第44話 流砂
「スラッツ メオ ナスク ヒルキ!」
エイジンタイオの部下の一人がカルィンへ何かを言ってくる。
「『次、私と、戦う』。マァリ語」
ダニェルが翻訳して注釈を入れ、
「キウ ゼスギン スラッツ。『戦う、無理』」
言い返した。しかし、男は、
「ワァナ ビェイ トォニセオ! ベフィ シウ ノォル シュ ケェオ ポォマ、クロォ タァク ソワ ワグ!」
「『私たち、恥ずかしい。あなた、帰る、したい、時、私たち、みんな、倒す』」
と言っていきり立つ。
周りにいるエイジンタイオの部下たちも剣呑な目つきでカルィンを見た。
「あんたらさ、それは卑怯でしょ」
黙っていられず貴子がカルィンを庇うように兵士たちとの間に立った。
「ダニエル、私の言うこと訳してね」
「ヤァ」
「そもそも一対一の決闘に手を出すなんて兵士として恥ずかしいし、全力で闘った二人に対しても無礼なことで――」
コツン コツン
「痛」
「アウ」
貴子が兵士たちへ説教じみたことを話している途中、山なりの軌道を描いて飛んできた何かが軽い音を立てて貴子とダニェルの体に当たった。
「何だ?」
「ハゥン?」
二人が自分の体に当たって下に落ちた物を見た。
小石だった。
「何で石が?」
貴子が顔を正面に戻した。
キルゴの兵士数人が手に石を持って貴子たちを睨んでいた。
「クアック セファ。ナスク ヒルキ、メイ イス スティト エ キフ ナン メイ ナン ゼス」
キルゴ兵が石を手のひらで転がしながら何かを言ってくる。
「『あなたたち、どく。どく、しない時、次、全力、石、投げる』」
ダニェルの翻訳。
つまり、エイジンタイオの部下たちが貴子とダニェルへ脅しの意味で石を投げたのだった。
「……ダニエル」
それがわかった貴子が静かな声でダニェルを呼ぶ。
「ヤァ」
「私の言うこと訳してね」
「ヤァ」
「やってみろ、アホ」
「……」
ダニェルは、翻訳をためらったが、貴子が指をクイクイ動かして相手を挑発しており、相手にほぼ言っている意味が伝わってしまっているので、
「……カァ テビ」
仕方なく訳した。
石を持つ兵士たちのまなじりが吊り上がった。
皆がギリッと奥歯を鳴らし、
「エア ザンク!」
貴子たち目掛けて一斉に石を投げつけた。
卵サイズの石が十個、貴子とダニェルに迫る。しかし、
「風よ、石を止めろ」
貴子が魔法を発動。
真っ直ぐに飛んできた石が貴子とダニェルの一メートル手前で空中停止した。
「ホッ!?」
三百人のキルゴ兵士がどよめいた。
「風よ、石を飛ばせ」
貴子がすぐに命令を追加。
全ての石は、投げた人間のところへ一直線に返って行き、
「ウガッ!?」
それぞれのお腹にぶち当たった。
石を食らった男たちが地面に膝をつく。
「人に向かって物を投げんな」
貴子が彼らへ向けて立てた親指を逆さにした。
キルゴ兵は、このありえない石の動きに目を丸くして驚いていたが、エイジンタイオの部下は、そのことよりも怒りの感情が上回り、手に剣を取って、
「ハァテ コゥク シウ カァ!」
全身から殺気を漲らせ貴子たちへと近づいて行った。
「まだやんのか!」
貴子が身がまえる。
「ウ、ウゥゥ……エ、エイ」
やってくるキルゴ兵を見たカルィンが、痛みをこらえてダネェルに預けていた剣へ手を伸ばし、柄を握って鞘から抜いた。
「テビ シィ ネェン ケェオ!」
心配そうに言ってくるダニェルの肩に手を置いてカルィンが立ち上がった。
キルゴの兵士たちを睨め付けカルィンが歩き出す。
しかし、すぐによろけ、体を支えるために剣を地面に突き立てた。
そのタイミングで、
「大地よ流砂となれ! あいつらを飲み込め!」
貴子が金属バットで地面を叩き、魔法を放った。
キルゴ兵士たちの足元にあった土が粒の細かい砂に変わった。
兵士たちが足からズブズブと砂に埋まっていく。
「ハディ!?」
異変に気づいた兵士たちが驚き、逃れようともがくが、暴れるほどに深く沈む。
足が砂に飲まれ、腰が飲まれ、腕が、胸が、肩が飲まれたところでようやく沈下が止まった。
キルゴの兵士らは、首から上だけが砂から出ている状態になり身動きが取れなくなった。
「へっへーん! どんなもんだ!」
貴子が威張って視線を下へ向けた。
約百人の男たちが自分の身に起きたことに恐怖を覚え、砂から出ている首上を青白くしていた。
「やっといて何だけど、大量のさらし首みたいで気色悪いな」
本当に何だけどだ。
「タカコ、ヤバい」
ダニェルからの褒め言葉。
「イェイ」
貴子がダニェルとグータッチした。
「ゲイロゲイオ……」
残っている二百人ほどの兵士たちが驚愕に声を震わせ言った。
「ゲロゲーロ? 何じゃそりゃ?」
貴子がダニェルを見た。
「意味、わからない」
ダニェルも不明。
「ゲイロゲイオ。キウ シィ エ プレッジ タリヤ オク メア クァアオ コミ エ クレビィ ソワ ダ シュレン」
貴子たちの後ろにいたセンプテルオが答えた。
「『ゲイロゲイオ。キルゴの、昔の、人。剣、すごい人』」
ダニェルが翻訳。
「伝説の剣豪ってところか。その人みたいって思われたのかな」
貴子がそう解釈し、
「でも、剣豪ってことは、もしかして、流砂作ったの私じゃなくて剣持ってるカルィンだと思ってるんじゃないの?」
気づいた。
その通りで、キルゴの兵たちは、剣を地面に刺したカルィンが流砂を作ったと考えており、畏怖のこもった眼差しでカルィンを見ていた。
「カルィン、良かったね。今日から伝説の男だよ」
貴子がカルィンの背中をポンポンたたいた。
「タ、タカコ、ネ、ネリィ メオ」
カルィンが自分のわき腹を指さした。
貴子の言っていることはわからないが、わき腹が痛いので早く治して欲しかった。
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