第26話 もっと話してほしくなったり


 私の手から食べる和美がまるで、蕩けて力の抜けた身体を全部あずけているような空気を出すから、親鳥がひなに食物を与えるように、口に運んであげたくなる。


 安心しきって、私の運ぶものを、何の疑いもなく口にする。


 可愛い、可愛い、和美。

 和美も、こんなふうに感じていたの?


 プリンの汁が、どんなににがくても、今日はそれを、感じない。


 この日を、特別に感じるのは、あなたが生まれたばかりのひな鳥のような様子を見せたから。私たちの部屋まで、急に生まれたばかりの部屋のように感じて、急に白く眩しく感じたから。たぶん、それだけ。


 そこまで読んで、わたしは「プリンのじかん」の最新話にハートを入れた。応援コメントを入れた。


 和美に比べて、桜のその感覚は、エロいというより、静かな愛に満ちて感じられる。

 和美と桜の、食べる、食べさせられる関係が、突然逆転した。

 まるで、わたしがこの前、あおいにプリンを食べさせてもらったみたいに。


 ――あおい。


 もし、ひなが、親鳥の嘴ごと餌を咥えたら。小さな嘴でつついたら。甘噛みしたら。嘴の中の小さな舌で、味わったら。

 親鳥なら、それでも愛しいと思ってくれるだろう。


 でも、わたしがあおいの指をスプーンごと咥え、甘噛みし、あおいの指を舌で味わったら。あおいは親鳥のような、幼子を抱くマリアのような落ち着きで、わたしの行為を、受け止めてくれるだろうか?


 おそらく、桜は、受け入れる。静かに。親鳥として。フィクションだし。


 おつぼねぷりんは、どうして、こんなに悲しい気分になるものを書くのだろう。


 ひな鳥と親鳥の関係は、ずっとそのままではいられない。

 ひな鳥は、いつか飛び立っていってしまう。ひな鳥と親鳥の蜜月はDNAを絡めた濃密なもの、それでも、ひなはそのうち、一人で生きていかねばならない。


 わたしは、ひなであるより、親鳥であるほうが、数段ましな気がした。どのみち相手に去られてしまうなら、親鳥としてたくさんのものを相手に残していきたい、去っていくのを見守りたい。


 どちらかを選ぶならだ。


 わたしはどちらも選びたくない。

 わたしは、ひな鳥でも親鳥でもいたくない。


 あおいを、わたしのいる場所へ引き寄せたい。対等な場所に。

 何回、何十回、何百、何千と貸しを作っても、どんなに努力して与え続けても、たった一回、あおいがたった一回でも「気持ち悪い」、その言葉を口にすれば、ああそうだった、何千と気持ち悪いことをしてきたと自分を呪ってしまう。


 そんな「気持ち悪い」という言葉が絶対に言えないところまで、あおいを引きずり下ろし、引き寄せたい、恨みにも似た気持ちが、わたしを、ひな鳥にも親鳥にもさせない。


 もしも巣立っていこうとするあおいが、「好きな相手に振られた」、「振り向いてもらえない」、そう言ったら、わたしは感じてしまうだろう。

 ようやくこの気持ちを思い知ったかと。


 惹きつけられてやまない、そんな感情をあおいが誰かに持ったとき、わたしは一方的に共感し、その共感で包んで、喉につかえたものを苦く飲み下すだろう。そして思うだろう、対等な地点に、ようやく立ってくれたかと。


 でも、その地点に、わたしの手は届かない。


 あおいが、あの光り輝く笑顔でウェディングドレスを着る日が来たら、わたしは、その姿を、どうしても見たいと思うだろう。可愛い特別な日の晴れ姿を。

 恨みごとは全部祈りに変わるだろう。泣きながら送り出す花嫁の父のように、その姿を見守り、目に焼き付けたいと願うだろう。門出を喜び、全身で幸せを祈るだろう。どの友人の結婚式よりも強く、祈りを抱くだろう。幸せになれと。


 わたしは、ひなの側ではない。


 おつぼねぷりんは、どっちの側だ。親鳥か、ひな鳥か、和美か、桜か。


 おつぼねぷりんとだけ繋がっているオープンチャット。

 わたしはそこに、書き込みたくて仕方がない。あなたはどういう恋愛をしてきたんですか、プリンを食べさせあったことがあるんですか、今そうしている相手はいますか、そんなことを。


 でも、たぶん、自分の書きたくなるペースでしか、彼女は書けない。

 待つべきだ。

 おつぼねぷりんは作者で、わたしは読者だから。

 おつぼねぷりんは、怖がりだから。


 余韻がさめた頃、わたしは、チャットルームに、ただ、自分の話を打ち込んだ。あのまま説教してハイありがとうございます、で終わったら、せっかく繋がった糸が切れてしまう。くだらない日常会話で繋がっておきたかった。


@ purinmania:鳥について思いを馳せすぎました。おつぼねぷりんさんのせいで、焼き鳥が食べたくなった。どうしてくれますか



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