第41話 エイジンタイオ

 貴子たちがしばらくその場で待っていると、いくつもあるテントの間を通って三人の男が入り口のほうへと歩いてきた。


 一人は、さきほど会話した兵士。

 もう一人は、チュニック風の服に手甲と脛当てだけをつけた、三十歳くらいでいかつい四角顔の男。


 残る一人は、同様の格好、二十代半ば、癖のある長い赤毛、整った顔立ちで目つきの鋭い男だった。


「エ タリヤ ジェス エ クリブ セップ シィ エイジンタイオ」


 カルィンが貴子とダニェルへ何かを言ってくる。


「『顔、四角の、男、エイジンタイオ』」


 ダニェルが訳し、


「あの人か」


 貴子と一緒に噂の相手をまじまじと見た。


 エイジンタイオも貴子とダニェルに目を止め、奇異の視線を向けた。

 『何で子供が? 何だあの女の格好?』と目が言っている。


 エイジンタイオの斜め後ろでは目つきの鋭い赤毛の男も訪問者たちを見ていた。

 三人のキルゴの兵士は、貴子たちの前で足を止め、


「メイ ビィネオ ザノ シウ エベェオ ダ ルイニ シウ レギュオ」


 エイジンタイオがカルィンへ厳つい顔を向けて話しかけた。


「『私、あなた、お金、持つ、来た、聞いた』。マァリ語」


 ダニェルの翻訳と注釈。


「ヤァ」


 カルィンが正面から堂々とした態度でエイジンタイオを見た。

 目の前にいるのは、自分の恋人をいやらしい目で見て下衆な提案をした男。


 もう怯えてはいない。

 視線には怒りの感情さえにじんでいた。


「メイエ、ルイニ?」


 エイジンタイオがカルィンの目を真っ直ぐに見つめ返して聞くと、


「トゥワ」


 カルィンは、お金の入った袋をエイジンタイオの胸に突きつけた。


「エイジンタイオ、『お金、どこ?』。カルィン、『ここ』」


 ダニェルの訳。

 エイジンタイオが袋を受け取り、袋の口を開けて中を覗き、


「エウ シセニー パファトーン テス……」


 眉を上げて驚きの表情になった。


「『シウ イォキィ モレェオ テビ』。『マジで、用意、した』。キルゴ語」


 ダニェルの二通りの訳と注釈。

 エイジンタイオの様子を見て、ダニェルの翻訳を聞いたカルィンは、


「メイ ビネェオ シウ ダ ルイニ メイ レギュオ。テェデ」


「『私、お金、渡した。バイバイ』」


 と言ったあと、エイジンタイオに背を向け、もうこれ以上こいつに関わりたくないとばかりに貴子とダニェルを促してさっさと帰ろうとした。だが、


「エイ」


 エイジンタイオがカルィンを呼び止めた。

 カルィンが面倒そうに振り返る。


 で、次のようなやりとりが始まった。

 以下、ダネェルの翻訳を貴子が脳内でわかりやすく変換した会話の内容である。


「お前、カルィンだったか?」


「ああ」


「なぁ、カルィン。ミハは、良い女だよな」


「ずっと前から知ってるよ」


「ミハに俺の女になるよう説得してくれねぇか?」


「ミハは俺の婚約者だ。するわけねぇだろ」


「婚約者? お前が? ふ〜ん……俺のほうがいい男だな。俺には身分がある、金がある、何より面が良い」


「言ってろ、おっさん」


「良い女は、良い男がもらうべきだ。だろう?」


「だから俺の嫁になるんじゃねぇか」


「ハハッ、お前も言うねぇ。なぁ、だったらミハを賭けて俺と勝負ってのはどうだ、良い男同士でよ」


「ふざけんな。これ以上関わってられるか。おい、二人とも行くぞ」


「お、逃げんのか。いいぞいいぞ、逃げろ」


「挑発しても乗らねぇっての」


「オメェの仲間に見せてやれ。俺に怯えて逃げる後ろ姿をよ」


「乗らねぇって言ってんだろ」


「逃げて勝つ戦もあらぁな。情けなく逃げ帰ってミハを嫁にしろ」


「もともとミハは俺の嫁だ!」


「でよ、いつか息子が生まれたらこう言ってやれ。『いいか、息子よ。強いやつを前にした時はケツまくって逃げろ。父ちゃんは昔、強い男にビビって逃げたから母ちゃんを嫁にできたんだぞ』ってな」


「……んだと?」


「息子はさぞかしオメェを尊敬するだろうぜ! ガハハハハッ!」


「勝負してやろうじゃねぇかコンチクショウがぁぁぁっ!」



 ……



 で、勝負することになった。


「何考えてんだ、バカルィン」


 ダニェルの日本語訳を聞き終わった貴子の短い感想。


「ハフ~」


 ダニェルがため息混じりに首を左右へ振った。


「エイジンタイオ! メイ レグ エ シャリヤ、メイエ シウ レグ ザノ ナァド ソワ ルイニ!」


 興奮状態のカルィンが怒鳴るようにエイジンタイオへ言った。


「ア~ム……ヤァ、ウィゴウ」


 少し考えてから、エイジンタイオが頷いた。


「タクスナァイ!」


 カルィンが手のひらを拳で打ち、貴子たちを振り返って、


「メイ カァク コミ ルトォチ ダ ルイニ シュ シウ!」


 笑顔で言って自分の胸を叩いた。


「カルィン、『私、女、賭けた。あなた、そのお金、賭ける。』。エイジンタイオ、『うん、いい』。カルィン、『よっしゃ。タカコ、私、勝つ、お金、返す』」


 ダニェルがまとめて翻訳。


「アホ、負けたらどうすんだ」


 貴子は、当然の心配をして、


「お金はいいからもう帰るぞー」


 カルィンの背中に声をかけ、


「ワァナ カァギン ネニテ ルイニ、メイエ タッグ ケェオ ポォマ」


 ダニェルが伝えたが、


「フー、フー」


 カルィンは、鼻息を荒くしてエイジンタイオへガンを飛ばすのに忙しく、聞いてなかった。


「あいつ、泥棒の件といい、カッとなるとバカやるタイプだな」


 貴子がカルィンの性格を分析した。


「ハディ サウ コーガファイ トス?」


 カルィンが大声で喚いていたからか、キルゴの兵士たちがテントから顔を出しエイジンタイオのところへやって来た。


 ぞくぞくと集まり、あっという間に三百人近くの野次馬になった。

 兵士たちは、エイジンタイオの後ろにいた赤毛の男に状況の説明を求め、聞くと、


「ワァーーーーーーーーーーッ!」


 盛大に声を上げた。

 三百人の男が手を叩き、地面を踏み鳴らして二人を煽った。


「こうなったら私らもカルィンの応援しよっか」


 貴子が言って、


「ヤァ」


 ダニェルが賛成し、


「やったれカルィン!」


「バァラ キオ!」


 二人一緒に声援を送った。

 場は、一気にお祭り騒ぎになってきた。

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