第43話 渾身の一撃

「ウオーーーーーーーーーーッ!」


 野次馬兵士三百人が雄叫びのような歓声を上げた。

 エイジンタイオは、カルィンを見下ろし、左拳を上げて歓声を浴びていた。


「カルィン!」


 貴子とダニェルが叫ぶ。

 カルィンは、痛みのあまり全身にびっしょりと脂汗をかいていた。

 顔は、しわくちゃで泣き出しそうな表情だった。


「どうなったの!? さっきの左のパンチ食らった!?」


 貴子が左腕を振ってエイジンタイオのパンチを再現し、誰にともなく聞いた。


「サァ、テビ シィ」


 それに、試合を見ていたセンプテルオが頷き、


「ザノ フォッブ シィ エイジンタイオ ジ レプヒュウミィ、コミ サァクネィ ジュウ スェイドグ テビ イデラァイグ」


 さらに付け足した。


「『それ。あのパンチ、エイジンタイオの、一番の、パンチ。パンチ、受ける、人、みんな、倒れる』」


 焦った顔でダニェルがセンプテルオの説明を翻訳。


「つまり必殺パンチってところか」


 貴子がわかりやすく表現を変えた。


「カルィン大丈夫か!?」


「ゼス シウ タァッフ!?」


 貴子とダニェルが声をかける。


「ヤ、ヤァヤァ……」


 カルィンは、痛みを堪え、薄くまぶたを上げた目で二人を見てコクコクと首を縦に振った。

 そして、貴子の姿を確認するように眺めてから、瞳に力を宿し、震える足で立ち上がった。


「オオ~~~~ッ」


 野次馬兵士が驚きにどよめいた。

 アレを食らって立つとは、というどよめきだ。

 つづけて賞賛するかのように物を打ち合わせて音を立てた。


「ハハッ」


 エイジンタイオは、立ったカルィンを見て楽しそうに笑った。


「よう立った! よう立ったどカルィン! 今度はこっちの番じゃい! やっこさんのニヤケ面にお前のゲンコツぶち込んだれや!」


 貴子がシャドウでパンチを打った。

 貴子も含めて周囲がヒートアップしてきた。


「フ~、フ~」


 息をするのも辛そうなカルィンがまたエイジンタイオを中心にして左へ回り始める。


 エイジンタイオは、やはりガードを固めてカルィンの動きを腕の隙間から見て観察した。


 カルィンが距離を測るようにジャブを放つ。ジャブを放つ。ジャブを放つ。そして、


「フンッ」


 タイミングをずらして回っていた方向とは逆の右側へ大きくステップを踏み、エイジンタイオの斜めから右ストレートを繰り出した。しかし、


「アウッ」


 わき腹のダメージが影響してカルィンの膝がカクンと落ち、パンチを空振りしてしまった。


「シィッ」


 その隙を逃さずエイジンタイオが動いた。

 カルィンのがら空きになった右わき腹を狙って必殺の拳を打ち込んだ。


「グギッ」


 パンチをまともに食らい痛みにうめいたカルィンの体がくの字に曲がり倒れていく。


「ヤァハァ!」


 確実に仕留めた感触にエイジンタイオが猛獣のように笑った。が、


「フゥッ!」


 カルィンは、地面に倒れる寸前で足を前に出して踏ん張り、


「エヤァァァッ!」


 ガードを完全に下げてしまっていたエイジンタイオのアゴ目がけ、渾身の右のアッパーカットを放った。


「ガッ!」


 カルィンのパンチは見事狙った箇所に決まり、エイジンタイオは後ろへよろけたあと仰向けの大の字に倒れた。


 それにつづいて、今になって右わき腹の痛みを思い出したかのようにカルィンも地面に膝をついた。


「オオーーーーーーーーーーッ!?」


 野次馬兵士が驚きに沸く中、審判役の兵士が二人の状態を見た。

 エイジンタイオは、白目をむいて完全にノックアウトされている。

 カルィンは、痛みに苦しんでいるが意識はある。

 それを確認した審判役の兵士は、


「カァクツ、カルィン!」


 カルィンを指さした。


「ワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 野次馬兵士が興奮マックスで声を上げた。

 ダニェルも同様に叫びピョンピョン笑顔で跳ねている。


「どうなの!? カルィンの勝ちでいいの!?」


 はっきりとした勝敗がわからない貴子がダニェルに聞くと、


「ヤァ! カルィン、勝った!」


 ダニェルが貴子に抱きついて言った。


「やったーーーーーーーーーーっ!」


 貴子も遅れてカルィンの勝利に叫んだ。

 貴子とダニェルは、笑顔で抱き合い、その場でグルグル回って喜んでから、


「カルィンー!」


「カルィン!」


 二人でカルィンのもとへ駆けて行った。


「ようやった! オメェさんようやった、カルィン!」


「シウ ディ メイエ ウィッフ!」


 貴子とダニェルがまだ苦痛に俯き喘ぐカルィンに声をかけた。


「ヤ、ヤァ」


 カルィンが無理して顔を上げて口元を笑ませた。

 開いた口からドバーっと血が流れだした。


「ぎゃーーーーー!」


 二人が悲鳴を上げた。


「エ、エイ、カルィン、コゥク シウ ラァウ シア モウリシュ ソルドビィグ?」


 ダニェルがカルィンに尋ねる。


「ネ、ネェン。メ、メイ ソル メア シモォレ」


 カルィンは、喋ることさえ辛そうながらも答えた。


「私、聞いた、『カルィン、内臓、怪我の、血?』。カルィン、言った、『違う。口の中、切った』」


 ダニェルが貴子へ伝えた。


「口って、顔殴られてたっけか? 私らが見てない時に殴られたのかな」


 疑問を口に出して貴子が首をひねった。

 実は、そうではなく、二人にはあとでわかることだが、この血の元になった傷が勝てた理由だった。


 カルィンは、エイジンタイオの必殺パンチを二度見た時点で、エイジンタイオはパンチを打ったあと、あの固いガードを下げることに気づいた。

 とくに、手応え抜群のパンチなら、攻撃後の防御体勢はまったくとらなかった。


 そこでカルィンは、三発目のパンチをわざと隙を作って打たせたのだった。

 そして、パンチが当たった瞬間、自分の舌を噛み切った。


 エイジンタイオによる攻撃の痛みを一瞬だけでいいので忘れ、一発だけでいいのでパンチを打つ気力を奮い起こすためにだ。

 この血は、舌を噛み切った傷の血だった。


 見事作戦は功を奏し、カルィンは、その一瞬を得て勝てたのだった。


 それと勝因がもうひとつ。

 たとえ内臓に重いダメージを受けようが、舌を噛み切ろうが、貴子が魔法で治してくれるだろうとわかっていたため、二発目のパンチを受けても立ち上がれたし、この思い切った作戦も実行できたのだった。


「とりあえず、怪我治すか」


 カルィンの予想を裏切らず貴子が魔法での治療を施そうと意識を集中し始めた。

 その時、


「エイ!」


 貴子たちへ苛立ち混じりの声がかけられた。


「ん?」


 貴子が魔法を中断して声のした野次馬兵士たちのほうへ顔を向けた。

 わいわいと騒がしい兵士たちの中にあって、一人の男が怒りに吊り上げた目でカルィンを見ていた。


 よく見るとその男だけでなく、三百人ほどいる兵士の中には、他にもカルィンを睨んでいる者が百人近くいた。

 彼らは、百人隊長エイジンタイオの部下だった。

 隊長が倒され、怒りを露わにしていたのだった。

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