第七話 「執念か、信念か」

 ――強くなりたいと思ったきっかけは、本当に突然訪れた。


 聞いたことのある声が聞こえた気がして、目を開ける。


 あたしは、映画館の中にいて、どこかで見た誰かの記憶を、映画のように眺めていた。


 降りしきる雨と、一軒家。

 玄関の前で泣いている子供と、死に際の大人の姿。

 あたしは、前にこの光景を見たことがある。


 ――秘伝書は守り抜いた。これを、俺の師匠に。


 大人はそう言葉を零して、息絶えた。

 子供は言葉にならない叫びで、大人の死を嘆く。


 初代『ライジングナックル』のストーリーが始まったきっかけになった出来事。

 主人公・レントは父を黒幕に殺されて、復讐のために父の師匠の下へ弟子入りする。

 そうして『ライジングアーツ』と呼ばれる総合格闘技を身に着け、彼は戦場に身を投じるのだ。


 今なら、レントの気持ちがわかる。

 親を殺されたら誰だって復讐したくなる。


 でも、あたしは――。


 何かが心にひっかかる。それが何なのかは、今の自分ではわからない。


 そんなあたしの悩みを見透かすように、スクリーンの映像が変化していく。

 光り輝く太陽の色をした光が、徐々に竜の形態を取って現れた。


 ――これは、あなたの知る誰かの記憶。


 光が、あたしに語りかける。


 ――あなたは彼とは違うはず。さあ、選ぶのです。


 ――執念か、信念か。


 この声の主は誰なのか。それを聞く間もなく、映画館は炎に包まれる。


 これが夢だと気付いたのは、夢から覚める寸前だった。




 ※※※




 この世界に生まれてからすっかり見慣れた、木製の天井が、見えた。

 あたしは我が家……ゾンネ家の、藁の布団で目が覚めたようだ。


 なにか不思議な夢を見ていた気がする。が、曖昧でよく思い出せない。


 ふと、誰かの寝息が聞こえた。寝返りを打ってみると、ミュウ君が膝を抱えて眠っているようだった。

 どうやら、あたしが寝ている間にずっと看病してくれていたらしい。


 その健気さにあたしの母性が刺激され、頭を撫でようと手を伸ばしたところ――


「ばっちゃ! 姉貴が! 姉貴が起きたよー!」


 突然の大声で、ビックリする。眠っていたミュウ君も流石に目覚めてしまった。


「声がデカいわよ、ニュー……頭が割れそうだったじゃない」

「ふぇ……レヴィンさん、起きてる?」


 眠気まなこで目をこするミュウ君。また頭を撫でたくなる衝動に駆られるも、我慢した。


「おはよ、ミュウ君。あたし、どれくらい寝てたの?」

「丸一日、だと思います」

「そっか。よほど消耗してたのね、あたし」


 そこへ、ニューから報せを聞いたばっちゃも家に入ってくる。


「まだあまり無理をせん方がええ。レオンから『ソルマドラ』の契約権を譲渡されたんじゃ、身体が馴染むまで時間もかかったことじゃろう」

「パパ……」


 右手の甲を、改めて見る。


 父の時と同じ赤の魔法陣が、あたしの右手にはあった。

 父の想いがここにあることを再確認する。


「もう大丈夫よ、ばっちゃ。ぐっすり寝て疲れは取れたし」

「やれやれ、意地っ張りは父譲りじゃのう」


 呆れた様子ながらも、どこか嬉しそうな表情を見せるばっちゃ。


「飯を食ったら外に来い。リテラと一緒に葬式の準備じゃ」




 ※※※




 昨日の襲撃で亡くなった戦士たちの墓を作ったり、壊れた住居を建て直したり。

 葬式を始めるまで、あたしはリテラの指示の下、忙しなく働いた。


 ミュウ君は医術の心得があるのか、負傷者の治療を買って出てくれた。

 ニューは意外と猿のように機敏に動けるようで、素材の宅配係として役に立ってくれている。


 そして、陽が沈んだ頃。死者を弔う葬式が始まった。設備は質素なものだったが、少数民族の葬式だし、こんなものだろうと割り切っている。みんな思い思いに別れの言葉を述べていた中――


「レオン。あんたの娘は良い戦士になるぞ。安心せい」


 ばっちゃが父に話しかける声が聞こえた。

 父の遺体は安らかな顔で花に包まれている。

 きっと父も、この空で笑っているだろう。


「過ごした時間は少しでしたけど、気持ちのいい人でしたね」

「うん。あたしの自慢の父だよ」


 ミュウ君と父について語っているところに、父の追悼を済ませたリテラが飛んでくる。


「ここで散った死者は昔から、魂となって空の星になると伝えられておる。そして数千年の時を経て、太陽の光と共に生まれ変わるとも、言われておってな」

「生まれ変わったら、また会えるんですかね?」

「それはわからん。お主ら人間にとっては遠い先の話じゃからな」


 じゃが、とリテラは続ける。


「死後の世界は存在しておるらしいし、死んだ者は案外、そこでまた新しい生を受けるのかもしれんのう」

「夢のある話ね」

「そういう考え方もある、ということじゃ」


 リテラはあたしの肩に留まる。

 あたしたちの視線は自然と星空へと向いた。


「パパ……あたしは――」


 あたしの中で、ひとつの決意が固まったのを感じる。


 夢の中で問われたことを思い出した。


 ――執念か、信念か。


 そんなことは重要ではない。

 本当に大事なのは、自分にとって正しい生き方なのだから。




 ※※※




 葬式を終えて早々、家に戻って荷物を纏める。

 出発は明日の朝がいいだろう。あと一晩だけ、この家のぬくもりに浸っておきたい。


「十五年過ごしたこの家も、今夜で最後か……あっという間だったわね」

「光陰矢の如し……わしもそうじゃが、人間の一生とは比べ物にならん時間を生きておるからのう。十五年の感覚なんぞ、わしのとっちゃ人間の感じる今日から明日みたいなもんじゃ」


 リテラは寂しそうに窓の外に浮かぶ月を見上げる。

 そういえばこの世界の月はふたつあるんだっけ。


「のう、レヴィンよ」

「何よ?」

「ここから先は修羅の旅路になる。覚悟はできておるか?」

「あんたがそうさせたんでしょ。とっくにキメてるわよ」

「それもそうじゃったな。そもそもわしが始めた我儘ワガママじゃ」


 申し訳なさげな表情を浮かべるリテラ。それはそれで調子が狂う。


「勘違いしないでよ。ミュウ君とニューを王都まで護衛するついでに、魔獣を片っ端からぶちのめしていくだけなんだから」

「本音なのか、素直じゃないだけなのか。お主は見ていて本当に飽きぬのう」

「うざい……単に、負けたくないだけよ」


 父を殺した、あのダリアという死神女。

 許せなくて憎みたい気持ちもあるが、それ以上に、ダリアは怪しくて危険な女。あのまま放置しておくには危険すぎる。


 あたしの中にはいつの間にか、使命感のようなものが芽生えていた。


「もう寝るわ。起きたらふたりに伝えておいて。王都までは協力するって」

「ほいよ。良き夢をな」


 リテラが寝室を出て、あたしは藁布団に寝転がる。


 明日からの旅路で、やることは山積みだ。

 双子の護衛はもちろん、父から託された『ソルマドラ』を自分なりの形で扱えるようにする。

 魔獣とダリアの謎を探り、必要ならばぶちのめす。


 そして、あたしが『普通』に生きるために、やれることをする。


「頑張れ。負けるな、あたし」


 未来予想図に思いを馳せて、あたしはいつしか眠りに落ちていた。




 ※※※




 翌日。旅立ちの日が来た。


 朝早く起きて朝食の野菜汁を、双子と三人で食べる。


「リテラから聞いたよ、姉貴。あっしたちのために王都までついて来てくれるんだって? 頼もしいなぁ!」


 ニューは嬉しそうに野菜を頬張る。


「でも、いいんですか? ただでさえレオンさんを失って参ってたのに……」


 一方のミュウ君はあたしを気遣っていた。心に染みる優しさ。絶対聖人になれるわこの子。


「心配ないって。もう吹っ切れたし、あたしも王都には行ってみたいと思ってたから」

「確かレオンさんって、王都で傭兵をやっていたんでしたっけ。レヴィンさんも王都で傭兵になるんですか?」

「傭兵か……王国軍に入るよりはしがらみがなくて、良さそうだとは思うけど……まだわかんないわね」


 父のように行き当たりばったり。それも悪くはないか。


「そういえば、昨日墓が壊されてリューギョクが黒くなってたけど、あれだと集落から魔獣を守れないんじゃないっけ?」

「ばっちゃによると、もう一度竜玉に太陽の光を浴びせて、魔力を補充するらしいわよ」

「儀式以外でそんなこと……いいんですか?」

「儀式はあくまで形式上のものだしね。別にそれ以外で魔力を補充しても問題ないらしいわ」

「割と大雑把なんですね、その辺りは……」


「荷物は纏めてあるし、食べてから出発するわよ」

「わかりました」

「おう!」




 ※※※




 洗い物を終えた後、あたしたちは旅支度を整えて家を出る。


 門の前まで来ると、リテラがばっちゃと一緒にいた。


「来たようだの」

「ばっちゃ……ごめんね」

「なにを謝る必要がある。お前はレオンの志を継いだのじゃ、旅に出るのはわかっておった」


 ばっちゃはあたしたちを交互に見据え、思い詰めたように語り始める。


「……レオンはな、傭兵を辞めて戻ってきたそうじゃ」

「えっ……?」


「知っての通りラグナ族は世間から、魔法が使えない分を力で補っている野蛮人と思われておる。だからじゃろうな。レオンはその偏見を吹き飛ばすため、唯一マキナを扱えるラグナ族の傭兵となって武勲をあげようと必死じゃった」


 あたしは言葉を失う。

 父がそんなことを考えていたとは思わなかった。


「じゃが、いくら戦っても魔獣は増え、勢いを増すばかり。しまいには多くの同胞を失った。そして己の力不足を痛感し、剣を置いたとのことじゃ」

「そんなことが……」

「レオンは言っておった。一体いつになれば、どれだけ魔獣を倒せば、友と平和に杯を交わせるようになるのか、とな。じゃが、その答えは未だ見つかっておらぬ」

「パパ……」


「じゃからレヴィン。どうか強く生きてくれ。そして、いつかまた帰ってくるのじゃぞ」


 ばっちゃは優しくあたしの頭を撫でる。

 なんだか泣きそうになった。

 ここでの生活が終わりだと思えば尚更だ。


 しかし、今は涙を堪えるとき。

 あたしは精一杯の笑顔を作る。

 まだ永遠の別れではない。負けずに生きている限り、ここにはまた帰ってこれる。


「うん……約束する」

「よい顔になったのう。では、達者でな」

「……行ってくる」


 もう、憂いはない。

 日課のトレーニングと狩り以外の理由で、あたしは集落の門を出る。


「短い間でしたけど、ありがとうございました」

「またな、おばあちゃん! 長生きしてね!」

「心配するな、わしもついとる! 安心せい!」


 ミュウ君、ニュー、リテラもばっちゃと別れの言葉を交わし、あたしたちは今、旅に出た。


 目指すは王都。


 父が傭兵として戦った地。

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