第六章

第34話 泥棒たちの事情

 朝。

 ダニェルは、クゥツ宅の一室で、家主を除くクゥツ家の男たちと一緒にテーブルの席についていた。


「オォセン」


 クゥツの妻ナナサイや息子の嫁たちが手に料理の載った皿を数枚持ち、みんなの待つテーブルへとやって来る。


「メイ イス エレェイ シウ」


 それを見たダニェルは、席を立ち、ナナサイのところへ行って皿を受け取り、一緒にテーブルへと運んだ。


「サリィシャ、ダネェル」


 ダニェルが皿をテーブルに置くと、ナナサイが笑顔でダニェルの頭を撫でた。

 ダニェルは、嬉しくて、ナナサイへ微笑み返した。


「お~は~よ~」


 そこへ、低い声で挨拶をして貴子が部屋に入ってきた。

 髪はボサボサ、目が澱んでいて顔は少し膨らんでいる。


「あったま痛い……」


 二日酔いだった。


 昨日、クゥツ一家が貴子とダニェルのために感謝と歓迎の宴を開いてくれ、貴子はしこたま酒を飲んだためだった。


「タァグ オォフィン」


 みんなが貴子の元へ集まり、一家の恩人へ頬をくっつけて挨拶してくる。

 貴子も挨拶を返し、女たちに誘われてダニェルの横のテーブル席についた。


「……」


 ダニェルが白い目で貴子を見ていた。


「なぜにそんな目?」


 貴子が不思議そうな目で見つめ返す。


「タカコ、お酒、たくさん、飲んだ」


 一日一杯と約束していたのに、ということだ。


「え〜、昨日はしかたないよ。みんなお酒を勧めてくるし、断れないでしょ?」


「言い訳」


「言い訳じゃないってぇ」


 貴子が甘えた声を出してダニェルにくっつき、


「ほらほら、ダニエルも挨拶挨拶。おっは〜」


 頬タッチをしようと顔を近づけた。


「お酒、臭い」


 ダニェルが貴子の顔を押し返した。


「照れなくていいよ~、グヘヘヘ」


 あきらめない貴子。

 絵に描いたようなセクハラだった。

 みんなが貴子とダニェルのやり取りに微笑ましいものを見る目を向けていると、


「メイ ニス ポォマ」


 クゥツが外から帰ってきた。


「エイ、タカコ。タァグ オォフィン」


 クゥツは、貴子に気づいてハグと挨拶をしたあと、疲れた様子で椅子に座り、テーブルにある水で薄めた葡萄酒を一息に飲んだ。


 クゥツの姿をよく見ると、全身に汗をかき、髪はぐしゃぐしゃに乱れ、服はところどころ破れている。


「クゥツさん、どっか行ってたの?」


 貴子が聞く。


「泥棒の、いる、場所」


 ダニェルが答えた。

 ダニェルは、日の出とともに起きて畑仕事の手伝いをしていたので、すでに話を聞いていた。


「ああ、留置場とかそういうところね」


 貴子は、頷き、昨日のことを思い出した。


 貴子が子供を助け、チョンマゲ男を捕まえたあとのこと。

 町を守る兵士が十数名広場にやって来て、クゥツが状況を説明し、兵士がチョンマゲ男とクゥツの家にいる泥棒たちを連行していったのだった。


「何しに行ってたの?」


 貴子の言葉をダニェルが訳して伝えると、クゥツは、


「メイ ノォレオ シュ ルゥタ シュ ダ ラピヤグ ウィム クレサァン ジ カバク」


「『昨日の、事件、兵士と、話した』」


 と答え、そのあと、泥棒たちの正体と盗みを働いた理由を教えてもらったとみんなに言って、聞いた内容を話しはじめた。


 泥棒は、全員十代の孤児だった。


 シャダイの町から歩いて二日の距離のところにカテコという廃村があるのだが、そこには数年前から身寄りのない子供が住み着くようになり、今では五十人近くの子供が寄り添って暮らしていた。


 彼らはそのカテコ村の住人で、泥棒を働いた理由はこうだった。

 カテコ村のカルィンという少年とミハという少女が結婚することになった。


 村の生活は苦しいが、めでたいことなので式くらいは豪華なものにしようと全員で話し合い、みんなで貯めたお金を持って、カルィン、ミハ、村の幼い子供たち数人がシャダイの町に買い物のためにやってきた。


 そこで問題が起こった。

 初めての町にはしゃいで走り回っていた幼い子供たちがキルゴの兵士にぶつかり、兵士は、持っていた高価な香を落として地面にぶちまけてしまった。


 怒ったキルゴの兵士は、弁償するかキルゴ金貨を十枚払えとカルィンたちに要求したが、そのような大金は持っておらず、頼る親も大人もいない子供たちは払うアテがないことを告げてひたすら謝った。


 しかし、許してはもらえなかった。

 だが、兵士がミハの美しい容姿に気づき、代替案を出した。

 兵士は、好色な目でミハを見てこう言った。


「私が満足するまで私に奉仕しろ。断るなら、私にぶつかった子供たちを売り飛ばして責任を取らせる」


 と。

 ミハは、幼い子らのため、その提案を受け入れようとした。

 しかし、到底受け入れられない男がいた。

 結婚相手のカルィンだ。


 カルィンは、その案を撥ね付け、金を用意すると相手に約束し、数日後、カテコ村でも有名だったクゥツの家に目をつけ、仲間とともに泥棒に入った。


 そして、カルィンという少年は、長い髪を頭のてっぺんでくくった昨日の男だった。



 ……



「終わり」


 ダニェルが貴子に訳し終え、締めた。


「キルゴって何?」


 貴子からダニェルへ質問。


「国」


「よその国の兵士さんが何でマァリにいるの?」


「十年前、マァリ、戦う、負けた、から」


「戦争に負けたってことか。戦争があったんだね」


 そう遠くない過去に戦争があったことを知り貴子が驚く。


「じゃあ、マァリってキルゴに占領されてるの? こう、敵の兵士がブイブイいわせて、お前の国は俺の国、みたいな?」


 貴子がゼスチャーをつけて、『占領』を表現した。


「……ヤァ?」


 自信なさげなイエス返事。


「ま、おいおいわかるか。長い翻訳ありがとう、ダニエル」


 貴子がお礼を言って、


「なるほどねぇ。婚約者のためにねぇ……」


 みんなに遅れて理解し、しみじみと言った。


 泥棒行為なんて馬鹿なことを、と思っていたが、相手の事情を知ってしまうと貴子としては同情してしまう。


 クゥツ一家も大変な目に遭わされたとはいえ、どこか憐れむような表情だった。

 食卓が重苦しい空気に包まれた。


 パンパンッ


「タッグ マス オォセン」


 気分を変えるためだろう、クゥツは手を打ち合わせ、笑顔を作って言った。

 みんながクゥツに注目し、女性たちが、「ヤァ」と答えて動きだす。


「『朝、食事、する』」


 ダニェルの訳。

 貴子もクゥツへ目を向け、そういえばと気になっていたことを聞くことにした。


「ところで、クゥツさんの髪が乱れて服が破れてるけど、何があったの?」


 貴子が尋ね、ダニェルが伝えると、


「トア シィ セスネィ セファレェサ ジュウ ノォルグ メオ シュ オォニ ダ マァリヤ。メイ ジャケオ、コミ サァクネィ アテェオ メア タス コミ ラゼェネオ メア ヘイシェグ、ハッハッハッ」


「『魔女、会う、お願いする、人たち、いた。私、断った。みんな、私の、髪引いた、服破った、ハッハッハッ』」


 と返ってきた。

 ひどい目に合ったわりには楽しそうに笑っている。


「私に会いたい人がいたけど断ったの? 何で? 私会うよ?」


 貴子の言葉をダニェルが翻訳すると、それを聞いたクゥツは、


「ア~、ム~ン」


 難しい顔を見せた。

 話を聞いていたダニェルも、他のみんなも同じような顔をしている。


「何で全員そんな顔?」


 貴子がみんなの表情に首を傾げた。すると、クゥツが、


「タッグ ケェオ サイアセッグ ジェス メオ」


 貴子についてくるよう手で誘って椅子から腰を上げた。


「『私と、二階、行く』」


 と言ったらしい。


「二階? 何で二階?」


 貴子も席を立ち、わけがわからないままクゥツと二階へ向かった。

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