第60話 苦労人ミルカ
話を聞き終え、おじいさんと貴子は遅ればせながらの挨拶を交わした。
おじいさんはミルカの祖父で名前をロィンといい、今は年のせいで足腰が弱くなったため渡し船の仕事は引退していた。
「ロィンロィンロィン」
ロィンの名前を忘れていたダニェルがこっそりと記憶に入れ直した。
そこへ、ガチャっと入り口の扉が開き、
「メイ ニス ポォマ」
小さい女の子と男の子、そのあとから三十歳くらいの女性が家の中へ入ってきた。
三人は、ミルカの姿を見つけると、
「エィディ デト!」
まず女の子と男の子が元気いっぱいに言って、満面の笑顔でミルカに抱きつき、
「エィディ デト、ミルカ」
女性も遅れてミルカにハグと口づけをしておかえりの挨拶を交わした。
「ハゥン?」
二人の子供が貴子とダニェルに気づいて首を傾げた。
「ジュウ ディ シウ?」
女の子が貴子たちに聞き、
「『あなたたち、誰?』」
ダニェルが翻訳し、
「ダナ ディ メア オォカグ」
ミルカが答え、
「『二人、私の、お客』」
もひとつダニェルが翻訳して、お互いに自己紹介した。
女性の名前は、フゥエ。ミルカの母親で三十歳。女の子は、サエリィ。ミルカの妹で七歳。男の子は、トルタ。ミルカの弟で六歳。
三人は、ミルカの家族だった。
「ヤァヤァ、ダニェル。メイ ビィネオ ウィム シウ ロタ ミルカ ビザン。テビ シィ コゥミュ」
ミルカの母親フゥエがダニェルを見て頷き、微笑んだ。
「『あなた、昔、ミルカから、聞いた。可愛い』」
頬を赤くして恥ずかしがるダニェルの翻訳。
「ハウム ディ シウ セブフィン エ ネドス ヤッカ?」
「ハウム シィ テビ ネドス テク?」
ミルカの妹のサエリィと弟のトルタが貴子の格好を見て何かを言った。
「サエリィ、トルタ、キエッタ テビ!」
フゥエは、二人へ叱るような口調で言ったあと、口を手で隠すゼスチャーをした。
ダニェルが貴子を見る。
目が、「翻訳する?」と聞いている。
貴子は、無言で首を横に振った。
「アハハハ」
叱られたサエリィとトルタが笑ってロィンの後ろに隠れる。
「ビズ サグ。エイィシャ、タカコ」
フゥエが、『しょうがない子たちね』という顔で二人を見てから、貴子へ謝った。
「大丈夫っス。自分マァリ語わからないし、子供の言ったことなんで」
言っていることが微妙におかしい貴子だった。
「メイ ニス ポォマ」
フゥエは、ロィンにもただいまの挨拶をしたあと、
「コゥク シウ ミィフ エ ソウニヤ シュファイ?」
ミルカに何かを聞いた。
「メイ ゼィスギン カァ テビ シュファイ ダリッシ、ハァフ〜……」
ミルカが言って盛大なため息を吐いた。
落ち込むミルカをフゥエは頭を撫でて慰めた。
サエリィとトルタもフゥエを真似てミルカの頭をなでなでし、
「テビ シィ ウィゴウ。シウ ゼス クアック エ ナァド ソワ ソウニグ スナァイ タァキエィ」
ロィンが励ますようにミルカの背中をポンポンとたたいて言った。
「フゥエ、『今日、お客、あった?』。ミルカ、『今日も、ない』。ロィン、『あなた、大丈夫。すぐ、お客、多い、なる』」
ダニェルが心配そうな顔で翻訳。
「今日も、なんだな……」
貴子もそこが気にかかる。
「タッグ マス メビウ」
気分を変えるようにフゥエが声のトーンを上げて言うと、サエリィとトルタが、
「ヤァ!」
元気いっぱいに返事をして、三人は竈のほうへ移動した。
「『食事、作る』。『うん』」
と言ったらしいダニェルの訳。
「そうなの? ミルカのお父ちゃん、まだ帰ってきてないんじゃないの?」
ふと気になり貴子が尋ねた。
「ミルカ、お父ちゃん、いない」
ダニェルが答えた。
「え、あ、そうなの?」
気まずさに声がどもる貴子。
「ヤァ。病気、死んだ」
「そうだったんだ……」
貴子が憂いのこもった眼差しをミルカへ向けた。
「ハァテ?」
ミルカが視線に気づいて貴子へ尋ねた。
「メイ ルゥテオ ウィム シア タァトヤ シィ ケェオン」
ダニェルが貴子との会話の内容を訳してミルカへ教えると、ミルカは、
「メイ カァギン マス エ タァトヤ。エス メイ イス カァ メア ビラァウト。メイ トォム エ ナァド ソワ ルイニ セスサァン」
握り拳を作って言った。
「『私、お父ちゃん、いない。でも、私、がんばる。いつか、たくさん、お金、稼ぐ』」
ダニェルの訳。
「どういうこと? もしかして、今働いてるのミルカだけ?」
貴子が聞き、ダニェルがそれをミルカに伝える。ミルカは、
「マァヤ コミ アディヤ セスヒルグ タック。エス テビ シィ セザァ ソォフ マウセェグ シュ シィキ チシェ ソワ メア サァヒヤ コミ リピィヤ ニィジヤ。アディヤ シィ マスフィン エ セザァ ヒルキ タックフィン テイ エ マァプキィ クエオ。メイ ノォル メア マタ シュ アテオ。ザノ シィ ハウム メイ タック セザァ」
意志の強い眼差しで四人の家族を見た。
「『お母ちゃん、おじいちゃん、少し、働く。でも、お母ちゃん、妹、弟、見る、大変。おじいちゃん、年、高い、大変。私、みんな、楽、する、望む。私、一生懸命、働く』」
ダニェルが友達を誇るように声のボリューム大きめで翻訳。
「じ、十一歳で、ずず〜っ、な、なんて立派な……」
貴子が目に涙を浮かべて感動した。
突然泣き出した貴子をミルカの家族が不思議そうな顔で見ていた。
……
その日の食事時、貴子は、ミルカ家の事情を考えて勧められるお酒を一杯だけにとどめた。
ダニェルが、いつもこうすればいいのにという視線を貴子へ送っていた。
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