第35話 魔女は人気者
二階に着くと、二人は近くの薄暗い部屋に入った。
クゥツが窓辺に近づく。
窓にガラスはなく鎧戸が降ろされており、前に立ったクゥツが貴子を手招いた。
「何かあるの?」
貴子がクゥツの隣りに移動する。
クゥツは、鎧戸を押し開け、つっかえ棒で固定した。
薄暗かった部屋に陽が入り、朝の涼しい風が吹き込んでくる。
貴子は、心地よさに目を細め、窓枠に手をつき外の景色を眺めた。
周りには、昨日の夜教えてもらった、植物を研究するための家や小屋が数軒建ち、いくつもの畑がある。
そんな広いクゥツ家の敷地を大群衆が取り囲んでいた。
「……(ゴシゴシ)」
貴子が目を擦り、もう一度見た。
取り囲んでいた。
「……何、これ?」
貴子は、驚きすぎて間の抜けた顔になっていた。
集まった人の数は、昨日の広場の比ではない。
敷地を囲う石壁沿いには道があるが、人がみっちり詰め寄せていて地面がまったく見えず、さらにその向こう側、遠くにまで人が溢れかえっていた。
街の人間全員が集まっていると言われても信じられるほどだった。
「サァクネィ ノォルグ シュ レェタ ダ マァリヤ」
クゥツが手で群衆を示して貴子へ何かを言った。
「『あれ、みんな、魔女、会う、したい人』」
部屋に入ってきたダニェルが訳してくれた。
「ダニエル。あれ、みんな? あの人たち私に会いたくて集まってるの?」
「ヤァ」
ダニェルが頷いた。
「私、すげぇ……」
自分にビックリな貴子。
「ははあ。たしかに、あれ全員には会えないわ」
貴子は、クゥツたちが難しい表情を見せた理由がわかり、
「それでクゥツさん、そんなことになってたんだね」
クゥツの乱れた髪、破れた服を見た。
「魔女に会わせろ」というあの群衆の中を「ダメ」と断りながら通って帰ってきたのだ。
もしかしたら行く時も。
そりゃそうなるわ、と貴子は納得した。
「ごめんなさい、クゥツさん。ご迷惑おかけしちゃって」
貴子が頭を下げて謝り、ダニェルも訳して一緒に頭を下げた。
「ネェン ネェン!」
クゥツは、あわてた顔で首と手を左右に振り、
「ドトア シア マナク。シウ ビセネオ ワグ ロタ ダ シザネン。ワァナ イス サシャ シウ ハァパル。レシィレ スカップ オク メア ポォマ。レシィレ スカップ ナン シエト ナン シウ ノォル」
二人に頭を上げさせた。
「『頭、上げる。あなた、私たち、助けた人。私たち、ずっと、感謝する。ここの家、いる、大丈夫。長い間、いる、も、大丈夫』」
ダニェルが訳す。
「すみません、そう言ってもらえると助かります。サリィシャ」
「サリィシャ、クゥツ」
二人は、お礼を言って、クゥツとハグを交わした。
「それにしても、たくさん集まったねぇ」
窓から身を乗り出した貴子が、顔を右、左と向けた。
すると、
「オゥッ、マァリヤ!」
群衆が貴子の姿に気づき、
「ワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
耳をつんざくほどの大歓声が沸き起こった。
みんながマァリヤマァリヤと叫ぶ。
それを聞いた貴子は、
「センキューッ、シャダイ! アイラビュー!」
ライブみたいにレスポンスした。
シーン……
一瞬で静かになった。
「あ、ヤバい」
貴子は、スベったと思った。しかし、
「ワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
すぐにまた沸いた。
「あせった~」
貴子が冷や汗を拭った。
「テビ シィ ダ ユディ ソワ ダ マァリヤ クァアオ!」
「ワァオッ、ウィッフ!」
「カゥト メオ!」
群衆の興奮した声が貴子たちのところまで届いてくる。
「『あれ、魔女の、国の、言葉』。『とても、カッコイイ』。『教える、ほしい』」
ダニェルが訳してくれた。
「ただの英語なんだけど」
貴子がボソッと言った。
「ハゥン? ……オゥ、キンザァ」
貴子たちと一緒になって外を見ていたクゥツが何かに気づいた。
「ア〜ン……タカコ、ゼス シウ オォニ キンザァ?」
つづけて、遠慮がちに聞いてきた。
「『タカコ、キンザァ、会う、いい?』」
「キンザァって?」
ダニェルの訳を聞いた貴子が尋ねる。
「キウ シィ メア マイニィ コミ ポォトカ ソワ シャダイ」
『私の、友達。シャダイの、長』」
「おお、シャダイの町長さん。うん、いいよ。私もできるんだったら挨拶させてもらいたいし」
「ヤァ。メイ ノォル シュ イシュ ハヤァ ヤ」
貴子の返事をダニェルがマァリ語に翻訳。
「サリィシャ、タカコ」
クゥツは、貴子の手を取ってお礼を言い、窓の外へ顔を向け、
「キンザァ!」
と町長を呼んでから下の階へと降りていった。
「私らも行こっか」
「ヤァ」
町長さんが自ら来てくれているのにここでじっと待つのも何様だ、という話なので、貴子は迎えに行くことにした。
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