第40話 キルゴ
空は快晴、風は微風、気温は貴子の体感で二十度後半。
貴子、ダニェル、カルィンの三人は、問題のキルゴの兵士がいる平原目指して街道を歩いていた。
金を要求している相手は、シャダイの町から徒歩で一日ほどのところにテントを張って野営しているらしく、カルィンがそこへ金を渡しに行くと言ったので、問題が起きないか心配した貴子とダニェルはついて行くことにしたのだった。
他の九人は、魔女が一緒なら何かあっても大丈夫だろうということで、問題が解決したことを知らせるため一足先に村へ帰った。
道中、貴子とダニェルは、今さらながらに自己紹介をすませたあと、カルィン自身の話題に触れていた。
「カルィンて何歳?」
「フェズ ノォル ディ シウ?」
「セドトゥナ」
貴子が聞き、ダニェルがそれをマァリ語に変換して伝え、カルィンが答え、
「『十七、歳』」
ダニェルが今度は日本語に変換。
「十七で結婚かぁ」
貴子が眩しそうにカルィンを見た。
「コミ シウ?」
カルィンが貴子とダニェルを見て聞いてくる。
「『あなたたち、何、歳?』」
ダネェルが訳し、
「メイ ニス シャテ トゥリムグ ノォル」
九歳であることを伝え、次に、
「私は、二十歳だよ」
貴子が答えた。
「ホゥン!?」
ダニェルがめっちゃ驚いた。
驚きすぎて立ち止まった。
つられて貴子とカルィンも足を止めた。
「え、何?」
貴子が聞き、
「ハァテ シィ ダ テイオ?」
カルィンも、『どうした』という具合に首を傾げてダニェルを見た。
「……タカコ シィ テストナ トゥリムグ ノォル」
ダニェルが貴子の歳をカルィンに翻訳する。
「ディ シウ サピフィン メオ!?」
めっちゃ驚いた。
男二人が貴子に注目した。
「だから、何?」
貴子が再度聞いた。
「……私、タカコ、十七、歳、思った」
それが驚いた理由だった。
「そうなの? んで、そっちは?」
貴子がカルィンを見た。
「……メイ ダレト シウ ビェイ イッシトゥナ」
「『十五、歳、思った』」
ダニェルが翻訳。
「若く見すぎだろ」
貴子は、つっこんで、
「でも、私ってそんなにピチピチに見えるのか、フフフ」
嬉しそうに笑った。
「……」
それとは逆に、男二人は暗い表情で貴子を見た。
「何でそんな顔なの?」
貴子が聞くと、カルィンは、憐れみの表情を浮かべ、ポフポフと貴子の肩を優しくたたいて再び歩き出した。
「何なんだ……」
わけがわからず貴子がカルィンの背中を見つめてつぶやく。
そんな貴子の背にダニェルがそっと触れ、
「良い、男の人、会う、私、願う」
励ますように言って先へと歩いて行った。
「良い男の人って……あ」
貴子が二人の表情の理由に思い当たった。
この世界の女性は、ほぼ十代後半で結婚している。
二人は、私の年齢を知り、まだ結婚していないことを憐れんであのドナドナ顔になったのだ、と。
「いやいや、ちょっと待って」
貴子は、ダニェルとカルィンのあとを追い、「私のいたところでは、二十歳で結婚してないのは普通なの」と説明した。
目的地に着くまでの間、二人の貴子を見る眼差しがとても優しかった。
◇◇◇
翌日の昼下がり。
貴子たち一行は、キルゴの兵士がいる野営地の手前に着いた。
木の棒と縄で作った簡単な囲いの向こう側にはたくさんのテントがあり、兵士が街道の敷設や戦闘訓練をしていた。
パッと見ただけでも兵士は、五百人以上いる。
訓練中の男たちが上げる荒々しい気勢が草原一帯に響き渡っていた。
その光景を見た、カルィンは、
「……」
急に静かになった
見事なまでに尻込みしていた。
貴子とダニェルは、
「おお~、かっちょい~」
「オォバ ファイスン!」
騎馬戦の訓練をしている兵士たちの姿に興奮していた。
「オゥ、ザノ シィ ダ シャテフ、スナァイ? あれ、入り口、思う」
ダニェルが、囲いの切れ目に気づいて指をさした。
そこには、完全武装の二人の兵士が手に槍を持って門番さながらに立っていた。
兵士二人は、顔を貴子たちのほうへ向けていて、すでにその存在に気づいている。
「あ、きっとそうだよ。カルィン行こう」
二人がカルィンを見た。
「……」
カルィンは、動かなかった。
「カルィン、ビビってんのか?」
「ディ シウ フリセェオ?」
貴子が言ってダニェルが伝える。
「ハ、ハゥン!? ネ、ネェンネェンネェンネェンネェンネェン!」
ものすごく首を横に振った。
口元には笑みを浮かべているが頬は引きつっていた。
「エ、エイ ジュヤ! タッグ ケェオ!」
カルィンが無駄に大きな声で言って歩きだす。
「『行く』」
ダニェルが訳して後を追う。
「大丈夫かいな」
貴子も不安を口にしてから二人についていった。
……
入り口の前までやって来た貴子たち三人。
そこに立つ二人の兵士へ、先頭のカルィンが、
「エ、エイ! メイ ニス カルィン! メイ マス セステイン シュ カァ ジェス ダ ヒュスデン エイジンタイオ! デムニ キオ メイ エベェオ ダ ルイニ!」
威勢良く、けれども上擦った声で言った。
「『私、カルィン。百人、隊長の、エイジンタイオ、話、ある。お金、持つ、来た、伝える、お願い』」
ダニェルが翻訳。
エイジンタイオとは、件の金を要求した兵士で、貴子もダニェルもその名前や百人隊長という地位ある人物であることを道すがらカルィンから聞いていた。
聞かれた兵士の一人が、
「ハディ? エイジンタイオ? デイ スペダン エイジンタイオ? ハディ サウ ラータ モズ デイ スペダン エイジンタイオ?」
逆に聞き返した。
「……」
カルィンは、とたんに困った顔になった。
「……」
兵士も困った顔になった。
「……」
「……」
二人とも黙り込んでしまった。
「何が起こってるの?」
貴子がダニェルに質問。
「多分、カルィン、キルゴ語、わからない。兵士、マァリ語、わからない」
「あ、なるほど」
貴子が納得。
お互い言葉が通じていなかったのだった。
残るもう一人の兵士も困った顔をしている。
誰も相手の母国語が話せないことがわかる。
どうすんだこれ、と貴子が思っていると、ダニェルが兵士の前に進み出て、
「ミネ イーテ サウ ダニェル。セプス ルテ デイ スペダン エイジンタイオ バダ カルィン ビシェーオ デイ クロン」
兵士に話しかけた。
「オゥ、セァセァ。イム スコーフィ。エメ ト ラッセ」
兵士は、コクコク頷いて、テントのほうへ歩いて行った。
「ダニエルっ、もしかしてキルゴ語話せるの!?」
「ゼス シウ エソォク キルゴ ケット!?」
超がつくほど驚く貴子とカルィン。
「少し。前、キルゴの、人、教える、もらった。エ パト。メイ マグ エ キルゴ カゥト メオ キルゴ ケット エ トビィ ビザン」
ダニェルが二人に説明。
「すっげぇ~、ダニエルマジ半端ねぇ〜」
「トォル サァフ シウ ディ エ サピ、メイ ニス オォバ イノバァテオ」
貴子とカルィンが手放しに褒めた。
「ムフ~」
ダニェルがドヤ顔で鼻を鳴らした。
「ダニエルってば日本語も順調に覚えてるし、マジ天才かも」
貴子は、感心した表情でダニェルの頭を撫でながらカルィンのほうを向き、
「あんた、ダニエルがキルゴ語話せなかったらどうしてたの? まったく」
自分のことを棚に上げて呆れた。
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