第50話 墓守の村
夜になり、エイベイエの村では貴子たちの歓迎会が開かれていた。
外に敷物を広げ、その上に食事を盛った皿や酒を置いてみんなで晩御飯を楽しんでいた。
「ぷはーっ! この一杯のために生きてんな〜」
貴子が酒をかっくらって心の底から満足げに言った。
「ガフガフガフ、ガウ〜」
貴子の隣りでは、熊のポォミが敷物にお尻を下ろし、はちみつ酒の入った木の器を両前脚で器用に持って舐めるように飲んでいた。
「お、いける口だねぇポォミ」
貴子がポンポンとポォミの膝をたたいた。
「ガウガウ」
『そっちもな』と言わんばかりにポォミがアゴをクイクイ動かした。
「ハハハハハ」
「ガウガウ〜」
貴子とポォミは、愉快そうに笑った。
意気投合していた。
意思の疎通もできていた。
そんな一人と一頭のそばでは、ダニェルが、ほぼお年寄りで構成されているエイベイエ村の住人に囲まれて、グイグイ食事をすすめられていた。
とくにシェゼは、ダニェルにピッタリくっついて一緒に食事をしていた。
まだみんな、ダニェルが魔法使いだと思い込んでいた。
貴子は、二度三度と魔法を見せたが、村人たちは、全部ダニェルがやっていると考えるため、もう面倒なのでそのままにしておくことにした。
「……」
ダニェルがじっとりとした目で貴子を見る。
『お酒飲み過ぎ』という視線だ。
貴子は、その視線に気づいていないフリをしてじゃんじゃん酒杯をあおった。
「フ〜。メイ ゼスギン エシャ エ マァリヤ シィ テカフィン シュ エイベイエ ユドゥク。メイオ エイベイエ イス ベェウ ササァラ ヤ」
貴子と同じくらい酒を飲んでいた村長のテカットが、器から口を離して嬉しそうに言った。
「『魔女、エイベイエの、村、来た。王様、エイベイエ、喜ぶ』」
ダニェルが翻訳して、
「ジュウ シィ メイオ エイベイエ? 『王様、エイベイエ、誰?』」
テカットに尋ねた。
「メイオ エイベイエ シィ ダ ネィ オク ダ カシゥ ワァナ ディ ラプカフィン」
テカットが村の中心部にある、てっぺんに何かのモニュメントのような細長い石の棒が立っている小高い丘のほうへ目を向けて答える。
「『私たち、守る、お墓、の中、いる人』」
ダニェルが同じ方向を見て翻訳し、貴子は、
「そういえば、『お墓守る村』ってどういう意味?」
数時間前に聞こうとしていた質問を思い出して尋ねた。
ダニェルがそれを翻訳して伝えると、テカットは次のように語り出した。
今から二百五十年以上の昔、エイベイエという王様が国を奪われマァリに逃げ込みここで亡くなった。
付き従っていた臣下の者は、悲しみ、この地に墓を作って王様を弔った。
当時ここはただの草原だったため、皆は、墓が荒らされることのないよう木を植えて墓を外界から隠し、未来永劫に渡って王様の墓を守ると決意した。
今いる村人は、その時の臣下の子孫で、先祖代々墓を守りつづけているのだった。
「なるほど、墓守の村ね。それで村の名前がエイベイエか」
話を聞いた貴子がふむふむと頷く。
「ザノ シィ ダ メイオ グ カシゥ」
テカットが再び村の中心方向へ目を向ける。
「『あれ、王様の、お墓』」
ダニェルの訳。
「あれ? もしかしてあの丘のこと? 全部?」
「シィ ザノ エニ ダ メイオ グ カシゥ?」
貴子が尋ね、ダニェルが伝える。
「ヤァ」
村長が頷いた。
「へ~、王様のお墓だけあって大きいな〜」
「テビ シィ オォバ トレトォナ。とても、立派」
貴子とダニェルが驚きのため息を漏らした。
王様のお墓は、上から見ると円形で直径は五十メートルほど、中心付近は平地より十メートルは高い。
「ヤァヤァ」
ダニェルの褒め言葉にテカットは嬉しそうにアゴを撫で、
「……ハフゥ」
ため息を吐いた。
顔が憂鬱そうなものになっていた。
「ハァテ シィ ダ テイオ? 『どうした?』」
突然表情を変えたテカットを心配するダニェル。
「ア〜ム……タァク ダ サァニヤ モジュウ オク ダ ユドゥク コゥクギン ノォル シュ マァフ オク ダ スワイ コミ ラプカ ダ メイオ グ カシュ。ミィテヤ マグ ケェオン シュ ダ ヤァク。テビ シィ ケェオフィン シュ ベェウ アケェト ロタ ビセナァ アゥス」
「『若い、村の人、森の中、イヤ、お墓、守る、イヤ。都市、いい。都市、行った。これから、村、大変』」
ダニェルの訳。
「あ〜、それでこの村ってお年寄りばかりなのか」
貴子は、エイベイエ村の面子を見回し、
「どこの世界も似たような悩みを抱えてるんだねぇ……」
憂鬱な顔になった理由を知ってしみじみとつぶやき、
「となると、シェゼのお父ちゃんとお母ちゃんも都市に行ったの?」
ふと気になって尋ねた。
「コゥク シェゼ グ タァトヤ コミ マウセェヤ ソォエ ケェオ シュ ダ ヤァク?」
ダニェルが伝えると、テカットは、
「メオ コミ サフィ ディ シェゼ グ オォテェルグ」
シェゼを優しい眼差しで見つめる五十代半ばくらいの女性と自分を指でさして答えた。
「『私と、彼女、シェゼの、お父ちゃんと、お母ちゃん』」
ダニェルがビックリした顔で翻訳。
「マジ!?」
貴子もビックリ。
母親は、五十代半ば、テカットは、六十代後半の年齢に見えるからだ。
「がんばったんですね~」
貴子が感心した。
「シウ コゥク シア ビラァウト」
意味がよくわからないながらもダニェルがテカットに伝えた。
「ワァナ ミリ カァ ワラ ビラァウト セスヒルグ」
テカットの返事。
「私たち、今も、まだ、時々、がんばる」
やっぱり意味がよくわかっていないダニェルの訳。
「言わなくていいって」
貴子がリアクションに困った。
「エス エイベイエ チシェオ ウィム ワグ。シェゼ ビウ イィシェ べルゥゲ エイベイエ タック ワグ」
テカットが、どこか晴れやかな表情で何かを言ってダニェルとダニェルにもたれかかるようにして船を漕いでいるシェゼを交互に見た。
「『でも、エイベイエ、私たち、見る。シェゼ、生む、エイベイエ、私たち、導いた』」
と言ったらしいダニェル訳。
「どう言う意味?」
「ハァテ カァ シウ シェナイ?」
貴子とダニェルが首を傾げる。
「フフ」
テカットは、答えず、微笑むだけだった。
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