第88話 思ったより普通でいられなかったり
高校の時の、私の恋愛を言ったんです。迷惑とか、言ったの、プリンマニアさんのことじゃない。プリンマニアさんのことを言っている気は本当になかったんです。
そう打って送信したとたん、体がふわりと軽くなった気がした。それはいい感じでは全然なく、足元がおぼつかないような、方向がわからないまま宙に浮いてしまったような、不安定な感覚だった。私は靴の中で足の親指に力を入れて、地面があるのを確認した。
purinmania:おつぼねぷりんさん、ああいうことを人に言う人じゃないから。そういう気はしてましたよ。どうしたのかなって
おつぼねぷりん:自分のこととなると、うまく消化できないんです
purinmania:自分のこと
おつぼねぷりん:好きな人がいたんです
そこまで書いたとたんに、私はまた、それ以上書けなくなった。ホームで一人、息を止める。息をとめていないと、変な声が漏れてしまいそうだ。これじゃだめだと思い直し、息を吸った。震える呼吸音が耳に届く。ふーっと深く息を吐いた。続きを入力する。
おつぼねぷりん:同級生で。女の子で
送った。
初めて書いた。文章にした。
また来た。足元からの震えが。
なんでこういうときに。なんだよ、気が弱い! プリンマニアは自分を弱いと言ったけど、私のほうがプリンマニアよりよっぽど弱い。ふざけんな。
大丈夫。プリンマニアになら、これを書いても、大丈夫。むしろ書け。大丈夫だってば。
大丈夫じゃなくてもいいから書け。というか、大丈夫じゃないなら。大丈夫じゃないからこそ書けよ!! オマエがそういう気分になる言葉を先に使ったんだよ!
おつぼねぷりん:私も女ですけど
purinmania:わかってます。それは
うん。わかってるよな。
私が言葉にしてないから合わせてくれていただけで、本当はこの人は、全部分かっているような気もしてはいるのだ。
おつぼねぷりん:私は、その子のことを
おつぼねぷりん:好きな、
おつぼねぷりん:変な入力ですみません。無理やり打って、
purinmania:大丈夫ですよ
おつぼねぷりん:すぐ送信しちゃわないと、
おつぼねぷりん:消したくなる
だめだ。短文すぎて、おかしい。
purinmania:無理しなくていいです。今無理なら全然書かなくていいです
おつぼねぷりん:いやです
purinmania:いやって
おつぼねぷりん:このまま帰ったら、プリンマニアさんに話さないままでまた時間が経っちゃうから。変なこと、書いたの、
涙が滲んできて、ぎゅっと握った手で擦る。
おつぼねぷりん:自分の中の問題なのに、プリンマニアさんにあんなこと書いて、このままは、いやだから
プリンマニアから、困った顔の絵文字が来た。
purinmania:本当に、無理しなくていいです。ゆっくりでいいし
この人は、本当に、優しい。たぶん、この人相手でなければ、打ち明けられなかった。こういう状況でもなければ、書けなかった。こんな垂れ流しになってしまっている言葉を、待ってくれて、読んでくれる人がいなければ。
こんな優しい人に、私は昨日、否定のとげを刺して、「わかってますよ」と言わせた。
おつぼねぷりん:喜ばれないって書いたのは、私のことで、プリンマニアさんのことじゃないんです
ふう。口を閉じたままで、小さな呼吸を体から押し出す。
おつぼねぷりん:私は、昔好きだった、その子のことを、
意識のかなたで、ふと思った。足のくるぶしって、震えるんだ。知らなかった。
おつぼねぷりん:好きな私が、
おつぼねぷりん:嫌いで。そこに、戻りたくなかったんです
好きだから。好きな人だったから。その目に映るものを、共有したかった。唯花が好きだと言えば、その花はただの花ではなかった。唯花の好きな花だった。唯花が大きな音を怖がれば、そんな音からも守ってあげたいと思った。唯花が、許せないと言えば、それはただの感想ではなかった。
おつぼねぷりん:私は、プリンマニアさんみたいには、できないんですよ
purinmania:わたしみたいって?
おつぼねぷりん:穏やかでもいられないし、一緒にいて我慢もできない。人を好きになると、ノーコンなんです
purinmania:ノーコン? わたしも別に、コントロールできてないですよ?
おつぼねぷりん:一緒に住めてる時点で、できてるんですよ。私は、顔に出ます。自分の気持ちが全然止められなくて、振り回して、態度でも、言葉でも、傷つけていたんです。彼女からも、お互いに傷つけあってるよねって言われるほど
おつぼねぷりん:だから、私には、近すぎる相手は無理だと思った
おつぼねぷりん:プリンマニアさんはいいんです。ルームメイト好きでも、いいんです。プリンマニアさんはいいの
おつぼねぷりん:私が、だめなだけです。私は、近いのは無理です。私は、そこまで自分のコントロールはできない。あんなアップダウンの激しい感情を日常に持ち込んだら、体がもたない。なにやってんのか本当にわかんなくて。自分も混乱して、相手も混乱させて。こうなるぐらいだったら離れたいってずっと思ってました。相手に迷惑です。私だからです。迷惑なのが私の話だっていうのは、そういうことです
おつぼねぷりん:プリンマニアさんはいい、いつか、いい人が見つかる人だと思います。話きいてて、こういう人に好かれたら嬉しいだろうなって、普通に思う
おつぼねぷりん:プリンマニアさんが近くにいる人だったら、惹かれていたかもって。こんなこと言ってすみません。優しいし。なんか、変の態? だとは思うけど、面白いし。人間味があって可愛らしい
purinmania:マジで、照れるんですけど、照れていい?
おつぼねぷりん:いいですよ。本当のことだから
おつぼねぷりん:プリンマニアさんの、恋バナ的なの聞いてるとね、素敵だなって。恋愛っていいなって、思いますよ。でも、私は、恋愛感情で誰かを見ている自分は、好きじゃないです。ドキドキしてキラキラしてとかいう感じじゃない
おつぼねぷりん:もっと生々しい
おつぼねぷりん:私は、ルームシェアしている彼女のことを好きとか、そういう気持ちは今いっさいないし、たぶんこれからも無い。だから一緒にいられるんです。でも、たとえば、もし万が一、そうなりそうだと思ったら、ルームシェア自体やめると思う。そういう意味でも、ルームメイトを好きという状況にはならない
purinmania:
プリンマニアから、空白だけが送られてきた。
purinmania:そうなんですね
おつぼねぷりん:高校の時に好きだった子ね。彼女はキラキラしてましたよ
おつぼねぷりん:その子はね。嫌がってて。同性にそういう目で、見られること、嫌がって、怖がってて
おつぼねぷりん:喜ばれないどころか、本当に、いろいろあって、気持ち悪がるとか、そういうレベルの話じゃなくて
おつぼねぷりん:彼女がキラキラしていればいるほど、そのキラキラした彼女をそういう目で見て、彼女の嫌がることなのに、したい私は
おつぼねぷりん:隣にいる
おつぼねぷりん:化け物に見えた
purinmania:なんて返事していいか、わからないからあまり返事できてないけど
purinmania:でも、読んでます
おつぼねぷりん:ありがとうございます
おつぼねぷりん:本当に無理なの、わかってたんです。その子のことを、その状態を、わかってるのに
おつぼねぷりん:優しくしてくれてたのに。大事にしたかったのに
おつぼねぷりん:私の事、一番話せるって言ってくれたのに。一番好きだって
せまい喉を、ひりつく空気が通ろうとして、呻るような音を出しはじめる。嗚咽を抑えることが、だんだん難しくなってきた。
おつぼねぷりん:あんな
おつぼねぷりん:私だけに話してくれたのに
purinmania:大丈夫?
おつぼねぷりん:なのに、わかってる私が、
おつぼねぷりん:ずっと、私が、唯花が嫌がる私のままだった
おつぼねぷりん:私はプリンマニアさんみたいに、相手のことを思って行動とか全然できないし、でも、嫌なところばかり、言動にでる
おつぼねぷりん:だから、私はもう、恋愛は要らないんです
おつぼねぷりん:あれだけ嫌がっている相手を目の前にして、そういう気持ちを捨てられないので。私は、小説に書くしか、
おつぼねぷりん:私は
おつぼねぷりん:こんな
purinmania:大丈夫?
大丈夫かと聞かれれば、大丈夫じゃない。ホームに到着した電車から、大量に人が吐きだされて、流れていく。視線を感じる。一人寄ってきて、私を眺めている。震えが酷いから、発作を起こしていると思われているのか。泣いているだけの人として見られているのか、不審者に見えているのか、わからない。
purinmania:じゃないですよね? いま家ですか?
おつぼねぷりん:家の最寄りの駅のベンチで打ってます
purinmania:怒ってないから、いったん帰ってください。お腹も空いてるんでは?
おつぼねぷりん:帰れない
purinmania:帰れない?
おつぼねぷりん:どっちみち、落ち着いてからじゃないと
おつぼねぷりん:このまま帰ったら、ルームメイトにびっくりされるし。ちょっと震えがきてて。たぶんおかしい人に見える。どっちみち時間置いて、落ち着いてからじゃないと
purinmania:駅ってどこですか?
私が最寄り駅を伝えると、プリンマニアさんから短文が飛んできた。
purinmania:マ
おつぼねぷりん:マって?
purinmania:うちの最寄りです
携帯を取り落としそうになった。
最寄り駅が同じ?
そんな近くにいる人だったのか。関東だとは思っていたが、それじゃ、ご近所さんじゃないか。
出勤の時とか、駅で見ているかもしれないのか……。
purinmania:そっち行きます
おつぼねぷりん:いえ、いいです
purinmania:行く
purinmania:待ってて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます