第52話 子供を産んでください
「早く言え。ダニエルどこだ? ダ・ニ・エ・ル」
貴子がテカットに詰め寄り急かす。
「キ、キウ シィ オク ザノ マッシ」
テカットが一軒の家屋を震える指でさした。
すると、扉が内側から開き、タイミングよくダニェルが姿を現した。
「ダニエル!」
貴子は、ダニェルに駆け寄り、
「ダニエル怪我はない!? 大丈夫!?」
ダニェルの体を見て触ってと無事を確かめた。
「ハゥン?」
一方のダニェルは、キョトンとしていた。
しかし、今も燃えている炎の壁に気づいて、
「ホァ!?」
と驚き、
「な、何、あった?」
貴子に聞いた。
「それがさぁ――」
貴子がこうなったいきさつを話す。
すべて聞き終えると、ダニェルは、「フンフン」と頷き、今度は自分のことを話しはじめた。
日の出とともに起きたダニェルは、唐突にテカットから頼み事をされた。
村に残ってほしい。そして、成人したらシェゼと結婚して子供を作ってほしいと。
理由は、エイベイエの村を囲む森に危険な獣が増えていることだった。
今は、熊のポォミが森に縄張りを作っているので獣は近寄ってこないが、ポォミがいなくなると確実に村が襲われる、エイベイエのお墓を守れなくなる。
しかし、魔法使い(だと思い込んでいる)ダニェルがこの村に住めば、ポォミがいなくなっても安全で、子供が産まれればその子たちも魔法を使える(と勝手に思い込んでいる)から村をずっと守りつづけることができると考えたのだった。
ダニェルの返事は、もちろんノーで、自分は魔法使いではないし、貴子と一緒に旅をしていることと旅の理由も話した。
テカットは、魔法使いではないという言葉をやはり信じず、ダニェルと子供もあきらめきれず、今もテカットの家の地下室で別の村人に説得してもらっていたのだった。
「でも、変の、音、聞いた。私、外、出た」
ということだった。
「なんだ、ひどい目にあってたわけじゃないのか」
貴子は、安堵し、
「それで、何で私を村から追い出そうとしたの?」
テカットに聞いた。
「ハウム コゥク シウ クイリ シュ クアック メオ セファ ソワ ダユドゥク?」
ダニェルがテカットに伝える。
「……ダニェル テフェオ タカコ オォバ カフ。メイエ ハス シウ ビィネオ ザノ タカコ ロベェオ シウ コミ ロベェオ ダ ユドゥク、メイ ダレト シウ シス ビネイ サイ ソクトォリフィン コミ スカップ オク ダ ユドゥク」
テカットがボソボソとした声で話した。
「『ダニェル、タカコ、とても、信じる。タカコ、村、出た、聞く時、ダニェル、旅、あきらめる、村、残る、言う、思った』」
ダニェルが照れくさそうに翻訳。
「ダニエルがいい返事をくれないからその方法を考えたんだな。わざわざ日本語まで覚えてまぁ、ご苦労なこっちゃ」
貴子は、ヤレヤレと肩をすくめた。
「ダニェル!」
今までおとなしくしていたシェゼがダニェルの腕に抱きついた。
「レシィレ、ダニェル! レシィレ スカップ オク ダ ユドゥク!」
懇願するような表情でダニェルの腕を抱き締めるシェゼ。
「メイ ゼスギン。レベッグ、メイ ニス エ マァリヤ」
ダニェルが首を横に振る。
「メイ カァギン チシェ ウィム ザノ! タッグ ミィファ メオ!」
シェゼは、顔をグイっとダニェルに近づけた。
「クンクン……シウ マニ ミジュ」
ダニェルが鼻をヒクつかせて何かを言った。
「ウワァーーーーーン!」
シェゼは、顔を真っ赤にして泣き出し、どこぞへと走って行った。
「何話してたの?」
貴子がダニェルに聞いた。
「シェゼ、『ダニェル、村、残る、お願い』。私、『私、魔女、違う』。シェゼ、『いい。私と、結婚する』。私、『シェゼ、オシッコの、匂い、する』。シェゼ、泣いた」
ダニェルの翻訳と結果。
「そら泣くわ」
貴子がシェゼに同情した。
「マァリヤ! タカコ!」
今度は、テカットが貴子の足に
「わっ、何すんだ! くさっ! ションベンくさっ! 離せ!」
貴子が足を引いて逃げようとするが、テカットは老人らしからぬ馬鹿力を発揮して手を離さない。
「レシィレ ビネイ ウィカ シュ エ キィオ!」
テカットもシェゼ同様、懇願の表情で貴子を見上げた。
「『子供、産む、お願い』」
ダニェルの訳。
「お前はアホか!」
貴子が汚い言葉で拒否。
「ネェン」
ダニェルの気を遣った翻訳。
「レシィレ カァジ シア アリエフ ユドゥキィヤ!」
「『あなた、良い、思う、村の男、選ぶ』」
ダニェルの訳。
「ジジイばっかじゃねぇか!」
口が悪い貴子。
「ネェン」
ダニェルの気遣い翻訳。
「そもそも魔女が子供産んだからってその子が魔法使えるかわかんないっての!」
貴子が言ってダニェルがそれを伝えると、テカットは、『ガーン』という顔で貴子の足から手を離した。
話を聞いていた村人たちは、村の先行きを思って頭を抱えた。
「テビ シィ ザバ……」
「ワァナ イス ベェウ モォテオ ハジ クバング……」
「メイ カァギン ノォル シュ カァ ザノ……」
村人たちが沈んだ表情でそれぞれに何かを言っている。
「『もう、ダメ』。『獣、私たち、食べる』。『死ぬ、イヤ』」
ダニェルがまとめて翻訳。
「イヤならみんなも町に行けばいいのに。んで、たまにここに来てお墓参りすれば? みんなのお子さんだって、まったく帰ってこないわけじゃなくて、お墓参りくらいには帰ってくるんでしょ?」
「お墓、マイリ?」
貴子の言葉を翻訳しようとしたが、『お墓参り』がわからないダニェル。
「お墓の掃除したり、お祈りしたりするの」
「ヤァヤァ。お墓参りお墓参りお墓参り」
ダニェルが『お墓参り』を理解して、貴子の提案を村人に伝えた。
それを聞いたテカットは、
「ネェン。ワァナ ゼスギン ロビィ ダ カシゥ。ワラ ラフアイグ クアック ゾォブ」
首を左右に振って答えた。
村人全員、テカットの言葉に頷いた。
「『ダメ。お墓から、離れる、ダメ。ここ、死んだ人、たち、怒る』」
ダニェルの訳。
「ご先祖さまに怒られるってことね。命あっての物種だと思うけどなぁ」
貴子が腕を組んで、悩ましげに顔を上向けた。
「ワァナ ゼス ファド ロビィ ダ カシゥ」
「『お墓から、離れる、絶対、ダメ』」
重ねて言ってくるテカットとダニェルの訳。
「お墓からねぇ……」
空を見上げたまま貴子が考える。
「村からではないんだ……」
というポイントに気づいた。
「だったら――」
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