第37話 これやる
町の人たちとの面会を終えて昼食を食べたあと、貴子とダニェルは、ある場所へ向かって町中を歩いていた。
ちなみに、クゥツの家を取り囲んでいた群衆は、町長のキンザァがみんなを帰してくれていた。
加えて、魔女の迷惑になることはやめるようにとも言ってくれていた。
「オゥ、マァリヤ タカコ!」
町の人が黒い三角帽子に黒いローブ、銀色の金属バットを持った貴子に気づいて驚く。
「ダニェル! オォバ コゥミュ!」
サラサラ金色ヘアーで美少女のような美少年、ダニェルにも声がかけられる。
今のは、『とても可愛い』と言っているとダニェルが恥ずかしそうに貴子へ教えた。
二人の顔も名前もすっかり町中に知れ渡っていた。
「タカコ! マァリヤ!」
町の人が仕事を中断して手を振ってくる。
「やほー、マァリヤだよー」
貴子がそれに手を振り返すと、腕につけた金の腕輪が太陽の光を受けてキラリと光った。
さらには、歩けば足首につけた足輪が、首を振れば首飾りと額飾りが、髪を耳にかけると耳飾りが光った。
貴子は、貰った装飾品を全て身につけて歩いていた。
アホの成り金みたいだった。
「……」
ダニェルが残念な生き物でも見るような目を貴子へ向けていた。
「おや? どうしたの、そんな細〜い目で私を見て」
「……光、眩しい、だけ」
ダニェルは、気をつかった。
……
貴子とダニェルが歩いてやってきたのは、町外れにある犯罪者の収容施設だった。
昨日の泥棒たちに会いにきたのだ。
敷地を囲う石塀があり、入り口には、三人の兵士が立っていた。
貴子とダニェルが門番の兵士に挨拶をすると、三人は気をつけの姿勢をとって挨拶を返し、三人のうちの一人、シュトという三十歳くらいの真面目そうな男が敷地内へ案内してくれることになった。
貴子は、午前中に面会した兵士長に昨日の泥棒たちに会いたい旨を話して承諾も得ており、ここに来ることも目的も相手は知っていたのだった。
案内役の兵士シュトが殺風景な広い庭を歩いていく。
貴子たちは、その後ろについていった。
施設内に入ってすぐ左側に地下へとつづく階段があり、そちらへと進む。
「テビ シィ クゥブ、メイエ レシィレ ミカ シア トォクル」
地下へ入る手前でシュトが貴子たちを振り返り何かを言った。
「『ここ暗い、足、注意、必要』」
ということらしいダニェル翻訳。
壁に付けられた燭台の灯りをたよりに三人が階段を下りていく。
地下に着くと、貴子が辺りを――というか、前を見た。
そこには、まっすぐに伸びる地下通路が一本だけあり、左右の土壁には、一定の間隔を空けていくつもの扉が埋め込むようにして取り付けられていた。
地下道は、涼しいが、饐えた匂いが逃げずにこもっていて、長くいたいと思える場所ではない。
シュトは、その中の一番近くにある木の扉の前に立ち、
「アリ テフロ」
「『この部屋』」
と言った。
「ここか。扉開けてもらっていい?」
タカコが言ってダニェルがシュトに伝える。
すると、シュトは首を横に振って、
「ベフィ シウ ノォル シュ ルゥタ シュ セスネィ オクレェサ、レシィレ ジャグス テビ」
ちょうど貴子の目の高さにある、扉に付いているのぞき窓を指でさした。
「『話す、その窓、使う』」
ダニェルが訳し、
「ああ、そうなんだ。オーケーオーケー」
貴子が了解。
さっそく扉に近づき窓から中を覗いた。
二つの目玉が向こう側から貴子を見ていた。
「ほぎゃーーーーーーーーーーっ!」
驚いた貴子が悲鳴を上げて後ろへ転んだ。
「タカコ!」
「オゥ、マァリヤ!」
ダニェルとシュトが心配して貴子のそばに来る。
「ビ、ビックリした~」
貴子は、バックンバックン鳴っている心臓を落ち着かせるように胸を手で押さえた。
すると、そんな貴子へ、扉の向こうから怒りのこもった声が聞こえてきた。
「エイ、マァリヤ! フェズ ヘダァ シウ スワィ! メイ ビィネオ ザノ シウ ディ エ マァリヤ! シウ イシェオ ネェン! エス シウ ビェイ イォキィ エ マァリヤ! シウ ディ スワィヤ! ソキダァイ! ソキダァイ!」
「『魔女。あなた、ウソ、言った。私、聞いた、あなた、魔女? あなた、いいえ、言った。でも、魔女だった。あなた、ウソ、言う人。もう、もう』」
ダニェルは、訳し、
「トア シィ ネェン キェイ ワァナ シス デムニ シウ ダ シィナシィ」
ついでに言い返し、
「私、言った、『本当の、話、言う、ない』」
もひとつ訳した。
「昨日の紹介状読んでた時の話ね。ダニエルの言う通りだっての。いきなり地面に押さえつけられて正直に答えるわけないだろ」
貴子は、立ち上がり、
「それ聞いてくるってことは、お前チョンマゲ頭のカルィンだな。お前の話聞いたぞ。婚約者と子供助けるのにお金が必要だってやつ」
扉越しに話しかけた。
ダニェルが貴子の言葉を伝えると、
ガンッ
と扉が大きな音を立てた。
カルィンが扉を蹴ったのだった。
「キエッタ テビ!」
シュトが扉へ向けて怒鳴る。
「シウ バフ サイ!」
カルィンは、怒鳴り返し、
「ハァテ ベェイ メイ カァ!? テイ アリ ピスク、ミハ イス マス シュ ケェオ シュ キオ! ソキダァイ!」
ガンガンドンドン扉を蹴って殴った。
「シュト、『やめる』。カルィン、『あなた、黙る。どうする、良い? ミハ、相手の、場所、行く、なる。もう』」
ダニェルがまとめて翻訳。
カルィンのセリフ部分は、柔らかく訳されているが、荒そうな気性と聞こえてくる口調を考えると、実際は、「うるせぇっ! どうすりゃ良いんだよ! ミハがあいつのところに行かなきゃならなくなる! クソッ!」って感じだろうと貴子が頭の中で修正を加えた。
「落ち着け、チョンマゲのカルィン」
貴子が
「メイ ゼスギン スカップ モウト! ハンッ、メイ ネイディ シウ。シウ マス エ ナァド ソワ クォルバイ テイング」
カルィンは、貴子の体を上から下まで眺めて小馬鹿にしたような声で言い返し、
「『落ち着く、無理。私、あなた、羨ましい。高い物、たくさん、持つ』」
ダニェルは、貴子が身につけているアクセサリーを見て日本語に訳した。
「ああ、そうそう」
言われた貴子は、身につけていた装飾品を取り外し始めた。
「……? ハァテ ディ シウ カァフィン?」
カルィンが聞いてくる。
「『何、する?』」
ダニェルの訳。自分自身の疑問でもある。
貴子は、手間取りながらも全ての装飾品を外し終えると、外したものを両手で持って扉ののぞき窓の前に差し出し、
「これやる」
とぶっきらぼうに言って、
「彼女と子供たち助けてやれ」
ジャラジャラジャラとのぞき窓から中へ入れた。
「……ハ、ハゥン?」
カルィンは、カックンカックン首を上下に動かし、地面に落ちた装飾品と目の前にいる貴子を見て戸惑った。
言葉もわからないし、どういう意味の行動かもわからないからだ。
「ダニエル、訳して」
貴子がダニェルへ顔を向ける。
ダニェルは、目を丸くして驚いていた。
「タ、タカコ、あれ、あげる?」
そして、ビックリ顔のまま聞いた。
「そうだよ」
貴子がさらりと頷く。
「ぜ、全部?」
「うん」
「い、いい?」
「いいよ。もらってる時からこうしようって決めてたし」
貴子は、町の有力者から高価な物をもらっている最中に、このことを思いついたのだった。
何人もの人生がかかっているので迷いはなかった。
身につけていた理由は、そこはやはりどんなつけ心地かと興味があったからだ。
感想としては、「重い」くらいだった。
「タ、タカコ、素敵」
感動のダニェル。
「へへ、よせやい」
貴子が照れる。
「でも、高い、お酒、持ってくる、ない」
「……ダニエルさん、早く翻訳しておあげなさい」
「ヤ、ヤァ」
ダニェルが貴子の考えをマァリ語に翻訳して、扉の向こうへ聞かせた。
それを脇で聞いていた案内役の兵士シュトは、装飾品の譲渡シーンは見なかったふりをすることにした。
兵士以外の者が留置場にいる人間に物を渡すのは禁止されているためシュトは困っていたのだが、シュトもカルィンの事情を知っていたので貴子の行動を意気に感じ、カルィンたちに情けをかけたのだった
そして、扉の向こうにいるカルィンは、
「……」
ノーリアクションだった。
音も聞こえてこなくなった。
「どした? 聞いてないの?」
貴子がのぞき窓から部屋の中を見た。
明かりがないほぼ真っ暗な室内、土がむき出しの床の上に十人の男が膝をつき、扉へ向かって平伏していた。
「なんだ、カルィンだけじゃなく全員いたのか」
昨日、泥棒たちは、布マスクをつけていたので貴子は顔を見ていないが、十人いるので昨日のやつらだろうと判断した。
「で、何してんの?」
貴子が聞いてダニェルが翻訳すると、カルィンが顔を上げた。
「ウオ~~~ン」
ものすごく泣いていた。
「ズズ~~~ッ、ハ、ハウム ディ シウ ビネイフィン メオ セレイ フリソォラグ?」
「『何で、これ、くれる?』」
「あんたらが大変だって聞いたからだよ。それと、昨日、鐘楼から子供が落ちた時、あんた自分の責任とはいえ身を投げ出して助けようとしたでしょ。中身の腐った悪人じゃないんだろうってことで、私もあんたを助けることにしたの」
貴子の考えをダニェルが訳して伝えると、それを聞いたカルィンたちは、
「ウオ~~~~~ン」
ひときわ大きな声を上げて、感謝と喜びの涙を流して泣いた。
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