第八章
第55話 魔法使いたるもの
草原と森に挟まれた街道を進む貴子とダニェル。
二人は、カテコ村を出たあとシャダイの町に寄ってクゥツの家でお世話になり、町の人に巨大円盤の件で迷惑をかけたことを謝って回ってから再度出発した。
それから今日で五日経った。
デュワの町までは、あと二日の距離まで来ていた。
「町見える?」
「ネェン」
貴子が聞いてダニェルがノーの答え。
いくらダニェルの目が良くても、残り二日の距離にある町を見ることはできない。
「タカコ、今日、それ聞く、二十回」
ダニェルの細かい指摘。
「いやぁ、ついね。つい。やっぱ、夏場歩くのは大変だわ」
貴子は、かなり疲れていた。
これまでもずっと徒歩で移動してきたので、体力もついているし七日歩くくらい大丈夫だろうと考えていたが甘かった。
やはり、夏場はきつかった。
「空、飛ぶ、できる、なら、良かった」
ダニェルが金属バットを見る。
「だねぇ」
貴子がしみじみ頷いた。
カテコ村を出てしばらくは、金属バットに二人乗りで跨り、高所が苦手な貴子でも怖くない地上から五十センチの低いところを飛んで移動していた。
しかし、貴子たちを見た人がビックリして物を落としたり、腰を抜かしたり、馬が驚いて暴れたりと大変なことになったので、空中移動はしないことに決めていた。
「でもね、私今はこう思うんだ」
真面目な顔で貴子。
「魔法って特別な力でしょ? だから、つまらないことに使うんじゃなくて、重要な場面でこそ使うべきだって」
自分自身へ諭すように言った。
「オゥ、タカコ、立派」
ダニェルが手放しに褒める。
「へへへ」
貴子は、照れ臭そうに鼻を擦った。
「ところで、町見えた?」
「ネェン。二十一回」
カウントが増えた。
そんなやりとりをつづける二人の後方から、何かが駆ける音が聞こえてきた。
二人が振り返る。
五頭の馬が土を蹴り、貴子たちのほうへ走ってくる姿が見られた。
すべての馬に騎乗者がいる。
全員、三十歳くらいの男だった。
道を開けるためダニェルが右端へ、貴子が左端へ寄った。
しかし、貴子が移動すると、一騎が同じ側へ走る向きを変えた。
貴子が今度は逆側へ移動する。
馬も同じ側へ向きを変える。
貴子が逆へ。
馬が方向を変える。
逆へ。
変える。
逆へ。
変える。
逆……と見せかけて移動しない。
馬も変えない。
そうこうしているうちに、馬が貴子とぶつかりそうな距離にまで来た。
「わっ!?」
貴子が体を硬直させた。
「チィシェ!」
騎手があわてて手綱を引いた。
馬は、前脚を跳ね上げ貴子にぶつかる直前で止まった。
「……っぶねぇ~~~」
貴子は、間近にいる馬の肌を見つめ、息を吐き出すように言って脱力した。
「タカコ! 大丈夫!?」
ダニェルから心配の声。
「あ、ああ、うん、大丈夫」
冷や汗を拭って貴子が返す。
「テビ シィ リデコウ! ハァテ ディ シウ ダレンフィン!?」
今度は、上からの怒鳴るような声。
貴子が顔を上げる。
頭にターバンのような布を巻いている頬に切り傷のある男が、苛立ちを露わに馬上から貴子を見下ろしていた。
「『あなた、危ない。何、考える?』」
ダニェルが眉をひそめて翻訳。
「はあ? 危ないもなにも、お互い避けようとした結果でしょ」
貴子がムッとした顔で言い返した。
ダニェルがそれを相手に伝えようとしたが、
「フンッ、クアック セファ ソワ ダ キェイ、ネドス ヤッカ!」
その前に、頬傷の男が鼻で笑ったあと貴子に何かを言った。
「……『道、開ける』」
ちょっと間を置いてからダニェルが翻訳。
「この人、他にも何か言ってるよね? 半笑いで私の帽子見てるし」
勘のいい貴子。
「……『道、開ける、変の帽子の、女』」
おずおずとダニェルが正確に翻訳。
ブチッ
貴子がキレた。
こめかみに青筋を浮かべ、金属バットを両手で握り、戦闘態勢に入った。
「タカコ、深呼吸、深呼吸」
こうなるだろうと思っていたダニェルが貴子を落ち着かせようとなだめる。
そこへ、
「ハァテ ディ シウ カァフィン? テカ アゥス」
遠くで馬を停止させていた男たちが、早く来いとばかりに頬傷の男を手招いた。
頬傷の男は、貴子を睨んでから、
「チッ」
と舌打ちし、手綱を引いて馬首を右へめぐらせ馬の腹を蹴った。
馬は、貴子を避けて駆け出し、それを見た他の四人も馬を再び走らせはじめた。
去って行く五人の後ろ姿を貴子が眺める。
スっと目を閉じて集中。
パチっと開けて、
「風よ吹け」
金属バットを横に振った。
五騎の側面から吹きつけた強風が、頬傷の男のターバンを飛ばした。
「オゥ!?」
頬傷の男が馬を操り、道を外れてターバンを追いかけた。
「アハハハハハッ、バーカ! バーカ! ヴァーーーカ!」
貴子は、男を指さして笑い、ダニェルは、
「重要、場面……」
数分前の貴子の言葉を遠い昔のことのように思い出していた。
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