第36話 贈り物

 家を出た貴子とダニェルが門へと向かう。

 クゥツは、先に門へ着き、薄く開けた扉の隙間から三人の男を中へ入れていた。


「オゥ!?」


 中に入ってきたうちの一人、上等な麻布のワンピース型の服を着て、その上からトーガのような布を纏った、五十歳くらいの口まわりにヒゲを生やした細身の男が、そばにやって来た貴子に気づいた。


 細身の男は、腰を低くして貴子のもとへと歩いてくると、


「ダ プレッジ マァリヤ。メア ソミエ シィ キンザァ。メイ ニス ダ ポォトカ ソワ シャダイ。テビ シィ エ ヒメェト シュ レェタ シウ」


 と言ったあと、貴子の手を取り甲の部分に接吻をした。


「『すごい、魔女。私、キンザァ。シャダイの、長。会えた、とても嬉しい』」


 ダニェルの翻訳。


「すごい? 人助けしたことかな? そんなそんな、人助けは当然のことです。私、貴子です。こっちはダニエル。私はマァリ語話せないんで、ダニエルが通訳してくれます。私も会えて嬉しいです」


 貴子がペコペコ頭を下げて挨拶を返した。

 町長だというのに随分と恭しい態度なので、貴子としては恐縮してしまう。


 ダニェルが、『ダニエル』の部分を正しく直して貴子の言葉をキンザァに伝えると、


「オゥ、メセナフィン。シウ ネイトワ ダ マァリヤ ジ ユディグ」


 キンザァは、感心した表情でダニェルに何かを言って、


「ムフー」


 ダニェルは、ドヤ顔で胸を張った。


 「魔女と話せるなんてすごい」「ムフー」だろう。

 バッファのときもこんなことあったし。

 貴子が以前のことを思い出し、頭の中でセリフを当てた。


「テビ シィ ダ ランダ ナン イザベラ ザノ サハ ゼスギン エソォク マァリ ケット」


「サァ」


 キンザァの言ったことにダニェルが頷き、


「キンザァ、『タカコ、マァリ語、話す、ない、イザベラと、同じ』。私、『はい』」


 貴子へ訳す。


「イザベラって?」


「昔の、魔女」


「ああ、前にも言ってたね。魔女がいたって。イザベラっていうのか、ふ〜ん」


 貴子が、欧米人っぽい名前だなぁ今さらだけどダニエルもだよなぁ、などと考えていると、キンザァは、自分の後ろに控えるようにして立っていた、従者と思われる二人を振り返り、


「エイ、サァリ サフィ ダ ホゥブ」


 何やら指示を出した。


 二人は、緊張丸出しの強張った顔で貴子の前に歩を進め、それぞれに両手で大事そうに持っていた四角い木箱を差し出した。


 木箱の一つは、アタッシュケースくらい、もう一つは、その半分くらいの大きさだ。


「アリ シィ エ ツゥス ザノ ユゥデイザ ダ テノォ ソワ オォニフィン シウ オク カッシ。レシィレ スェイド テビ」


 キンザァが微笑み言ってくる。


「『私、あなた、会えた。これ、とても喜ぶ、の、形の、物。あげる』」


 ダニェルが貴子に伝え、


「え? この箱くれるの? 贈り物ってこと? 何で?」


 貴子がダニェルに聞いている間に、二人の従者が木箱のふたを開けた。

 大きい木箱には、


「あ、布だ」


 巻物状の白い絹生地が三本入っていて、もう一つの箱には、


「……金の腕輪」


 一対の細かい模様が描かれた黄金の腕輪が入っていた。


「ワァオ……」


 ダニェルがため息のような声を漏らして驚く。


「……」


 貴子は、亀みたく首を伸ばし、近距離から本物であることを確認するようにじーっと腕輪を見て、


「あの……何でくれるの?」


 困惑顔を上げてキンザァに聞いた。


「キンザァ、さっき、言った。魔女、会えた、嬉しい。それ、喜ぶ、形の、物」


 キンザァではなく、ダニェルが説明。


「それは聞いたけど……」


 いきなりこんな高価な物をくれるって変だろう、と貴子は疑問に思い、腕を組み、考える。


 下心があるんだろうか?

 そうは見えないけど。


 そもそも、ダニエルの訳によると、これらは魔女に会えて嬉しいからそれを形にした物らしい。

 よく意味がわからないが、「お近づきのしるしに」的なことだろうか。


 でも、そういうのは、ものすごく偉い人と会った時の会話だと思う。


「……すごく偉い人?」


 ダニエルの訳によると、キンザァは挨拶の時、『すごい魔女』と言っていた。

 てっきり人助けをしての『すごい』だと思っていたけど、もしかするとその『すごい』は、私じゃなくて……


「ねぇねぇ、ダニエル。イザベラって昔、すごいことやった?」


「やった」


「何やった?」


「百年、前、キルゴの国、マァリの国、と戦った。キルゴ、勝った。キルゴ、とても、マァリ、いじめた。イザベラ、怒った。イザベラ、戦った。マァリ、自由、なった」


「それだ」


 貴子は、得心がいった。

 キンザァは、貴子へというよりも、魔女イコール救国の英雄というイメージがあり、そのブランドとでもいうべき『魔女』へ贈り物をしたのだと。


 『すごい』は、正確には、『偉大な』とかじゃないかな、と貴子は翻訳を変えた。


「なるほどなぁ。前にいた魔女ってそんなことやってたのか」


 高価な贈り物の理由がわかり、貴子がコクコク頷いた。


「……コゥクギン シウ ミティ セレイ ホゥブ?」


 キンザァが不安そうな顔で貴子を見る。


「『あなた、これ、好き、ない?』」


 ダニェルが布と腕輪の入った木箱へ目を向けて訳した。

 キンザァは、急に考え事を始めた貴子に、贈り物が気に入らなかったのかと心配になったのだった。


 貴子は、


「大好きです」


 通訳の必要がないくらいの最高の笑顔で受け取った。

 あれこれ考えはしたが、理由はどうあれ最初からもらうつもりだった。


「メイ ニス ルシャネェオ シュ ビィナ ザノ」


 キンザァは、ホッとした表情で胸を撫でた。


「『私、安心、した』」


 ダニェルの訳。


 贈り物の受け渡しが終わるとクゥツがキンザァを朝食に誘ったが、キンザァは、やることがあると残念そうに断って、その帰り際、


「タカコ。ダ ジィネル フェオタリヤ ノォルグ シュ レェタ シウ。ゼス シウ デュラフ テビ?」


 貴子の顔色を窺いつつ何かを聞いた。


「『商人の、長、あなた、会う、したい、言う。会う、できる?』」


 ダニェルが訳す。

 それを聞いた貴子は、手に持っている布と黄金の腕輪が入った木箱をチラっと見てから、


「ぜひお会いしましょう」


 期待に瞳を輝かせて答えた。



 ……



 その後、貴子は、朝食の席でシャダイの町の商会長と会い、さらに紹介を受けて町の兵士長と会い、さらにさらに紹介を受けて町の法院議長と会い、さらにさらにさらに……という具合に数人と面会した。


 みんな、金の腕輪やら足輪やら耳飾り、宝石がついた額飾り、真珠の首飾り、絹生地のスカーフ、サテンのストール、香木、高級酒、謎の粉などを貴子へ贈った。


 貴子は、偉大な影などカケラもない締まりのない顔でそれらを受け取ったのだった。

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