第58話 友達との再会

 河の神様の石像前で地面に腰を下ろした貴子とダニェルと少年。


「シウ ノォテオ トォト ダ シャフ トア」


 少年が話して、


「アハハハハ」


 ダニェルが笑い、


「エス ミルカ ノォテオ ダ ナスク サァン」


 ダニェルが話して、


「アハハハハ」


 少年が笑う。

 貴子は、旧交を温める二人を優しい眼差しで見ていた。


 「何話してんの?」と聞いた貴子に、ダニェルはひとまず貴子を少年に紹介してから、次のように説明しはじめた。


 少年は、ミルカという名前で、十一歳。

 五年前にダニェルとダニェルの母親がこの町に来た時に仲良くなった。


 ダニェルは、一緒に遊んだことがずいぶん楽しかったらしく、ミルカのことは覚えていたが、いつ、どこで遊んだかまでは今の今まで忘れていた。


 だが、ダニェルはミルカに、「お前、ネィラの息子のダニェルじゃないのか?」と聞かれ、ミルカに気づき、デュワの町で出会って遊んだことを思い出したのだった。


 そんなわけで、二人は今思い出話に花を咲かせていた。


「アハハハハ」


「ハハハハハ」


 二人が楽しそうにゲラゲラと笑う。


「……」


 微笑ましいのだが、ちょっと寂しい貴子だった。


「ねぇねぇ」


 貴子が強引に会話に割り込んだ。

 貴子はダニェルに、二日前に会った五人組に嫌がらせされていたところをミルカに助けてもらった話をしてから、


「ミルカは、さっき私に何て言ったの?」


 翻訳を頼んだ。


「ハァテ コゥク シウ イシュ メピァス?」


 ダニェルがそれを伝え、


「メイ ビィネオ、ハァテ アスヤァシャ ディ シウ ルゥタフィン ウィム? ディ シウ ホニィ ビセナァ?」


「『私、聞いた。それ、言葉、何? あなた、今日、一人?』」


 翻訳。


「エロティックなことじゃなかったのね」


 貴子がホッとした。


「メイエ、ハァテ アスヤァシャ ディ シウ ルゥタフィン ウィム?」


「ニホン ケット」


 ミルカが何かを聞いてダニェルがシンプルな返事。

 ダニェルが、『ニホン』と言っていたので、「それどこの言葉なの?」「日本だよ」という内容だろうと貴子が脳内で訳をつけた。


「じゃあさ、その前は? 最初話しかけてきたでしょ? 何の話だったの?」


 貴子からミルカへもう一つ質問。

 ダニェルがそれをミルカに伝えると、


「メイ ニス タックフィン ナン エ ソレシャフィン タックィヤ。メイ ダレト タカコ シス ケェオ シュ ダ タタァ ドイ、メイエ メイ セベェオ セファ サフィ」


 ミルカは、河岸に停まっている五、六人乗りで笹舟型の小さな船を指さして答えた。


「『私、船、乗る、反対の、岸、人、送る、仕事、する。タカコ、反対の、岸、行く、思った、声かけた』」


 ダニェルが翻訳。


「あ、そうだったんだ。遊覧船じゃないけど客引きは客引きだったのか。渡し船の仕事かな」


 ようやく言っていたことがわかった貴子。

 十一歳で働いている点については、これまでの町や村でもざらにいたのであまり驚きはない。


「渡し船渡し船渡し船」


 ダニェルが言葉を繰り返し言って頭にインプットした。


「レシィレ メェゼ メオ ハス ケェオ シュ ダ タタァ ドイ。メイ ニス オォバ タァグ テイ マァビフィン ソレシャグ。アディヤ レビィグ メオ ヤ」


 ミルカが何かを言って胸を張った。


「『タカコ、反対の、岸、行く、時、私、呼ぶ。私、船、操る、うまい。おじいちゃん、うまい、褒める』」


 ダニェルが翻訳して、


「シィ アディヤ ソォエ ナン エ ファジ?」


 ミルカへ聞く。


「ハァテ ディ シウ ルゥタフィン ウィム? イッシ トゥリムグ ピア、シウ コミ シア マウセェヤ テケェオ シュ アリ ヤッシュ ロタ ダ タタァ ドイ アゥス アディヤ グ ソレシャ」


 ミルカが首を傾げて言うと、


「!」


 ダニェルが驚いた顔でミルカを見た。


「どうかした?」


 貴子が聞き、


「私、聞いた、『ミルカの、おじいちゃんも、渡し船、の仕事、する?』。ミルカ、言った、『あなた、何、言う? 五年前、あなたと、あなたのお母ちゃん、私の、おじいちゃんの、船、乗った、あっちの、岸から、この町、来た』」


 興奮気味に早口でダニェルが答えた。


「そうだったの!?」


 貴子も驚きミルカを見た。


「カァギン シウ メレェカ?」


「『覚える、ない?』」


 と聞いてくるミルカにダニェルは、今自分が旅をしていることとその理由、ここへ来た経緯を話して、


「コゥク シウ レェタ メア マウセェヤ? 『あなた、私の、お母ちゃん、見た?』」


 尋ねた。


「ネェン……」


 ミルカは、眉尻を下げて首を横に振った。


「ヤァ……」


 ダニェルがガックリと項垂うなだれた。

 しかし、ミルカは、ダニェルを慰めるように肩を抱き、


「メア アディヤ シィ テイ メア マッシ ビセナァ。アディヤ エリ アァフ セステイン。タッグ メェゼ。ロブ ソワ シウ、スカップ テイ メア マッシ シュファイ」


 話しながら町のほうを見た。


「『私の、おじいちゃん、家、いる。おじいちゃん、知る、可能性、ある。話、聞く。今日、二人、私の家、泊まる』」


 とのこと。


「ヤァヤァ」


「ありがとう、サリィシャ」


 ダニェルと貴子は、そのありがたい申し出を受けることにした。

 返事を聞いたミルカは、微笑んで頷き、地面から腰を上げ、


「レシィレ モデェト ノクユト メア タック シィ ザバ」


 貴子とダニェルに言って、河の神様の像に触れてから歩き出した。


「『仕事、終わる、まで、待つ』」


 ダニェルの訳。


「そっか、仕事中だったよね」


 貴子は、頷き、


「じゃあ、どうする? また、お母ちゃんのこと聞いて回る?」


 ダニェルに聞くと、


「少し、私、ミルカの、仕事、見る」


 ミルカへ顔を向けたままダニェルが答えたので、


「そう? だったら私も」


 貴子もミルカの仕事ぶりを観察することにした。


 ミルカがそばを通りかかった子供連れの女性に声をかける。

 女性は、申し訳なさそうな顔で手を横に振った。


 ミルカが急ぎ足で歩く男に声をかける。

 男は、返事をすることもなく素通りしていった。


 さきほど同様、客がまったく引っかからない。

 ミルカと同業者と思われる大人たちは、五、六人も声をかけるとだいたい一人は釣れている。

 客から声をかけてくることもある。


 しかし、ミルカは、いつまで経っても客を取れず、声をかけられることもない。


「何でミルカだけあんなにお客さん引っかからないんだろ?」


 疑問に思い、貴子は聞くともなしにつぶやいた。


「多分……」


 と前置きして、ダニェルが答える。


「河、とても広い。渡る、危険。だから、みんな、思う。大人の、操る、船、経験、多い、安心。子供の、操る、船、経験、少ない、不安」


「ああ、そっか。そういうことか」


 貴子は合点がいった。

 声をかけている人が操る船は、全て同じような形、サイズの小船。


 それで景色が見えないくらい距離のある対岸まで渡るのだから、お客は、経験豊富そうな大人のほうが安心できるという心理が働くのだろうと貴子にもわかった。


 実際の経験値がどれほどかはさておいてだが。


「なんだかミルカ、苦労してそうだね」


「ヤァ……」


 貴子が言うと、ダニェルは小さな声で返事をした。

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