第53話 空飛ぶ大地
アビノという中年の男が街道を歩いていた。
アビノは、エイベイエ村の出身で、今はシャダイの町に住んでいるが、仕事に暇ができたので魔女の話を手土産に久しぶりに帰省しようと思い立ったのだ。
「クックックッ」
魔女の話を聞いた村人たちの驚く顔を想像し、アビノがいたずらっ子のように笑う。
「フ〜」
アビノは、一旦立ち止まり、腰帯につけている水の入った皮袋を手に取った。
栓を外し、ゴクゴクと喉を鳴らして水分を補給する。
「プハ~」
喉を潤すと、アビノは空を見上げた。
雲ひとつない、青が濃い夏の空。
太陽は、傾きはじめているが、まだまだ気温が下がるほどではない。
「フンッ」
アビノは、自分に気合を入れ、皮袋に栓をして、再び歩き出すため腰帯につけ直そうとした。
その時、ふっと辺りが陰った。
雲が陽光を遮ったのだとアビノは考えた。
しかし、空には雲がなかったはずだとも思い、アビノが顔を上向けた。
円盤が空に浮かんでいた。
「……」
アビノは、皮袋を落とした。
目が点になっていた。
思考が停止した。
直径五十メートルほどの円盤は、アビノの遥か頭上を鳥と一緒に飛んで行く。
アビノは、円盤の上に複数人の老人の姿を見つけた。
「アビノ!」
その中にいるひとりの老爺がアビノを呼んで手を振った。
アビノが目を凝らして老爺を見る。
アビノの父親だった。
「ハハハハハッ!」
老人たちは、アビノのびっくり仰天している顔を見て指をさして爆笑していた。
老人たちを乗せた円盤は、アビノが歩いてきた方向へと飛んで行った。
アビノは、呆けた顔で円盤を眺めていたが、その姿が見えなくなると、
「ハッ!」
と我に返り、今来た道をあわてて戻り円盤を追いかけたのだった。
……
場所は変わってシャダイの町。
クゥツの家。
クゥツは、木陰で畑仕事の合間の休憩をしていた。
隣では、クゥツの親友、町長のキンザァが寝ころんでいる。
クゥツに用事があって来たのだが、用事を終え、食事をごちそうになったあと眠気に襲われて仮眠をとっていた。
周りでは、クゥツの家族や仕事仲間がそれぞれに働いている。
いつもの見慣れた日常の光景である。
「フフ」
不意にクゥツが笑った。
数日前までここに魔女がいて、町中が大騒ぎしていたのが嘘のようだったからだ。
のどかという言葉がぴったりの静かな午後のひと時。
そよ風がクゥツの頬を撫でる。
それを受けて、クゥツは、貴子たちは元気にしているだろうか、今どこにいるだろうか、などと二人に想いを馳せた。
「キャアーーーーーーーーーーッ!」
突然、遠く町中から女性の悲鳴が聞こえてきた。
クゥツと隣で寝ころんでいたキンザァが素早く立ち上がる。
「ウワァァァァァ!?」
「キャア! キャアァァァァァッ!?」
悲鳴を上げているのは一人ではない。
大勢の者の悲鳴や叫び声が町中に響いていた。
しかもその出所が、クゥツの家へと近づいてきていた。
クゥツとキンザァのもとに家族や仕事仲間が集まってきた。
悲鳴は、もうすぐそばで聞こえるようになった。
状況がわからない不安に、全員が一箇所に固まり声が聞こえてくる方向を見つめる。そこへ、
「クゥツ! キンザァ!」
予想外に斜め上から子供の声が降ってきた。
みんなが顔を上向けた。
空中に巨大な円盤が浮いていた。
「ギャアーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
全員が悲鳴を上げた。
「ミィテヤ! メイ ニス! ダニェル!」
再度、円盤の上から声が聞こえてきた。
「ホ、ホゥン!?」
聞き覚えのある声に、みんなの視線が声の出所へ向けられた。
「ダニェル!」
全員の声が揃った。
円盤の上にいたのはダニェルだった。
円盤の縁にしゃがんで下にいるクゥツたちを見ている。
隣には、少女がおり、空から眺める町の景色に瞳を輝かせていた。
「クゥツ、キンザァ、ゼス シウ クェバ アリ オク ヤッシュ? 私、聞いた、『これ、町の中、置く、いい?』」
唐突にダニェルが日本語翻訳付きで二人に頼み事をした。
「シィ ザノ!? ディ シウ ケェオフィン シュ クェバ テビ エド!?」
キンザァが声を裏返して正気を問うように聞き返す。
「ヤァ」
ダニェルが頷いた。
「ネェンネェンネェンネェンネェン!」
キンザァは、首を横にブンブン振って断った。
空飛ぶ円盤の大きさは、直径五十メートルを超えている。
町長として、そんな巨大でわけのわからないものを置くことは許可できるはずもない。
「キンザァ、ダメ、言った」
ダニェルが振り返って日本語の説明。
「あ、やっぱダメか」
ダニェルの後ろのほうから女性の声がした。
クゥツは、姿は見えないがすぐに貴子の声だと気づき、
「シ、シィ テビ ハニアフィン ジェス タカコ ジ ルルゥカ!?」
ダニェルに聞いた。
「ヤァ」
ダニェルは、あっさり頷き、
「クゥツ、『それ、飛ぶ、タカコの、魔法?』。私、『はい』」
振り返って日本語訳。
「じゃあ、別のとこ探そう」
貴子は、そう言って、
「お邪魔しました。みんな、またね」
お別れの挨拶をした。
「テェデ、ミィテヤ」
ダニェルがそれを翻訳してみんなに手を振り、隣りにいた少女――シェゼも手を振ると、空飛ぶ円盤は、直進しはじめた。
町中から、また悲鳴が響いてきた。
クゥツたちは、呆然と円盤を見送ったのだった。
……
「タカコ、どこ行く?」
今までいた円盤の縁から小山を上り、ダニェルが貴子のところへ戻ってきた。
ダニェルのそばにはシェゼがくっついている。
「そうだなぁ、このお墓を置いてくれそうなところかぁ」
貴子があらためて、自分が飛ばしている小山型のお墓とそれに乗っているテカットたち村人を見渡した。
空飛ぶ円盤の正体は、エイベイエのお墓だった。
昨日、ダニェルの無事が確認できたあとのこと。
貴子は、テカットの、「お墓から絶対に離れない」と繰り返す言葉を聞いて、
「だったら、お墓を飛ばしてここから移動させるのはどう?」
と案をだした。
貴子の提案に村人は、ポカーンとした顔を見せたが、もしそんなことができるのなら自分たちはお墓について行く、とのことだったので、貴子は試しに小山型のエイベイエのお墓を魔法で浮かせてみた。
見事に浮いた。
村人はもちろん、ダニェルも、やった本人も目を剥いて驚いた。
貴子がお墓を元の位置に下ろすと、村人たちは「これならば」ということで、一日がかりで必要なものをまとめて小山に集合し、森と村に別れを告げたのだった。
貴子は一度、森の外にお墓を下ろして「これで良し」としたが、テカットたちが、「人のいるところがいい」と言ったので、それもそうかと思い直し、シャダイの町へ来たのだった。
「町の中は断られたけど、外とかならいいかな?」
貴子は、そう考え町へ引き返そうとしたが、
「メイ ダレン ヤァクグ ディ アケェト ベルゥゲ ワァナ ディ ノォル」
「メイ ノォル エ パト ジェス エ ナァド ソワ マタグ」
「メイ カァギン ミティ パティグ ジェス エ ナァド ソワ モジュウ」
村人たちが難しい顔で、ダニェルへ何かを言った。
「みんな、言う。『私たち、老人。都市、大変、思う』。『たくさん、木、ある、場所、良い』。『人、多い、イヤ』」
村人の要求をダニェルがまとめて翻訳。
「注文多いな……」
面倒そうに貴子。
「人間ってのは欲張りだねぇ、ポォミ」
貴子がそばにいる巨体熊に話しかけた。
「ガウガウ」
ポォミは、『まったくだ』とでも言いたそうに頭を上下にふった。
ポォミも一緒に来ていた。
「テビ シィ タァグ ザノ トア ディ エ ナァド ソワ リピ モジュウ」
テカットもダニェルに何かを言った。
「『若い子、たくさん、いる、場所、良い』」
ダニェルの訳。
「キャバクラ探してんじゃないんだから」
言って貴子がこめかみを揉んだ。が、
「あ、若い子か」
貴子は、ポンと手を打ち合わせ、
「カルィン」
ダニェルが、まさに貴子が思ったことを口に出した。
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