第57話 貴子、おちょくられる

「エイ、メイ レェタ シウ、ネドス ヤッカ」


 頬に傷のある男がニヤついた顔で貴子へ言ってくる。

 貴子は、その表情から、「よう、また会ったなぁ」とでも言ってるんだろうと適当に脳内翻訳した。


「あんたらもデュワに来てたのか」


 貴子は、興味なさげに五人を見て、


「帽子返せ」


 頬傷の男が盗った三角帽子へ手を伸ばした。


 ヒョイ


 と男は帽子を持っていた手を引いた。


「ブハハハハ」


 男たちが笑った。


「……マジで返せ」


 貴子が帽子へ手を伸ばした。


 ヒョイ


 男が手を引いた。


「ブハハハハハ」


 男たちが笑った。


「…………マジで、返せ、ボケナス」


 貴子は、相手を睨み、手を前に出して待った。


「オゥ、エイィシャ……」


 頬傷の男がすまなそうな顔で謝って、三角帽子を貴子の前に差し出した。

 貴子が帽子に手を伸ばした。


 ヒョイ


 頬傷の男が帽子を持つ手を引いた。


「ブハハハハハハハハハハッ」


 男たちが大口を開けて笑った。


「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハ」


 貴子も乾いた声で笑い、


「とってもおもろいことやらかしてくれたお前らにプレゼントをあげよう」


 自身の意識に集中し、


「空の旅のプレゼントだ」


 頭に映像を描き、


「心ゆくまで楽しんでくれ」


 胸の中に熱い塊が生まれたのを感じて、


「宇宙まで飛んでいけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 魔法を発動した。

 男たちの周りに風が吹きはじめる。

 五人の体がふわりと宙に浮いた。


「ホゥン!?」


 全員が驚愕の顔で自身の足下を見た。

 ジタバタと手足をばたつかせる。


「飛べ! もっと飛べ! イスカンダル見つけるまで帰ってくんな!」


 怒れる貴子が金属バットを振り上げようとした、その時、


「ビネイ テビ デト!」


 どこからか走ってきたひとりの少年が頬傷の男から貴子の三角帽子を奪い、


「うわっ!?」


 貴子の手を掴んで引っ張り二人でその場から逃げだした。


「アウッ!」


 貴子の集中が途切れ、五人組がお尻から地面に落ちた。

 男たちは、何が起こったのか全く理解できず、ただ呆けた顔で自分の体を見つめていた。



 ……



 五人組から見えないところまで来ると、少年と貴子は足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 貴子が息を切らせて、自分を引いてきた少年を見た。


「あ、はぁ、はぁ、さ、さっきの」


 道行く人に声をかけていた、黒髪ショートのクセ毛で八重歯の生えた男の子だった。


「テビ シィ タァク スナァイ ビセナァ。トゥワ」


 少年が何かを言って、笑顔で貴子に三角帽子を渡した。


「もしかして、私が帽子を盗られたところを見てて、助けてくれたのかな」


 貴子は、状況からそう考え、


「サリィシャ」


 お礼を言って帽子を受け取り、こちらのやり方に習ってハグをし、右、左と頬を合わせて感謝を伝えた。


「ハァテ アスヤァシャ ディ シウ ルゥタフィン ウィム? ディ シウ ホニィ ビセナァ?」


 少年が自分の口を指でさし、次に指を一本立てて聞いてくる。


「え、何? 『キスがいい。もう一回』とか? 君、おませさん?」


 貴子はわからない。ということで、


「ちょっと待ってね」


 と言いおいて、周りを見回した。


「ん~と……あ、いた」


 遠くでおじいさんに話しかけているダニェルを発見。


「おーい、ダニエルー」


 手招いて呼んだ。


「ダニエル?」


 八重歯の少年が首を傾げた。

 自分の名前を独特に発音する貴子の声に気づいたダニェル。

 聞き込みを中断して貴子のほうへと小走りにやってきた。


「何?」


 ダニェルが貴子に尋ねる。


「この子がさ、何か言ってるんだけど翻訳してくれない?」


 貴子は、ダニェルに通訳を頼み、


「ゼス メイ エレェイ シウ?」


 ダニェルが少年に話しかけた。


「……」


 少年は、急に口を閉じた。

 ダニェルの顔を穴が開きそうなほどまじまじと見ている。


「ハ、ハァテ?」


 ダニェルが腰を引いてもう一度尋ねた。

 すると、少年は、


「ディ シウ ダニェル? ネィラ ジ ホミ?」


 ダニェルへ何かを聞いた。


「!」


 大きく目を見開いてダニェルが驚き、


「……」


 首を前に伸ばして少年の顔をじっくりと見つめ、


「……ミルカ?」


 聞き返した。


「ヤァ! ミルカ! ヤァ!」


 少年が無邪気な笑顔を見せる。


「ミルカ! ミルカ!」


 ダニェルも満面に笑顔を浮かべ、


「ダニェル!」


「ミルカ!」


 二人はガシッと抱き合った。


「……何話してんの?」


 置いてきぼりな貴子だった。

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