第59話 ロィンおじいちゃん
太陽が薄っすらと色づきはじめた夕刻。
ミルカは、仕事を切り上げダニェルと貴子を連れて帰途に就いた。
結局、ミルカは、一人もお客を見つけることができず、ダニェルと貴子もダニェルの母親の情報を得ることはできなかった。
収穫のない一日に三人は、沈んだ表情で町の中を歩いていた。
河岸から二、三百メートルも来ると、白いレンガ造りで箱型二階建ての同じ形の家が建ち並ぶ区画に入った。
そのうちの一軒の前でミルカは立ち止まり、
「エィディ。アリ シィ メア マッシ」
気分を変えるように明るい声で言って、目の前の建物を手で示した。
「『いらっしゃい。ここ、私の、家』」
ダニェルもテンションを上げて明るい声で翻訳。
「メイ ニス ポォマ、アディヤ」
ミルカが扉を開け、元気に中へ入った。
家に玄関はなく、入ってすぐキッチンがあり、四人がけのテーブル席に七十歳くらいのおじいさんがいた。
「エィディ デト、ミルカ」
おじいさんがミルカへ返す。
「『ただいま』と『おかえり』」
ダニェルがまとめて翻訳。
おじいさんは、テーブルを支えにして椅子からゆっくりと腰を上げ、そばへ来たミルカに微笑みかけておかえりのハグをした。
帰宅の挨拶がすむと、ミルカは、
「メイ エベェオ エ オォカス」
と言って入り口を振り返った。
「『お客、連れる、きた』」
ダニェルの訳。
「ヤァヤァ」
おじいさんは、柔和な笑顔を入り口のほうへ向け、
「……」
目をパチクリとさせ、
「ダニェル?」
呼んだ。
「ヤァ」
ダニェルが頷く。
「オゥ」
おじいさんは、顔中のシワを伸ばして驚き、
「シウ ディ エマァフ、ディギン シウ……」
信じられないといった表情で何かを言った。
「おじいちゃん、言った。『あなた、生きる』」
ダニェルが翻訳し、おじいさんの反応を見ている貴子が脳内で、「お前、生きてたのか……」と微修正。
「エマァフ? ハァテ ディ シウ ルゥタフィン ウィム、アディヤ?」
「『生きる? おじいちゃん、何、言う?』」
ミルカが困惑顔で尋ね、ダニェルが翻訳。
「イッシ トゥリムグ ピア、ネィラ マグ エ オォバ クゥブ ユゥデイム ハス サハ テケェオ デト シュ デュワ。メイエ メイ ダレト ダニェル レリ ベェウ オル」
おじいさんは、ダニェルのそばへ歩み寄り、存在を確認するかのよう頭や背中を撫でながら答えた。
「?」
おじいさんの話にミルカは、首を傾げたが、ダニェルは、大きく目を見開いて、
「『五年前、ネィラ、デュワの町、戻った。とても、暗い顔、だった。私、ダニェル、死んだ、可能性、ある、思った』」
と、キルゴの兵士センプテルオと同じようなことを言うおじいさんの話を早口に翻訳した。
「てことは、おじいちゃん会ってたんだ!」
翻訳を聞いた貴子は、驚き、
「やったじゃん!」
我が事のように喜び、
「ヤァ!」
パチンッ
ダニェルとハイタッチを交わした。
ダニェルは、すぐさまおじいさんへ向き直ると、
「カァ シウ アァフ ハセウ メア マウセェヤ シィ? 『あなた、お母ちゃん、今、いる、場所、知る?』」
勢い込んで質問した。
「サハ イシェオ メイ ビウ ケェオフィン ポォマヤッシュ」
「ポォマヤッシュ!」
おじいさんの答えにダニェルが叫んだ。
「おじいちゃん何て!?」
貴子が前のめりにダニェルに翻訳を要求すると、
「お母ちゃん、故郷、帰る、言った!」
ダニェルは、興奮気味におじいさんの言葉を貴子に伝えた。
「おおっ、おじいちゃん知ってたよ!」
貴子が笑顔でダニェルの肩をたたいて喜んだ。
ダニェルは、はやる気持ちをおさえて、まずおじいさんへミルカへしたように自分の事情を説明してから、
「レシィレ デムニ メオ ヨアレ ウィム メア マウセェヤ。『お母ちゃんの、話、もっと、詳しい、教える、お願い』」
ネィラのことを話してくれるよう頼んだ。
おじいさんは、ダニェルの事情を聞いて神妙な顔で頷き、話しはじめた。
五年前、ネィラとダニェルは、おじいさんの船に乗って対岸にある町スブからデュワへ来た。
二人は、この町に五日間滞在してから立ち去った。
それから約一ヶ月後、ネィラが一人でデュワに戻ってきた。
おじいさんは、河岸に佇むネィラを見つけて声をかけたが、隣にダニェルはおらず、ネィラの表情は悲壮感に溢れていた。
おじいさんがダニェルはどこかと尋ねるとネィラは泣き崩れてしまい、ダニェルは事故か病気で亡くなったのかもしれないとおじいさんは考え、それ以上聞くことはできなかった。
ネィラは、泣き止むと、「スブに連れて行ってほしい」とおじいさんに頼んだ。
おじいさんは、頷き、ネィラを船に乗せ、対岸の町スブへ送った。
その船上で、これからどうするつもりかとおじいさんが尋ねると、ネィラは、「故郷へ帰る」と答えたのだった。
「ふむふむ、向こう岸の町スブに渡って、故郷に帰ったと」
話を聞き終えた貴子が内容を確認し、
「お母ちゃんの故郷わかる?」
ダニェルに聞いた。
「ヤァ。ハァラ、言った。トアの、村」
「そっか。ハァラさんネィラさんの妹さんだもんね」
貴子は、コクコク頷き、
「よかったね、お母ちゃんのいるところわかって」
ダニェルに微笑みかけた。
「ヤァ!」
ダニェルは、母親に会える日を想像し、無邪気な笑顔で答えた。
貴子たちが話しているそばでは、ミルカが、
「ハウム コゥクギン シウ デムニ メオ ウィム ダニェル ジ マウセェヤ?」
おじいさんに何かを言って頬を膨らませていた。
「ダニェル レリ ベェウ オル。ベフィ シウ ビィナ ザノ、シウ イス ベェウ ラギ。ザノ シィ ハウム メイ ゼィスギン デムニ シウ」
おじいさんがミルカの頭を撫でてなだめる。
「ミルカ、言った、『何で、ネィラの、話、私へ、教える、ない?』。おじいさん、答えた、『ダニェル、死んだ、可能性、ある。あなた、悲しい、泣く、思った。言う、無理』」
ダニェルが二人分翻訳。
「たしかに言えんわ」
貴子が同意した。
「ディ シウ ケェオフィン シュ スブ? ベフィ シウ ディ ケェオフィン、レシィレ クアック アゥス メア ソレシャ」
気持ちをぱっと切り替えて、ミルカが鼻息を荒くしてダニェルに聞いた。
「『ダニェル、あなた、スブの町、行く? 行く、の時、私の、船、乗る?』。行く? 乗る?」
ダニェルが翻訳して、一応貴子に確認する。
「もちろん行く。乗る」
貴子は首肯し、
「ヤァ」
ダニェルがミルカに『イエス』を伝えた。
「タクスナァイ! メイ マス ウナァク オォバ タァグ テイ マァビフィン ソレシャグ。シィキ エ コォプ」
ミルカは、拳を振り上げて喜んだ。
「『よっしゃ。私、船、漕ぐ、上手い、なった、見せる』」
ダニェルが翻訳。
おじいさんは、喜ぶ孫を見て微笑み、
「シュファイ、ダ マニ ソワ シャフ セミィ シィ カンツ。テビ イス バァフ ルクライ。ロビィ ダ サァン ウィミ ルクライ」
顔をダニェルへ向けて言った。
「『今、河の、水、匂い、濃い。明日、雨、降る。行く、明後日、良い』」
とのことなので、
「じゃあ、明後日出発しよっか?」
「する」
貴子とダニェルは、ありがたく忠告を受け入れて日程を決めた。
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