第49話 魔法使いダニェル

 ポォミの背に乗って一時間半ほど移動。

 薄暗くなりはじめた森の中、突然柵に行き当たった。


 地面に斜めに刺した竹槍の防護柵だった。

 柵の一部を開けて通り抜け、しばらくまた森を進むと木々の海が終わり、開けた場所に出た。


 下は草地で丸太のログハウス風の家が点々と建っており、農地や家畜小屋があって、そこで働いている人々の姿が見られる。


 集落の中心部には小高い丘があり、てっぺんには、なにかのモニュメントのような細長い石が立っていた。


 三人は、ポォミの背から降り、


「サリィシャ、ポォミ」


「ありがとう、ポォミ」


 ダニェルと貴子がお礼を言うと、


「ガウ」


 ポォミは、「どういたしまして」とでも言うように頭を縦に振った。


「アリ シィ メア ユドゥク。エイベイエ」


 シェゼが二人へ言ってくる。


「『ここ、私の、村。エイベイエ、村』」


「へ~、エイベイエ村か」


 ダニェルと貴子が好奇心に満ちた目で村を見渡した。


 そこへ、シェゼと見知らぬ二人に気づいた村人がわらわらと集まってきて、あっという間に五十人くらいの男女が三人を囲んだ。


 そばにはポォミもいるが誰も恐れていないので、この大熊は、村の一員なのだろうということがわかる。


 村人が興味津々に貴子とダニェルを見る。

 集まった人々は、全員が五十代から七十代の年配者だった。


 シェゼは、その中にいる、横と後ろの白髪以外は綺麗に禿げ上がっている、杖を持った老人のところへ行き、


「メイ ニス ポォマ。セブレイ テス ビェイ フェデオ オク ダ スワイ」


「『ただいま。あの二人、森、迷う、した』」


 と説明した。

 話を聞いた老人は、杖をついて貴子たちの前にやってきて、


「ロブ ソワ シウ サク マス エ セザァ ヒルキ。メイ ニス ダ マナク ソワ アリ ユドゥク コミ メア ソミエ シィ テカット。エィディ シュ エイベイエ、ダ カシゥ ファリヤ ユドゥク」


 と言ってシワ深い顔を笑ませた。


「『あなたたち、大変、だった。私、村の、長、テカット。ここ、墓、守る、人の、村、エイベイエ。いらっしゃい』」


 ダニェルは、日本語に訳し、


「セシマ シュ オォニ シウ。メア ソミエ シィ ダニェル。サフィ ソミエ シィ タカコ」


 挨拶と自己紹介をして村長テカットとハグを交わした。


「はじめまして村長さん。私、貴子です。マァリ語は話せないんです。お世話になります」


 次に貴子が挨拶をして、ダニェルがそれをテカットへ翻訳し、貴子とテカットもハグを交わした。


 一通りの挨拶をすませ、


「あの」


 貴子が、『墓守る人の村』とはどういう意味かを村長のテカットに尋ねようとしたが、


「ミィテヤ ポラァト!」


 その前にシェゼが村人たちへ大きな声で呼びかけた。


「『みんな、聞く』」


 嫌な予感がしているダニェルの訳。


「ダニェル トゥワ シィ エ マァリヤ!」


「……『ここ、いる、ダニェル、魔女』』」


 嫌な予感が当たったダニェルの訳。

 話を聞いた村人たちは、ポカンとした顔でシェゼを見つめて、


「ハハハハハ」


 笑った。

 みんな暖かい笑い。

 子供の言った可愛らしい冗談に相好を崩しているおじいちゃんおばあちゃんといった感じだ。


「カァギン トォム エヘレッテ ビヨング。ダ オォカグ ディ オク ケリナァ」


 テカットも微笑みシェゼの肩に手を置いた。


「『シェゼ、変の、冗談、ダメ。お客、困る』」


 テカットの言ったとおりダニェルが困った顔で翻訳。

 ただし、完全な冗談というわけではないのでどんな反応をしていいやらという意味で困っている顔だ。


「ム〜ッ」


 信じてくれていないみんなに頬を膨らませて怒っていることをアピールしたシェゼは、


「ダニェル!」


 魔法使いだと勘違いしている相手を見た。

 魔法を見せてやって、という意味だ。

 視線の意味がわかるダニェルは、


「タカコ」


 本物の魔法使いを見た。

 魔法を見せてやって、という意味だ。

 視線の意味がわかる貴子は、


「オッケー」


 親指と人差し指でオーケーマークを作り、頭の中に使う魔法をイメージし、集中力を高め、胸の中に生まれた熱い塊を感じて、


「浮け」


 おのれに命じた。

 貴子の体が立っていた姿勢のまま地面から浮き上がった。


「!?」


 貴子が浮く姿を見て、村人全員がアゴが外れたように口をポカンと開けた。


 貴子が少しづつ上へ上がっていく。

 村人の呆けた顔も少しづつ上へ向けられていく。

 貴子は、みんなの頭くらいの高さまできたところで、


「みなさんはじめまして。私が魔女です」


 と頭を下げて挨拶し、ゆっくりと下へ降りて地面に足をつけた。

 みんなの顔もゆっくりと下へ向けられた。


「『メイ ニス エ マァリヤ』」


 ダニェルが貴子のセリフをマァリ語に翻訳して村人たちに伝えた。

 みんなは、口も目も開けっ放しで硬直していたが、シェゼが、


「シウ レェタ? メイ デムネオ シウ」


「『見た? 私、魔女、言った』」


 胸を張って言うと、


「マァリヤーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 ほぼ同時に全員が叫んだ。

 そして、魔法使いを取り囲んだ。


「ハ、ハゥン!?」


 ダニェルが取り囲まれていた。

 みんな、ダニェルが貴子を空中へ浮かせたと考えたのだった。


「ネ、ネェン! ネェン!」


 ダニェルが首を横へ振って間違っていることを伝えるが、興奮状態の村人は誰も聞いていなかった。シェゼは、


「ダニェル!」


 どさくさに紛れてダニェルに抱きついていた。貴子は、


「いや、あの、私なんだけど……」


 一人疎外感を味わっていた。

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