第38話 刑罰
「んで、それどうする? あんたら当分ここ出れないでしょ? それ届けてくれる知り合いいる? 渡してきてあげよっか? つーか、それで足りる? おい、泣いてないで聞け」
泣きながらお礼を言ってくる男たちに貴子が話しかけていると、
「男たち、すぐ、ここ、出る、思う」
ダニェルが貴子に教えた。
「え、そうなの?」
「ヤァ。ゼス ダナ クアック セファ ソワ トゥワ シィル?」
ダニェルは、貴子へ頷いてからシュトに尋ねた。
「ヤァ。ダナ ゼス ロビィ ヨォネイキィ ウィミ ベェウフィン サルデオ」
「私、聞いた、『男たち、すぐ、出る?』。シュト、言った、『うん。罰、受ける。そのあと、出る』」
ダニェルが会話の内容を貴子に訳す。
「罰って、ここに長い間入ってろって罰じゃないの?」
「違う。痛い、罰」
「ああ、叩いたりする系の罰か」
貴子は、日本の感覚でてっきり懲役刑、禁錮刑だとばかり考えていたのだった。
「それっていつやるの?」
貴子が聞いてダニェルが質問をシュトに伝える。
「ルクライ オォフィン」
「『明日、朝』」
「早」
貴子がつっこんだ。
カルィンたちは、自分の罪を全て潔く認めたため、刑の執行内容も日取りも午前のうちに決まっていた。
「だったら自分らで直接渡せるか」
貴子は、心配の必要がないとわかり、
「もう悪いことするなよ」
と言って踵を返し、
「ダニエル、シュトさん、行こう」
用は済んだので帰ろうとした。
「マァリヤ!」
しかし、カルィンたちが扉に張り付いて貴子を呼び止めた。
「どした?」
貴子が足を止めて振り返る。
「メイ ノォル シュ サシャ シウ! テビ シィ メイエ トォニスフィン シュ オォス サイ ジェスセファ サシャフィン シウ! レシィレ テカ シュ ワラ ユドゥク!」
カルィンが懇願するように何かを言ってくる。
「『お礼、したい。このまま、お礼、しない、私、とても、恥ずかしい。私たちの、村、来る、お願い』」
ダニェルの翻訳。
聞いた貴子は、
「ふ~む……まぁ、物だけ渡してさようならってのも何だしな……」
と少し考えて、
「うん、いいよ」
村へ行くことにした。
貴子の返事をダニェルから聞くと、男たちは、
「ワーーーーーッ!」
喜びに沸いた。
怒ったり泣いたり喜んだり忙しいやつら、と貴子が肩をすくめた。
……
貴子とダニェルは、収容施設をあとにすると、事後報告ではあるが、高価な贈り物をくれた人々のところを回り、勝手にカルィンたちにあげたことを伝え、謝った。
みんな、魔女の貴子が使いたいように使ってほしいと広い心で理解を示してくれた。
◇◇◇
そして、翌早朝。
貴子とダニェルは、再び犯罪者の収容施設に来ていた。
貴子たちが入り口に立っていたシュトに挨拶すると、今日は、地下ではなく庭に案内された。
木がポツポツと生えているだけの殺風景な庭を歩いていくと、数名の兵士と十人の若い男が石塀の近くに立っていた。
若者の中には、チョンマゲ頭の男がいる。
「あれがカルィンたち?」
貴子が念のために聞いて、
「シィ ザノ カルィン コミ ダ タタァグ?」
ダニェルが翻訳すると、
「ヤァ」
シュトがコクリと頷いた。
「へ~。クゥツさんの言ってた通りみんな若いな」
貴子がカルィンたちの顔を明るい場所でちゃんと見るのは今が初めてだったが、全員が十代の若者だった。
元泥棒の若者たちは、上半身裸で、首に巻かれた一本のロープで繋がれていた。
みんな表情が青ざめている。
「ダ サルドソォラ ファグ ビセナァ」
シュトが貴子とダニェルに言い、
「『これから、罰、やる』」
ダニェルの翻訳。
「罰って何やるの?」
貴子が聞き、ダニェルが伝えると、
「ワァナ イス ジャグス ザノ」
「『あれ、使う』」
シュトとダニェルは、兵士が手に持っている物を指さした。
そこには、とぐろを巻いた細長い蛇のような皮の鞭があった。
「げ、鞭打ちの刑か」
刑罰の内容がわかり、貴子が鼻の頭にシワを寄せた。
「クアック シェイ」
鞭を持った兵士が指示を出すと、まずカルィンの首の縄が解かれ、高さが二メートルくらいあるバッテン型の木組みの前へ連れて行かれた。
木組みと向き合う形でカルィンもバッテン型に手足を広げると、手首足首を木組みに括り付けられ、口に葉巻のような木の棒をくわえさせられた。
「フーッ、フーッ」
カルィンの口から荒い呼吸が漏れる。
目は、興奮したように血走っていた。
刑の執行人がカルィンの背後、大股に六歩ほど離れた位置に立つ。
執行人は、カルィンのほうへ向けて、手に持っている鞭を地面に伸ばした。
その長さは、六、七メートル。
すべての準備が整うと、
「エッサ エ トォタ!」
執行人が大声で言って、
「ネィ!」
鞭を持つ腕をしならせた。
腕から手、手から鞭へと力が伝わり、革の鞭が波のようにうねって力が先端へと達して、
バチンッ
強烈な破裂音とともにカルィンの背中を打った。
「ンフーーーーーーーーーーッ!?」
カルィンのこもった悲鳴がくわえた棒の隙間から漏れた。
皮膚が破れ、血が滲み出る。
「うひゃ~~~……」
「ヤハ~~~……」
貴子とダニェルが仲良く顔をしかめた。
「テス!」
執行人が叫んで二発目が放たれる。
バチンッ
「ンンーーーーーーーーーーッ!?」
カルィンは、苦痛に声を上げ、引きつったように首をのけ反らせた。
「ニィ!」
三発目。
バチンッ
「ンーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
叫んだあと、カルィンが狂ったように頭を前後左右に振り回した。
「ケェ!」
バチンッ
「ン゛ーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
声が潰れたのか叫び声が低く濁った音に変わった。
「……あの~、これ何回やるの?」
見ていられなくなり、貴子が刑場から顔を背けて聞いた。
同じく顔を背けたダニェルが訳してシュトに尋ねる。
「メイ イス カァ テビ イッシトゥナ ヒルキグ ナァ ノルイ」
「『ひとり、十五、回』」
ダニェルが、「マジで?」という顔で翻訳。
「マジで?」
貴子が口に出して言った。
バチンッ
「ン゛ーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
なおも鞭の音とカルィンの苦悶の声はつづく。
「……私、ちょっとその辺歩いてくるね」
「……私も、行く」
貴子とダニェルは、見るのも聞くのも耐えられなくなり、いったんその場を離れることにした。
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