第二章 森の王編
第八話 「私はジークリンデ・シグルド。騎士をやっている」
ラグナ族の集落を旅立ってから、既に体感時間一週間。
拓かれた街道を歩けども歩けども、未だに王都の影すら見えない。
というのも、自在に飛行できる妖精のリテラを除いた三人の中で一番体力のないミュウ君に合わせているため、普通は王都まで徒歩数日ぐらいだったのが、随分遅くかかっているわけなのである。
ちなみにリテラは、あたしの肩に乗って楽をしているのであった。
「お主は本当に学者肌っぽいんじゃのう、ミュウよ」
集落を出てから何度目かの野宿。食事中にリテラがミュウ君の体力を心配するようなことを言う。
「ミュウはあっしと違って、頭を使うのが得意だからなー。面倒事は全部任せてたんだ」
「そのおかげで、随分と悪知恵は鍛えられまして」
「双子でちゃんと役割分担できてたんだね。そりゃ国境越えてここまで逃げられたわけだ」
「えへへ~、褒めても何も出ないって姉貴ぃ~」
「じゃが、お前さんは若干危なっかしいぞ、ニュー。この前だって、木の実を守る魔獣の群れに突っ込もうとしてたではないか」
「アレはそのぉ~、跳び越えられそうかなぁって……」
「やっぱりお主、ライブ感だけで生きておるじゃろ!」
ニューの言い訳にリテラが呆れていると、ミュウ君はスープを飲み干したスプーンを置く。
「今までずっと疑問だったんですけど、魔獣って一体何なんでしょうね……?」
「何……とは?」
「魔獣は二十年ほど前のウォルタート王国とアインハイト帝国の戦争中に突如現れて、両国の軍を蹂躙していったと聞きます」
あたしがこの世界に生まれる前か。戦時中に生まれて孤児にならなかっただけ、まだマシだったというべきか。
魔獣が戦争に介入したということは、両国の共通の敵となったということなので、今の王国と帝国は無用な争いを避けて停戦条約を結んでいる、と見ていいだろう。
「帝国の方でも魔獣の研究が続けられていますけど、未だに有力な情報は得られていないそうです。わかっているのは――」
「我々の言語による意思疎通は不可能ということと、通常兵器は通用せず、魔法や魔力を通したマキナでしか有効打を与えられないということ、じゃな。そいつらを崇拝する変な輩もおるがのう」
「それって、ダリアが言ってた『魔獣教団』のことね?」
「はい。もしかしたらその教団は、魔獣の秘密を何か握っているのかもしれません」
ここ数日共に旅をしてきて、ミュウ君の人となりがわかってきた。
彼は知識欲が旺盛で、特に古代の歴史などに興味があるようだ。まだあたしより歳下なのに、あたしが知らないようなことも結構知っている。
そのため未知のものには食いつきやすく、好奇心が強いみたいだ。
おまけに料理の知識もあるようで、食事の用意はほぼ任せっきりになっている。
「また難しい話になりそうだなぁ……」
対して姉のニューの方は、好奇心旺盛なところはミュウ君と似ているものの、知能指数が低いというか、理性溶けてるんじゃないのってぐらい、本能的行動が多い気がする。
野草集めしてた時だって、ミュウ君の制止を振り切って一人で走り出した時は焦った。
まあ、あれで悪気はなかったんだし、今更怒るつもりもないんだけどさ。
「魔獣の秘密を探るのも、わしらの目的のひとつではあるが――」
「わからないことを考えてもキリがないし、ニューも眠そうね。考察の続きはまた今度にして、今日のところは寝なさい。火元はあたしが見ておくから」
「うん……。ありがと姉貴ぃ……」
ニューはそのまま眠りについた。寝転ばせて、身体が冷えないようにシーツもかけてやる。
「じゃあ、ボクもお言葉に甘えて……おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
ミュウ君も寝静まり、ひとり焚き火の番をする。
「どうかこの時間に魔獣が出ませんように……」
夜の見張りは、あたしを不安にさせる。
前世で病院に入院していた頃、夜中に起きてしまって、ナースコールを押すまで誰も来てくれなくて心細かったことを思い出すからだ。
だから今も、少しだけ怖い。
おまけにあたしの『ソルマドラ』は、太陽の出ていない夜中では溜めた魔力でしか戦えないので長期戦は不利という弱点がある。
ここでもし大型魔獣に遭遇してしまったら、一巻の終わりだ。
いや、何をネガティブになっているんだ、あたしは。
ふたりを王都まで連れて行くと決めたろう。
成人になったばかりとはいえ、しっかり大人をやらなければ。
大人になったのはこの世界が初めてだけど。
「レヴィン」
さっきまであたしの頭に乗っていたリテラが、肩まで降りてあたしに囁きかける。
「木の陰にひとりおる。魔獣ではないが用心せい」
リテラの忠告に従い、薪を一本拾う。
目を閉じ、周辺の気配を探ることに集中した。
感覚を研ぎ澄ませ、耳を澄ませて、寝息をたてている双子以外の息遣いを聞き分ける。
確かに、木の陰に誰かがいるのを感じた。
「せっ――!」
薪を木に投げつける。木にぶつかる寸前に、隠れていた人影が動いた。反応が早い!
一気に距離を詰められると確信したあたしは、脚を踏ん張り、敢えて突っ込む。
相手が武器を持っていても持っていなくても、あたしの得意な距離はインレンジ。
一撃で相手を昏倒させることができれば、あたしの勝ちだ。
月明かりと焚き火の灯りに照らされ、人影から鋭いものが飛び出す。
「あぶなっ!」
条件反射で慌ててそれを両手で受け止める。
相手が持っていたのはレイピアのようだ。自身で鍛えた筋肉が、剣を離さぬ相手の動きを止めている。
「面白いな、私の剣を素手で止めるとは」
襲撃者は凛々しい女性の声をしていた。
「悪いがこちらも必死なのだ、押し通らせてもら――」
その時である。
小動物の鳴き声のような音が、襲撃者から聞こえた。
「あれ、この音って……」
その音が鳴った途端、襲撃者はレイピアを持っていた右手を離し、崩れ落ちて倒れた。
「駄目だ……もう……腹が減って……力が……」
灯りに照らされ、襲撃者の正体が顕になる。
青みがかった長い髪をポニーテールで纏め、軽装鎧を着た女性だった。
その女性が今、目の前で、空腹が原因で気絶した。
「……何なんじゃ、こやつは……?」
「さあ……?」
本当に、奇妙なめぐり逢いである。
※※※
翌朝の食卓には、昨夜空腹で倒れていた女性が加わり、ミュウ君お手製のスープをガブガブ飲んで空腹を満たしていた。
「ふぅ……何日ぶりの食事だろうか。助かったよ、君たち。おかわり!」
「いや、少しは遠慮しなさいよ!」
「まだまだありますからね」
「ミュウ君も甘やかさない! 残りの食料全部食べるぐらいの勢いよ、コレ!」
「っていうか、そもそもこの人誰だ?」
起きたら謎の人物が朝飯を食べていたこの状況、普段能天気なニューも困惑している。
「おっと、名も名乗らずご馳走になって申し訳ない。私はジークリンデ・シグルド。騎士をやっている」
騎士サマ、ときたか。昨夜のあの足運びなら納得である。
「この辺りには、ある魔獣を討伐しに来ていてな。本当は仲間と一緒に来ていたのだが、いつの間にか森で迷ってはぐれてしまって……何日も彷徨っていたら君たちが野宿していた、というわけさ」
「騎士様がなんとも情けない話じゃのう……」
「はっはっはっ、返す言葉もないなぁ!」
「いや、何で嬉しそうなの?」
思わずツッコみたくなるそのポジティブぶりに、ニューと似たものを感じてしまった。
仲間とはぐれたのなら、本来慌てるか自暴自棄になるかだろうに。
もしかしたら騎士である以上に、人間としての知能指数が極端に低くていらっしゃる?
「あたしはレヴィン・ゾンネ。こっちのウザい妖精はリテラ」
「いや、別にウザくはないんじゃが?」
「ボクはミュウといいます。こちらは双子の姉のニューです」
「よろしくな、騎士の人!」
「よろしく頼む! 名前が長くて呼びづらいならジークで構わないぞ!」
あたしはついて来れるだろうか、このジークさんの異常なハイテンションに。
「まあ、先程も言った通り仲間とはぐれてしまったという話で。どこかで見かけたりしていないか?」
「その仲間の特徴って、わかる?」
「そうだな……丸い形のメガネを身に着けていた」
「……それ以外の特徴は?」
「と、言われてもなぁ。すっかりメガネで覚えてしまっているから他の特徴が思い出せんのだ」
……よし、何ひとつわからない!
「ボクたちが七日ほど歩いてきたアジュナ街道に限定すると、旅商人とひとりすれ違ったぐらいで、メガネをかけた人は見かけてないですね」
「野草採りの時も人っ子一人会わなかったしなあ」
「そうか……だが、仲間のいずれも私に劣らぬ精鋭ばかりだ。奴を追っていれば、きっと合流できるだろう」
奴、とは彼女と仲間が狙っている魔獣のことだろう。
割と覚えが悪い仲間の特徴よりは、どんな魔獣なのかを説明してもらう方が早いかもしれない。
「そう言うぐらいじゃ、その魔獣の特徴がどんなものだったかは覚えておるんじゃろう?」
リテラもあたしと同じことを考えていたのか、ジークさんに問いかけた。
「無論だ。奴は――」
その時だった。轟音と共に大地が揺れる。
地震とは違う、まるで何か巨大なものが地面に落下してきたような衝撃だ。
今いる野営地とは落下地点が少し離れていたが、衝撃を受けて焚き火が消えている。
「なんだ!?」
「一体何が起こったんです!?」
「どうやら、噂をすれば何とやら……みたいね」
「そのようだ」
木々を蹴散らすような音が聞こえ、徐々に驚異が迫ってくる。
ジークさんはレイピアを鞘から抜き、臨戦態勢を取った。
あたしもいつでも『ソルマドラ』を
森を掻き分け、その巨体が姿を表した。
「……ゴリラ!?」
まるで一回り大きくなったゴリラのようだった。ただでさえ大きい身体なのに、頭一つ分近く大きくなっている。
しかも何なんだろう、あの鉄の板でも張り付いたかのような身体は?
でも毛が鉄っぽくないのは割とおかしい……。
「情報通り……奴が『森の王』か!」
「鉄の肉体っぽいのに『森の王』じゃと!?」
「我々が便宜上そう呼んでいるだけに過ぎない。この辺り一帯の森を縄張りにしているから、らしいのだ」
「じゃあアレ、『鉄の王』で良くない!?」
『森の王』はこちらを睨みつけてきた。威嚇のつもりだろうか?
何にしても、あたしの集落を襲ってきた『フェンリル』と比べても、その大きさは段違いだ。
睨まれるだけで、プレッシャーを感じてしまう。
だがここで狼狽えてはいけない。今のあたしには魔獣を倒せるマキナがあるのだ。
今こそ『ソルマドラ』を
「下がっていろ、流石に素手では無謀が過ぎる」
ふと、ジークさんが前に出た。
「ここからは、私の領分だ」
ジークさんから放たれる魔力圧。彼女の右手甲に、魔法陣が青く光っている。
『森の王』がビックリしたような顔になった。
「
青い魔法の光が迸り、彼女の右手に魔法の武器が顕現する。
その剣は氷柱のように鋭い刃で出来ていた。刀身の横腹に埋め込まれた赤い宝石のような物からは冷気が漏れ出ている。
彼女がそれを軽く振ると、空気中の水分が集まっていくかのようにキラキラとした細かな結晶となり宙に舞った。
「ジークさんもマキナユーザーだったの……」
そりゃあ魔獣を討伐しに来たんだから、契約型にしろ汎用型にしろ持っていない方がおかしいのだが。
「『森の王』よ、ひとつ手合わせ願おうか!」
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