第56話 大河の町

 翌々日のお昼前。

 街道がなだらかな下り坂になり、ようやくその先にデュワの町が見えてきた。


「やったっ、町だ!」


「町だ!」


 貴子とダニェルの声が弾む。


「うわ〜、水辺の町だ~」


「ヤァ〜、町も、河も、とても、大きい」


 二人は、坂道を下りながら、そこから見える景観に見惚れた。


 河岸にくっつくようにして造られた町で、ほぼ半円形の壁が町を囲んでいた。

 河には大小さまざまな船が行き交っている。


「あれって河なの? 海とか湖じゃなくて?」


 貴子がダニェルに聞く。

 対岸が見えないほどの大河で、貴子には判断がつかなかったからだ。


「ヤァ。メニゥ河。クゥツ、言った」


 ダニェルがクゥツの情報をもとに答えた。


「メニゥ河か。おっきな河だなぁ」


 貴子は、上流下流と河を見渡し、


「ダニエルのお母ちゃん、会えるかな?」


 ここへ来た目的を頭に思い浮かべ、デュワの町へ視線を戻した。


「ヤァ……」


 ダニェルが曖昧に返事をした。


 キルゴの千人隊長センプテルオがダニェルの母親を見たのは約五年前。

 いてくれればもちろん嬉しいが、五年という歳月を考えるとどこかへ移動した可能性もある。


 ダニェルは、村で母親が迎えにくる日を今日か今日かと待つ毎日を過ごし、結局そのような日は訪れなかった。


 会えると思って会えなかった時の辛さをダニェルは知っていた。

 そのため、過度の期待はしないよう自分を制していた。


 それに、たとえここで会えなかったとしても、自分が母親を探しつづけることに変わりはないのだから、とダニェルは決意を新たにした。


「おお、河が近いから涼しくなってきた」


 貴子が気持ち良さげに腕を広げた。


「涼しい」


 ダニェルも心地よさに目を細め、風が吹き上げてくるデュワの町を見つめた。



 ◇◇◇



 シャダイの時同様に町の入り口でお金を払い、貴子とダニェルがデュワの町に入った。


「ほうほう、ここがデュワですか」


 貴子が周囲へ首を巡らせる。

 全体的に古びた印象の建物が雑然と建ち並び、お世辞にもお上品な町並みとは言えないが、人々には活気があり、魚の匂いも混じってか漁師町のような雰囲気を貴子は感じた。


「今日のお昼は魚料理にしよ」


 匂いにつられて貴子が決め、ダニェルにそれを伝えようと隣へ顔を向けた。

 ダニェルは、まばたきもせずに町のあちこちへ視線を走らせていた。

 顔は真剣で、町の景色を楽しんでいるという様子ではない。


 母親がいないかということと、五年前に母親とここへ来た記憶を呼び起こそうとしていることが貴子にもわかった。

 なので、昼食はあとにして、


「とりあえず、河のほうに行ってみよっか?」


 五年前、ダニェルと母親が船から降りるところを見たというセンプテルオの話を基に、貴子はそう提案した。


「ヤァ」


 ダニェルは、頷き、周りを見ながらゆっくりと歩き出した。



 ……



「ふわ〜、大きいな~」


 町の中を歩いて建物の間の細い道を通り、河岸にやってきた二人。

 貴子が眼前で穏やかに流れる大河を眺め、感嘆の声を上げた。


 河岸には、桟橋がいくつもあり、三段重ねの箱を載せたような形の船、船首から船尾までが長い船、笹舟型の小さな船など様々な船がそこを離発着している。


 多くの人がいて賑わいを見せており、船を乗り降りする人、漁をしている人、泳いでいる人、洗濯をしている人などがいた。

 まさに生活の源といった大河だ。


「(キョロキョロ)」


 貴子が河辺を眺めている間も、ダニェルは、辺りへ凝らした目を向けていた。

 今のところ、母親を見つけたり何かを思い出したようなリアクションはない。


 貴子も、ここへ来るまでの間、ダニェルに似ているらしい、金色の髪にアーモンドアイの美女を探していたが、それっぽい人は見当たらなかった。


 なおもダニェルは、母親と自分の中にあるはずの記憶を探していたが、何も見つからないため、


「私、人、話、聞く、する、行く」


 聞き込みをすることにして、


「いい?」


 貴子に了解を得るため尋ねた。

 貴子は、別行動をとるつもりだろうとわかったので、


「うん、いいよ。私もダニエルのお母ちゃん探しとく」


 いってらっしゃいの意味を込めてダニェルの背中をポンポンとたたいた。


「ありがとう」


 ダニェルは、貴子にお礼を言い、


「一時間、後、あそこ、集まる」


 集合場所を指で示した。


 そこには、高さ五メートルくらいの上半身裸で腰に布を巻いた男性の石像が台座の上に建っていた。


 逆立った髪、首や手足は短いが筋肉質で野太く、手には自身の身の丈を超える長剣を持ち、いかめしい顔を河のほうへと向けていた。


「あれって誰だろうね?」


 貴子がダニェルに聞く。


「河の、神様。名前、シヤフェスィン」


「ああ、なるほど。河の神様か」


 知っていたダニェルに教えてもらい、貴子が納得した。

 石像に多くの人が触れたり祈ったりしていたからだ。


「じゃあ、あとで」


 貴子が手を上げると、


「あとで」


 ダニェルも手を上げて返答し、歩き出した。

 貴子は、さっそく近くにいる女性に声をかけるダニェルの様子を見ていたが、


「私も行くか」


 回れ右して、ダニェルとは反対方向を探すことにした。


「私もマァリ語話せたら聞けるんだけどね」


 一人呟き貴子が周りにいる人を見て歩く。

 その周りにいる人も変わった格好の貴子をチラチラ見ているわけだが。


「あれは何してんだろ?」


 貴子は、とある人たちに目を止めた。

 右の二の腕に水色の布を巻いた男が何十人といて、みんなが道行く人に話しかけていた。


 水色の布の男たちは、話しかけた相手が頷くと、船に誘って河へと漕ぎ出していった。


「客引きしてんのかな? 遊覧船どうですか、みたいな?」


 そう考え貴子が見ていると、大人の男たちに混じって一人だけ子供がいた。


 ダニェルより少し年上、十一、二歳で、クセのある短い黒髪、笑うと八重歯が覗く、体の線の細い少年だった。


 少年が荷物を抱えた男に笑顔で声をかける。

 男は、首を横に振って断った。

 少年が今度は二人組の男たちに声をかける。

 男たちは、しっしっと手で払った。


 他の人にも声をかけるが、少年は、ことごとくみんなから袖にされていた。

 それでも少年は、お客を探して顔をあちこちへと向け、


「オゥ」


 貴子を見つけた。

 貴子の前にやって来た少年。


「ハヤァ。ベフィ シウ ディ ケェオフィン シュ ダ タタァ ドイ、ハウム カァギン シウ クアック アゥス メア ソレシャ?」


 口から八重歯を覗かせ、愛嬌のある笑顔で貴子に話しかけた。


「ごめん。私、マァリ語話せない。マァリ、ネェン」


 貴子が首と手を左右に動かした。


「ハウ……」


 意味が通じたのか、それとも単純に断られたと思ったのか、少年は笑顔を曇らせて次の客候補を探すため歩いて行った。


「……ダニエルに翻訳してもらおうかな」


 少年のがんばっている姿を見て、何をしているのか知りたくなってきた貴子がそう考えていると、突然フワっと貴子の黒い三角帽子が浮き上がるようにして脱げた。


「わっ!?」


 貴子があわてて帽子を手で押さえる。

 しかし、手は空振り、帽子は貴子の後方へと飛んでいった。


「な、何だ?」


 貴子が振り返る。

 貴子の後ろに三十歳くらいの五人の男がいた。


 そのうちの一人が、手に貴子の三角帽子を持っていた。

 頭にターバン風の布を巻き、頬に切り傷のある男。


「あっ、お前!」


 貴子が気づいた。

 五人は、二日前街道で会った男とその仲間だった。

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