第42話 ボクシング

「ハァテ シィ ダ キェイ シュ ディザァス?」


 カルィンがエイジンタイオに何かを聞いた。


「フェズ ウィム アリ?」


 エイジンタイオが拳を作って相手に向けた。


「ヤァヤァ」


 カルィンが不敵な笑みを浮かべ拳を合わせた。


「ウオーーーーーッ!」


 野次馬の兵士たちが興奮した声を出した。


「カルィン、『勝負、何?』。エイジンタイオ、『これ、どう?』。カルィン、『いい』」


 ダニェルが貴子へ翻訳。


「これって?」


「相手、殴る、戦う」


「殴る? ……あ、拳闘。ボクシングか」


 貴子は、答えがわかり、


「カルィン勝てよ!」


 握り拳を作って応援した。

 勝負内容を聞いたキルゴの兵士が拳闘に必要なものを取りにテントへ走って行く。


 その間に二人は、身につけている装備品を外し、服も脱ぎ、ふんどしみたいな下着一枚の姿になった。


 カルィンは、細マッチョな体つき。

 エイジンタイオは、スリムタイプの相撲取りといった表現がピッタリな戦う男の体つき。

 体には様々な種類の傷痕がいくつもある。


 エイジンタイオの剣や服、お金の入った袋をキルゴの兵士が受け取り、カルィンの剣や服は、ダニェルが預かった。


 テントへ行っていた兵士が戻ってくると、カルィンとエイジンタイオに何かを投げて渡した。

 二人がそれをキャッチして両手にはめる。


 皮製の手袋みたいなグローブだった。

 総合格闘技の選手がよく使っている指の部分がない薄いグローブに作りが似ている。


 二人がグローブをはめ終え向き合った。


「ハァテ サァミ ソワ ヒュウグ?」


 カルィンがエイジンタイオへ両拳を突き出して質問。

 エイジンタイオは、それに自身の両拳を合わせ、


「カァギン デサンク ダ ルゥブグ コミ シャング。ベフィ ダ バイディ クリング、テビ カァグ。ベフィ ダ バイディ バイログ、テビ フェグ。ドトアフィン シア カァダ シィ エ ジオ シュ フェド」


 説明するように言って、


「メイ ネイトワ」


 カルィンが頷き、お互い離れた。


「カルィン、『戦う、方法、何?』。エイジンタイオ、『目と、ちんちん、攻撃、ダメ。相手、気絶する、勝ち。相手、殺す、負け。手、上げる、私、負けの、しるし』。カルィン、『わかった』」


 ダニェルの翻訳を聞き貴子が頭の中で整理をする。


 つまり、ルールの話をしていたんだろう。

 目、股間への攻撃は禁止。

 相手が気絶したら勝ち。

 殺したら負け。

 降参の合図は、手を上げる。


「ふんふん、なるほど」


 貴子がルール内容を理解して頷いた。


 審判役としてキルゴの兵士が一人出てきて、お互いを睨むように見ているカルィンとエイジンタイオの間に立った。

 兵士が腕を地面と水平に伸ばし、


「スラッツ!」


 と叫んで手を上げ、


「ワアーーーーーーーーーーッ!」


 野次馬兵士がひときわ熱く盛り上がる中、試合が始まった。


「いっけーーーっ、カルィン!」


「タァグ アポル、カルィン!」


 貴子とダニェルも声を張り上げ応援した。


 まずカルィンは、エイジンタイオの右側へと軽いステップを踏んで回る。

 対するエイジンタイオは、その場でガードを固め、カルィンの動くほうへと体の正面を向けた。


 オーソドックスなスタイルに構えたカルィンが、一歩踏み込んでエイジンタイオへ左のジャブを放った。

 エイジンタイオがガードでそれを防ぐ。


 すぐさまエイジンタイオから離れたカルィンが、また左回りにステップを踏む。

 そして、さきほどよりも深く踏み込んでエイジンタイオへ右ストレート。

 エイジンタイオは、これも固めたガードで難なく防いだ。


 カルィンは、バックステップで再び距離をとり、左へと回りながら、この固いガードをどう崩したもんかと考え肩に入っていた力を抜くように息を吐いた。


 瞬間、


「フッ」


 エイジンタイオがカルィンとの間を素早く埋めて相手の肝臓を狙った左のフックぎみのボディーブローを放った。


「チィシェ!?」


 焦った顔を見せたカルィンがガードを固め、それを右ひじで防いだ。

 しかし、大槌を振るったような一撃にカルィンの体は少し浮き、


「アウッ」


 右ひじ越しに伝わった衝撃がカルィンの内臓を痛めつけた。

 倒れはしなかったものの、カルィンは苦痛に喘いだ。


「ウオーーーーーッ!」


 野次馬兵士から今の攻防に歓声が上がる。


「すご! 今体浮いたよね!?」


「ハァテ エ ファイスン フォッブ!」


 貴子とダニェルも驚かずにはいられない。


「ディ シウ タァク スナァイ!?」


 ダニェルが心配そうな顔でカルィンに聞いた。


「ヤ、ヤァ!」


 カルィンは、苦しそうな表情ながらもまたステップを踏んでエイジンタイオを中心に周り始めた。


「カルィン、痛い、大丈夫、言った」


 ダニェルが貴子に説明。


「そっか……でも、あのパンチ、まともに食らったらヤバいよね」


 貴子が手に汗握って試合を見つめる。すると、突然、


「ハヤァ」


 後ろから貴子とダニェルへ声がかけられた。

 二人が振り返る。

 背後には、エイジンタイオと一緒に来た、見た目二十五、六歳で、ゆるいウェーブのかかった長い赤毛、整った容姿で目つきの鋭い男が立っていた。


「メア ソミエ シィ センプテルオ。セシマ シュ オォニ シウ」


 赤毛の男が何かを言って、


「ハヤァ。セシマ シュ オォニ シウ、ヤ。メア ソミエ シィ ダニェル。サフィ ソミエ シィ タカコ」


 ダネェルが受け答えして、


「男、『こんにちは。私、センプテルオ。あなたたち、会える、嬉しい』。私、『こんにちは。私も、会える、嬉しい。私、ダニェル。彼女、タカコ』」


 貴子へ翻訳。


「ども、貴子です。ハヤァ」


 貴子は、頭を下げて挨拶し、


「……」


 センプテルオは、貴子をじっと見つめた。


「……な、何スか?」


 相手の鋭い目つきに貴子がビビる。


「ハゥン? オゥ、エイィシャ」


 怯えた様子の貴子を見てセンプテルオが謝り、


「メイ マス エ ザァダリ コゥプ オク メア ルゥブグ。メイ トォメオ シウ シィエ ザァダリ、フフ」


 頬を緩めた。


「『ごめんなさい。私、目、怖い。あなた、怖い、なった』」


 ダニェルが翻訳。


「あ、いえいえ、そんな、モーマンタイ」


 笑うとイケメン度がアップするので、イケメン慣れしていない貴子がギクシャクとした動きで手と首を横に振った。


「メイエ……」


 センプテルオが今度はダニェルを見て、


「シィ メア ソミエ ダニェル?」


 確認するように聞いた。


「ヤァ。『あなた、名前 ダニェル?』」


 ダニェルがコクンと頷き翻訳すると、センプテルオは、ダニェルをまじまじと見て、


「イッシ トゥリムグ ピア、メイ レェテオ シウ コミ シア マウセェヤ オク ダ デュワ ヤッシュ」


 微笑んで言った。


「!」


 ダニェルが大きく目を見開き、


「マァヤ……」


 とつぶやいて驚きの表情でセンプテルオを見た


「この人、何て言ったの?」


「……」


 貴子が翻訳を頼むが、ダニェルは、ビックリ顔のまま動かない。


「ダニエル? どうしたの? つーか、今マァヤって言わなかった? マァヤってお母ちゃんって意味だよね? まさか、この人ダニエルのお母ちゃんのこと知ってるの?」


 ダニェルの様子と言葉にピンときた貴子が尋ねていると、


「ぐえぇぇぇぇぇっ!」


 後ろからうめき声が響いてきた。

 貴子とダニェルが反射的に戦う二人へと向き直る。


 カルィンが右わき腹を手で押さえ、地面に膝をついて倒れていた。

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