第七章

第46話 空を飛ぶ

 シャダイの町を出た貴子とダニェル。

 次の目的地であるデュワの町へ向けて街道を歩く。


 街道右手側には、丈の低い草花が生い茂る草原。

 左手側には、遠くに連なる山々が見え、その裾野に森が広がっている。


「暑っついね~」


 それらの景色眺めながら、貴子は魔女ローブの袖で汗を拭った。


「ヤァ、暑い~」


 ダニェルは、チュニック型の服の胸元をつまんでパタパタと風を中へ送る。

 ここ数日で気温はぐんと上がり、夏の陽射しが貴子とダニェルを頭上から容赦なく照らしていた。


「デュワの町まで、歩いて七日だったよね? 七日ななにち


 貴子がダニェルにわかるよう言い換えて確認する。


「道、歩く、順調の、とき、七日」


 ダニェルがクゥツに教えてもらったことを思い出し答えた。


 シャダイを出る前、クゥツにデュワという町を知っているか尋ねると、名前も場所も知っているとのことだったので、そこまでの地図を木の板に書いてもらい、町まで歩いてかかる日数も教えてもらっていた。


「うへ〜、この暑い中七日か〜」


 先を思い疲れた顔を見せる貴子。

 シャダイの町を早朝に出てまだ数時間。

 早くも貴子の歩みが遅くなる。


「タカコ、歩く、遅い」


 ダニェルからの指摘。

 ダニェルも暑くはあるが歩調は変わらない。

 デュワの町に母親がいる、もしくは情報があるかもしれないということで、少しでも早く町に行きたかったのだ。


「は~い」


 ダニェルが先を急ぐ理由を理解している貴子が歩く速度を上げ、


「あ〜あ、もっと自由で楽に移動できればいいのにな〜」


 ぶつぶつとグチをこぼした。


 カー カー


 そこへ、大空をカラスが一羽、左手側にある森のほうへと飛んでいった。


「いいな〜、鳥は」


 貴子は、カラスを見上げ、


「……はて?」


 足を止め、


「私、何か大切なこと忘れてない?」


 自分に問いかけた。


「タカコ、町、忘れ物、した?」


 貴子の声を耳にしてダニェルも立ち止まり聞いた。


「いや、そういう忘れ物でなく、何か、魔女としてとても大切なことを忘れてるような……」


 貴子が飛んで行くカラスに目を向けたまま答える。

 ダニェルは、その視線の先にいる黒いカラスを見つけて、黒い姿からふと黒い服を着ている貴子を重ね、


「タカコ、空、飛ぶ、魔法、ない?」


 聞いた。


「私としたことがーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 貴子が絶叫した。


「(ビクッ)」


 ダニェルがビクッとした。


「そうだよ空だよ飛ぶんだよ! 魔女っつったらまず何をおいても飛ぶことだろ! 何やってんだ私は! 貴子のバカ! おバカさん!」


 貴子がおのれを責めた。


「でも思い出したらこっちのもんだ! 私は飛ぶ! もう誰にも止められない! アイ キャン フライ!」


 貴子は、変なテンションで金属バットを逆手に持ち、


「ふんっ」


 ワンピース型の服の裾をめくり上げ、


「そいやっ」


 バットを股で挟み、


「むむむ……」


 魔法の発動条件である、集中と使用魔術のイメージのため目を閉じた。


「タカコ? 何、する?」


 貴子の行動が理解できないダニェル。

 空を飛ぶなら鳥のように手をバタバタさせるものだと考えていたからだ。


 ダニェルの疑問に結果で答えるべく、貴子は集中力を高め、胸の中に魔法を行使するための熱い塊が生まれたのを感じ取ってまぶたを上げ、


「飛べっ、貴子!」


 自分に命じた。

 貴子が跨る金属バットが浮き上がる。

 貴子の足が地面から離れた。


「タカコ!」


 ダニェルが驚きに目を見張る。


「よし! 浮け! 飛べ! もっと高く!」


 さらに貴子が命令を追加すると、貴子を乗せた金属バットは大地と垂直方向に上へ上へと上昇した。


「いーーーやっほーーーーーう! 成功だーーーーーっ!」


 飛翔魔法がうまくいき貴子が歓喜した。


「タカコ、すごいーーーーーーーーーーっ!」


 ダニェルは、どんどん浮き上がる貴子を見上げて大興奮だ。


「やったーっ、やったよーっ! アハハハハハ!」


 貴子は、遠ざかっていく大地を見下ろして喜び、


「アハハハハハ!」


 喜び、


「アハハ……」


 喜び、


「……」


 真顔になった。


「タカコ?」


 急におとなしくなった貴子にダニェルが首を傾げる。


「……」


 無言のまま貴子がスーっと降下してきた。

 貴子は、地面に足をつき、金属バットから降り、ワンピースの裾を下ろして、


「タカコ、どうした?」


 と首を傾げるダニェルに、


「高い、怖い……」


 片言で説明した。

 顔が真っ青だった。


「高い、怖い?」


 よくわからないダニェル。


「うん……」


 貴子は、頷き、


「私、高所恐怖症だった……」


 浮かんだ時の感覚を思い出して体をぶるりと震わせた。


「タカコ……」


 貴子の震える肩にダニェルがそっと手を置いた。


「こぉしょこぉふしょ、何?」


 言葉も意味もわからなかった。


「とにかくね、飛ぶというか浮くの怖い。もう無理」


 貴子は、わかりやすく言い直し、


「はぁ〜、せっかく飛べるのにな〜」


 ガックリと肩を落とした。


「よしよし」


 ダニェルが貴子の被る三角帽子をなでなでして慰めた。

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