕現する。
『森の王』は先程、ジークさんの攻撃で目を潰されている。彼女を掴めたのも攻撃を受けた時に感覚で位置を把握したのだろう。
ならば今、奴の死角は――
「下ッ!」
あたしは『森の王』に真っ向から突っ込むと見せかけ、股下に滑り込む。
そして奴の下っ腹に向けて、渾身のアッパーを叩き込んだ、が。
想定していたより硬い。鉄を殴っているような感触だった。
魔力の乗った拳なのに、まるで凹む様子がない。むしろこっちの腕の方が折れてしまいそうだった。
「ウソでしょ……?」
落ち着いて後退し、狙いを『森の王』の指に絞る。腕ならともかく手の指なら、下腹より硬くないはずだ。
「いい加減離せェッ!!」
『森の王』がジークさんを握っている両手の指めがけて飛び上がり、
「ギャッ!?」
直後、『森の王』が指に入れていた力を緩める。
「好機!」
力の緩みに気付いたジークさんは、『シュニーロマンサー』を振り上げて『森の王』の左手指を三本ほど切断。奴の手から抜け出すことに成功した。
「まさか君もマキナユーザーだったとはな。救援、感謝する」
着地してあたしにありがとうを言える余裕のあるジークさん、何故だかものすごく大者に見える。
「どういたしまして……それにしても、弱い所はあっさり斬れちゃうのね」
「何故指が斬れたのかはよくわからんが、一矢報いたぞ、『森の王』!」
一方指を斬られた『森の王』は、斬られた左手指を見つめている。
自らの置かれた状況を把握してか、驚きの行動に出た。
「オォォォォォォッ!!」
地を裂くような雄叫び。あまりの轟音に思わず耳を塞いでしまう。
長く続いたように思えた雄叫びは終息し、『森の王』がゆっくりと顔を上げる。
「うるさーいっ! もっと静かに吠えろっての!」
「ニュー、元々雄叫びはうるさいものじゃから無茶言うでない」
「……嫌な予感がします。この場を離れましょう」
あたしの後ろ、リテラがツッコミを入れる傍でミュウ君が何かに気付いたようだ。
「どういうこと?」
「あいつの雄叫びで、他の魔獣がやって来ます!」
なるほど、さっきのは群れを呼ぶための!
遠くの方から狼に似た鳴き声が複数聞こえてくる。
声の感じでは二体以上、十体は軽く超えそうだ。
「アイツを完全に倒す手が今はない以上、ここは逃げるしか……」
「囲まれる前に、か。だがここで一気に倒す方が――」
その時、聞き覚えのある腹の音。ジークさんからだ。
音に合わせてジークさんの右手にあった『シュニーロマンサー』が、魔法の光となり右手甲の魔法陣に吸い込まれる。
「……とも思ったが、やはり逃げるとしよう。腹が減って力が出ない」
「さっき朝ご飯食べたのに!? 燃費悪すぎじゃない!?」
何にしても戦略的撤退ということだ。異論はなかった。
四人でその場を離れることに決める。
振り返ると、『森の王』はあたし達が逃げていることを理解したのか、追ってくる気配がない。
ある意味の呆気なさを感じながら、あたしはミュウ君を抱えて一目散に逃げていった。
※※※
「どうにか撒けました、かね?」
「そう見ていいじゃろうな。『森の王』が追ってくる様子もない」
あたしたちは『森の王』から何とか逃げて、岩山の麓にある洞窟に身を寄せていた。
あのまま戦闘を続けていても勝てる見込みがなかったから、ひとまず退いた形になる。
「問題は……これね」
ただ、勝てる見込みがないと判断したのは、そこにぶっ倒れているジークさんの燃料切れが原因のひとつではあるのだが。
「面目ない……」
ジークさんはうつ伏せに倒れながら、己の腹の虫を嘆いている。
いや、ほんとどうしてくれんの、この状況?
「まずはジークさんの食料を調達するのが先でしょうね……」
「そーだなぁ。保存食でも全然足りなさそうだし」
普段能天気なニューも、ジークさんの腹具合を察するほどである。
「ひとまずニューは、あたしと食材集めについて来て。ミュウ君から食べられるキノコとかの特徴は教わってるし、魔獣が来ても撃退できる」
「合点だ、姉貴ィ!」
「ミュウ君はここでリテラと待機。ちょくちょくジークさんに餌をやりつつ様子を見てて。餌は備蓄を切らさない程度でお願いね」
「わかりました」
「手間のかかるペットみたいじゃのう……」
ジークさんの完全回復には、半日を要した。
あたしたちは彼女のために食料を集めて回り、洞窟に戻ってミュウ君に調理してもらったりを繰り返していく。
ジークさんが回復した頃には、既に日が沈もうとしていた。
「すまない、皆。私の燃費の悪さで迷惑をかけてしまって……」
「困った時はお互い様よ。目の前で餓死されても寝覚めが悪いし」
「お主の場合、本当に死にかねないからのう……その辺り自覚してほしいところじゃわい」
「まったくですよ……」
「うむ、返す言葉もない!」
あたしたちに散々言われて、この屈託のない笑顔。やっぱり将来は大物になるかもしれない、ジークさん。
「すっかり太陽も沈んじゃったなぁ」
「仕方ないわね、今夜はここで寝泊まりしましょ」
「夜に現れる魔獣は怖いですし、雨が降ってもここなら大丈夫ですしね」
「なんだ、もう寝るのか。私は夜中の行軍にも慣れているし、別に先を急いでも構わないのだが」
「皆、お主の世話でクタクタなんじゃよ。少しは察しろ阿呆」
「それに姉貴のマキナは、夜中になるとまともに戦えないんだ」
「なるほど、難儀なものだな」
「うるさい」
『ソルマドラ』の力を少し借りて、集めた薪に火を灯す。
こうすると夜の闇が若干明るくなっていい感じなのだ。
あたしたち全員が地面に腰掛けると、ミュウ君がふと思い出したように口を開く。
「そういえばジークさんって、傭兵なんですか? 魔獣を討伐しに来たって言ってましたし」
「厳密に言えば、傭兵ではないな。正式な王国の騎士で、一個小隊の隊長だ」
さらっととんでもない事実が出てくる。
王国の騎士団といえば、精鋭中の精鋭部隊じゃないか。そんなエリート部隊の隊長だったとは。
「そんな隊長が小隊の仲間とはぐれたってだけで、相当な一大事じゃない……?」
「まあそうなのだがな!」
「危機感ゼロ!」
でも正直なところ、こういうプラス思考な部分だけは隊長に向いているのかもしれない。
「『森の王』には多くの輸送隊が通る補給路を断たれていてな。並みの汎用型マキナ数基でも歯が立たず、契約型マキナを持っている私とその部隊に白羽の矢が立ったわけだ」
「それで遠征に来ていたってことね」
「そういうことだ。この通りはぐれてしまったがな!」
「自慢げに言えることではないのう……」
「レヴィン、今度は君たちのことを教えてくれ。ラグナ族と妖精、それに双子の子供……さぞ訳ありの旅路だとお見受けする」
ジークさんは興味津々といった様子でこちらを見つめてくる。
あたしはため息をついて、事の経緯を話し始めた。
あたしたちが旅をしている理由、そして今まで辿ってきた道程を。
「……そうだったのか。集落が魔獣教団に……」
「魔獣教団を知ってるの?」
「都市伝説の類で噂になっているのを聞いたことがあるぐらいだな。その全貌は私も知らない」
「王都の騎士様が知らぬとなると、相当に根が深そうじゃな。魔獣教団とやら」
父を殺した『魔獣教団』のダリア。
王国騎士のジークさんも詳しいことは知らないとなると、一体どれほどの規模の組織なのか想像もつかない。
「王都に戻ったら、知り合いにでも探らせてみるか。なに、空腹から救ってくれたお礼だとでも思ってくれ」
「あ、ありがたいんだけど……別に急いでくれなくてもいいわよ」
「何故だ? 魔獣教団は君の父の仇なのだろう?」
「それはそうなんだけど、別に復讐したいとか、そういうのじゃないっていうか……」
かつて夢の中で誰かに問われた言葉。
――執念か、信念か。
前世であたしの兄も、信念があったから強くなれたという。
あたしの中にある『負けたくない』という気持ちは、紛れもない信念なのだろう。
ダリアは確かに憎い。だが、憎しみだけでは戦えない。
『ライジングナックル』のレントから、あたしはそれを学んだのだ。
「強いて言うなら、『殺したい』よりは『殴りたい』って感じ。あたしの人生が滅茶苦茶になった報いを受けさせたいだけなのよ。復讐っていうよりは、仕返しね」
「なるほど……多少荒々しいが出来た人間だな、君は。野蛮人と噂されているラグナ族とは思えん」
そりゃあ、まあ……魂が別世界の人間だしね。
「復讐結構、大いに結構。私は魔獣に家族を殺された人間を多く見てきた。失った者の気持ちも理解しているつもりだ」
だが、とジークさんは続ける。
「復讐という恨みに囚われすぎてはいけないと、私も思っている。こだわりすぎて周りが見えなくなってしまうからな」
「ボク……わかるような気がします。何か好きなものに夢中になってると、周りのことを忘れてしまう……多分それに似てるんです」
「まあ執着という点では確かに似ておるかもしれんが……」
「細かいことは気にするな。ところで、ずっと気になっていたのだが――」
ジークさんはふとニューに目を向ける。何か彼女の顔についてるのだろうか。
「なっ、なんだよ?」
「ニュー、君は何故右目に眼帯を? 魔獣にやられて失明でもしたのか?」
いや、確かにあたしも気になってたけど。ストレートすぎる!
この人にはデリカシーってものが無いのだろうか?
「これは、そのぉ……乙女の秘密だよっ!」
「ぬぅ……そんなことを言われると俄然気になる! 眼帯の中を見せてくれ! 先っちょでいいから!」
まさか王国騎士の口から『先っちょでいいから』という台詞が聞けるとは思ってなかった。
今のあたしより少し年上っぽいのに、精神年齢はずっと下なのだろうか。
「落ち着いてください、ジークさん!」
お、ミュウ君が止めに入った。いいぞ。
「ニューが嫌がってるので、今は話せないんです。落ち着いたら、いずれジークさんにも話しますから」
「そうか……それなら詮索はやめておこう。すまなかったな」
「いいって。あっしも大人げなかった」
物分りが良すぎる!
眼帯の件に関してはひとまず保留という形になった。
内心あたしも気になっていたのだが、プライバシーは尊重しておかなくっちゃね。
それからあたしたちは眠くなるまで、ジークさんから王都の話を色々と聞いた。王国騎士としての仕事のこと、王都の街並み、王都に住む人々の暮らしぶりなど。
ミュウ君やニューは随分話に食いついてきたが、眠気には勝てなかったようで、シーツをかけてぐっすりと寝てもらった。
その後、ジークさんと交代で焚き火の番をしつつ、あたしもぐっすりと寝るのだった。
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