第62話 メニゥ河へ

「エ、エイ!」


 ロィンが、家の前を歩き去って行こうとする集団へあわてて声をかけた。

 一人の若い男が立ち止まりロィンへと顔を向ける。


「ハ、ハァテ ケェオフィン アゥス?」


「ダ オォカス ソワ メア カコ ソル セレイ テス! メイ ニス ケェオフィン シュ ダ タミシュ ビセナァ!」


 ロィンが聞くと、若い男は、大きな声で答えてまた歩き出した。


「ロィン、『どうした?』。男、『宿の、客、彼ら、切った。医者、行く』」


 ダニェルの早口な翻訳。


「呼び戻して」


 貴子が言うと、


「ヤァ!」


 意図を察したダニェルが返事をして、


「ダ タミシュ シィ トゥワ!」


 窓から顔を出して去って行く集団に声をかけた。

 それを聞いた怪我人連れの男女は、すぐに立ち止まり戻ってきた。

 ミルカの家族はキョトンとした顔をしている。


「私、言った、『ここ、医者、いる』」


 怪我を治す魔女がいると言っても止まらないだろうと考えて、ダニェルがとっさに機転を利かせたのだった。


「ナイス」


 貴子がダニェルにサムズアップを送って椅子から腰を上げた。

 扉が開き、雨でずぶ濡れの怪我人たちが家に入ってきた。


「ハセウ シィ ダ タミシュ!?」


 怪我人に肩を貸す男が聞いてくる。


「『医者、どこ?』」


 ダニェルは訳して、


「サハ シィ エ タミシュ。『彼女、医者』」


 と貴子を紹介し、


「レシィレ クェバ ダ ソビィケオ ノルイ アゥス ダ エキット。『そこ、怪我人、横、する』」


 床へ寝かすよう指示を出した。


「……サハ?」


 入ってきた男女は、「この女が?」という胡散臭そうな顔で貴子を見ながら怪我人を横に寝かせ、ロィンたちは、「貴子が?」と目で貴子に問いかけた。


 それらの懐疑的な視線を受け流して、貴子が怪我人を見た。


「ウゥゥ……」


 二人とも痛みに表情を歪めて血が止まらない傷口を手で押さえている。

 貴子がしゃがんで二人の手と布をどけて傷の状態を観察した。

 どちらも刃物による切り傷だった。


「ふぅ~……」


 貴子は、傷口を見て跳ね上がった心臓を落ち着かせるため息を吐き出し、吸って、目を閉じて集中力を高めた。


 彼らの傷がない肌を頭の中に思い描く。


「カァ テビ ヒクシキィ!」


 怪我人の仲間が治療を始めない貴子に苛立つ。

 しかし貴子は、焦ることなく胸の中に生まれた熱い塊を感じてから、


「治れ!」


 それぞれの傷に手を置いた。

 怪我人たちの患部がオレンジ色に発光する。


「ホアッ!?」


 皆が目を丸くして驚いた。


 開いていた傷口は、血が止まると閉じるようにして塞がり、細胞組織が再生されてくっつき、傷跡も薄れてゆくとあっという間に怪我をする前の状態に戻った。


 貴子が傷のあった場所から手をどけて確認し、


「よし、成功」


 ホッと息を吐いた。


「タカコ、さすが」


「イェイ」


 ダニェルと貴子がハイタッチを交わした。


 治療が終わると元怪我人たちは、戸惑った表情で怪我を負った箇所に触れ、フゥエとロィン、客人たちは、口をポカンと開けて貴子を見、サエリィとトルタの子供二人は、


「ルルゥーーーカ!」


 素直に驚いた。


「タカコ、ルルゥカ!」


「マァリヤ!? タカコ、マァリヤ!?」


 二人が貴子にくっつき聞いてくる。

 貴子は、立ち上がると、魔女ローブをバサッと翻し、


「ヤァ! アイム マァリヤ!」


 ビシッと親指で自分をさした。


「メセーーーナフィン!」


 サエリィとトルタが喜びを爆発させてはしゃぐ。

 大人たちは、それでも呆けた顔で貴子を見ていた。


「で、どうして切られたの?」


 貴子が額に傷を負っていた四十代半ばくらいの男に聞いた。


 ダニェルが貴子の疑問を伝えると、男は、まだ戸惑った表情ながらも聞かれた質問に答えた。


 彼は、宿屋の主人で名前はホカニ。

 三日前からとある五人組の男たちがホカニの宿屋に泊まっていた。

 彼らは、外で酒を飲んで帰ってきて部屋で騒ぐという迷惑な客だった。


 今朝は、雨が降っているからか外へ出かけず、朝から部屋で酒を飲み騒ぎ出した。

 連中の振る舞いに堪忍袋の緒が切れたホカニが五人組の部屋に乗り込んで出て行けと言った。


 しかし、酔っ払っている男たちは、ヘラヘラ笑うだけで話が通じない。

 そこでホカニは、窓から連中の荷物を外へ投げ捨てた。


 それを見た五人は怒り、頬に切り傷のある男がナイフを取り出し、やたらめったらに振り回してホカニの額を傷つけ、ホカニの悲鳴を聞いて駆けつけた従業員も切りつけた。


 これはさすがにまずいと思ったのか五人は、乗ってきた馬をほっぽって窓の外の荷物を拾い走って逃げたのだった。


「それって……」


 ダニェルの訳を聞き終え、貴子が頭に昨日も会ったバカな男たちを思い浮かべた。


「男、五人……」


 ダニェルも同じことを思い出していると、


「フゥエ! ロィン!」


 突然、二十歳くらいの男が窓の外から家の中へ声をかけてきた。

 どこかから走ってきたらしく、体はびしょ濡れで息が上がっている。


「オゥ、レシャ。ハァテ?」


 呼ばれたフゥエが尋ねると、


「イッシ タリグ レブォセェオ ミルカ ジェス エ シャレン コミ テネテェオ ダ ソレシャ セファ ソワ エ セオブ シャフ!」


 男は、叫ぶように言って河のほうを指さした。


「!」


 フゥエは、顔いっぱいに驚きを広げ、


「ミルカ!」


 と息子の名を呼んで家を飛び出した。


 ロィン、サエリィ、トルタ、家にいた客人たち、何かを伝えにきた男がフゥエのあとを追い、ダニェルは、みんなとは逆に家の奥へ向かった。


「え? え?」


 言葉がわからない貴子が、一人残されオロオロする。

 しばらくするとダニェルが手に金属バットを持って戻り、


「男、五人、ナイフ、出した、ミルカ、脅した! ミルカ、五人、船、乗せた、荒れる、河、船、出した!」


 翻訳した。


「五人!? ミルカが!?」


 みんなが外へ行った理由を知り、貴子はダニェルから金属バットを受け取って、


「行こう!」


「ヤァ!」


 みんなに遅れてメニゥ河へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る