第39話 なでなで
約一時間後。
「もう終わったかな……?」
「かな……?」
貴子とダニェルが収容所に戻ってきた。
まだやっていたら出直すつもりなので、そ~っと刑場を覗いてみる。
地面には、若い男が十人うつぶせで横になり、うめき声を漏らしていた。
全員の背には濡れた布が当てられ、兵士たちが介抱している。
みんなカルィンたちの事情を知っているがゆえの温情であった。
「タカコ」
シュトが貴子たちに気づき、二人のもとへやって来た。
「どう? 終わった?」
「シィ ダ サルドソォラ ザバ?」
貴子とダニェルが聞く。
「ヤァ。ダ サルドソォラ シィ ザバ ラジェ ビセナァ」
「『さっき、終わった』」
ダニェルがホッとした顔で翻訳。
「そっか」
貴子も安堵を顔に浮かべ、
「おーい」
カルィンたちのところへ歩いて行った。
「オ、オゥ、マァリヤ……」
横になっている男たちの半数が貴子の声を聞いて顔を上げた。
その顔には血の気がなく、脂汗をびっしょりかいていて、声はしゃがれていた。
残りの半数は、ピクリともしない。
あまりの痛みに気を失っていた。
「マ、マァリヤ」
貴子の一番近くに倒れていた男が震える声で魔女を呼んだ。
「ん? おお、眉毛君じゃん」
一昨日、一番最初に顔を合わせた泥棒で、貴子の荷物を調べた眉毛の太い男だった。
年齢は十五、六歳で、彼は、ずいぶんと泣いたのかまつ毛が濡れていて、目は真っ赤だった。
「メ、メア デト ラァグ……ハ、ハァテ シィ ダ モシュウィム ソワ メア デト ハギィ?」
弱々しい声で眉毛君が何かを聞いてくる。
「『背中、痛い。私の、背中の、怪我、どう?』」
ダニェルの翻訳。
「どうって、どんな感じになってるかってこと? そりゃまぁ、擦り傷みたいな感じになってると思うけど」
貴子が眉毛君の背中に当てられている濡れた布を少しだけめくった。
皮膚が破れ、ぶよっとした赤い肉と白い脂肪が外に出ていた。
「おえぇぇぇ~~~~~っ」
貴子がえずいた。
「タカコ、大丈夫?」
ダニェルが貴子の背中をさすった。
「な、何これ? こ、こんなことになるの?」
予想外の大怪我に貴子がたまげる。
そんな貴子の反応を見た眉毛君は、
「ワ~~~~~ン」
泣いてしまった。
「ウワ~~~~~ン、メ、メア デト ハギィ シィ タァマ、シィギン テビ? グスッ、フ、フリスグ イス べダングキィ ルゴン。ズズッ、ザ、ザノ イス デムニ ザノ メイ ニス エ セドゥツ。メ、メイ ゼスギン マァフ エ ロフォ アンシェ ヤアレ、ワ~~~~~ン」
「『背中の、傷、大きい? 絶対、傷、残る。悪い、した、わかる、印。もう、普通、生きる、無理』」
ダニェルが眉毛君の頭を撫でて慰めながらの訳。
「キエッタ シア シャウフィン!」
そばにいたカルィンが、男のくせに泣くなとばかりに眉毛君の頭をはたいた。
「アゥッ、ワ~~~~~~~~~~ン」
眉毛君は、ますます泣き出した。
「あ~あ~もう……しゃーない、ちょっとじっとしてろ」
貴子が目を閉じて集中力を高め、頭の中に魔法を描き出す。
胸に熱い塊が生まれるのを感じて、眉毛君のうなじに触れ、
「治れ」
命じるように言った。
布が当てられている眉毛君の背中がオレンジ色に光る。
新しい細胞が生まれ、千切れていた組織が繋がり皮下脂肪が赤い肉を覆い、皮膚が再生され、背中全体の熱と腫れが引いてゆき、
「どうだ?」
貴子が濡れた布を取ると、背中の傷は完璧に治っていた。
「タカコ、お見事」
ダニェルが褒め、
「ふっふっふっ」
貴子が鼻高々に胸を張った。
他の男たちは、目を点にして眉毛君の背中を凝視していた。
目の前で起きた奇跡が信じられないといった様子だ。
怪我を治してもらった眉毛君は、
「ハゥン? ハァテ?」
戸惑った表情を浮かべ、痛みが消えた背中を手で触っていた。
自分の背後のことなので、何が起きたのかよくわかっていなかった。
「ワァオ……」
驚きの吐息をこぼした兵士たちは、眉毛君のところへ行き、そばにしゃがんで、
「ルルゥカ……」
と言って眉毛君の体に優しく触れた。
その表情は、魔法の効果を直接見た興奮からか上気していた。
鎧姿の十人くらいの男が、はぁはぁ言いながら半裸な眉毛君の体をソフトなタッチで撫で回す。
なかなかに変態的な絵面だなと貴子は思った。
「よし、このまま全員治しちゃおう。そうしないと動けないし」
貴子がそう意気込んで、
「シュトさん、今さらだけど罰を受けたこいつらの傷治していい?」
シュトに聞いた。
ダニェルが翻訳すると、
「オ、オゥ、ヤァヤァ」
シュトは、眉毛君の体をなでなでしながら頷いた。
……
十人全員の怪我を治すと貴子たちは収容所を後にし、まずはクゥツの家に向かった。
カルィンたちがクゥツの家の者やその仕事仲間に地面に伏して頭を下げて謝まると、クゥツたちは謝罪を受け入れて許し、これからは困ったことがあったら自分たちを頼れと言った。
カルィンたちは、涙ながらに額を土に擦り付けてお礼を言った。
貴子は、すでに昨日、カルィンたちの村であるカテコへ行くこと、また戻ってくることをクゥツに伝えていたので、簡単に挨拶を済ませて家を出た。
そして、一行は、装飾品類を換金し、キルゴの兵士に支払うお金が足りていることを確認し、道中の食料を買って、シャダイの町を出たのだった。
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