第29話 鐘楼

 貴子とダニェルが、謎の建物があるほうへと向かいながら町を観光する。


 服や装飾品を売っているお店に入ったり、食べ物を売っている露店を覗いたり、石を削って何かを作っている人を見たり、犬とたわむれたりと町を満喫しているうちに広場に出た。


 その真ん中付近に例の建物が建っていた。


「たっかいな〜」


 貴子が顔を上向けた。


「すごい、高い、の、建物、初めて、見た」


 ダニェルもノドを反らせて見上げた。


「ははあ〜、コゥンコゥンね。なるほどなるほど」


 ダニェルの言っていた『ヒィプ』の正体が判明し、貴子が首を縦に振った。

 『ヒィプ』とは、


「鐘ね」


 青銅製の巨大な釣り鐘のことだった。

 遠くから見えていた建物は、高さ二十メートルはあろうかという鐘楼だった。

 青い空をバックに白い鐘楼がよく映えている。


 鐘楼の横には建築途中の建物、そこから前に二十歩ほど進むと綺麗な水を湛える、直径十メートル近い円形の水溜めがあり、中央には、足首まで届きそうなほどの長い髪で体の線が細い全裸男の石像が、『ヴィーナスの誕生』みたいなポーズで台座の上に建っていた。


「あの男の人って誰だろ?」


 貴子が聞くともなしに疑問を口にすると、


「水の神様。セミエイシィン」


 ダニェルが答えを言った。


「へ~、神様か」


 その神様の石像が建つ水溜めでは、女性たちが食器や服を洗っており、そばにいる子供たちは、楽しそうに走り回ってはしゃいでいた。


 賑やかでありながらのどかでもある、とても良い町だと貴子は感慨にふけった。

 しばし貴子とダニェルが広場の景色を眺めていると、


 カーンコーン カーンコーン


 鐘楼の鐘の音が町中に鳴り響いた。


「ビ、ビックリした〜」


 突然の大音量に貴子は鐘楼を見上げ、心臓が跳ね上がった胸を押さえた。


「マ、マッテバ~」


 ダニェルも驚き耳を塞いだ。

 鐘は、三度鳴らされ、あとに余韻を残して静まった。


「何で鳴ったんだろ?」


 貴子が首を傾げる。


「多分、お昼の音」


 ダニェルが太陽を指でさした。

 貴子が手をかざして空を仰ぎ見た。


「なるほど、そういう鐘か」


 太陽は、ほぼ真上にあった。


「タカコ、クゥツの家、行く」


 言って、ダニェルが荷袋から簡単な地図が書いてある板を取り出した。


 クゥツとは、サットが以前この町にいた時にお世話になった男性で、「シャダイの町に行くならぜひ訪ねてくれ。とても良い人だから、君たちのことも喜んで迎えてくれるだろう(ダニェル訳を貴子が脳内変換)」とサットが紹介してくれた人だった。


「そうしよっか。場所わかる?」


「大丈夫」


 ダニェルは、前に貴子から教えてもらったオーケーマークを指で作り、


「こっち」


 地図を見て歩き出し、貴子は、後からついて行った。



 ◇◇◇



 シャダイの町中を、ダニェルが迷いなく歩いていく。


 貴子も後ろを歩きながらダニェルの持っている地図を覗いてみたが、書いてある字は当然のごとく読めないし、道を描いた線もぐにゃぐにゃしていてまったく理解できなかった。


 あらためて、ダニェルがいてくれて良かったと思う貴子だった。


 歩き始めて約十五分後。

 人気の少ない通りでダニェルは、立ち止まり、


「ここ」


 目の前の壁を指さした。


「ここ? この壁の向こう側ってこと?」


「ヤァ」


「こりゃまた立派な」


 貴子が驚いた表情で壁を見る。

 石を組んで造られた壁は、高さが成人男性の平均身長くらい、貴子から見える壁の長さは、少なくとも百メートルはあったからだ。


「サットさんから大きい家って聞いてたけど、想像以上だわ、これ」


「私も」


「ごちそう食べられそう。お酒も楽しみ、グフフフ」


 貴子がいやらしく笑う。


「お酒、一日、一杯だけ」


 ダニェルから貴子へ注意。


「わかってるって。あっ、あそこ門がある」


 貴子が木製の門に気づき、二人はそちらへ移動した。

 門の前に立ち、


「私、呼ぶ」


 ダニェルが言って、息を吸い、声を出そうとしたところで、


 ギィ


 と門がきしむ音を鳴らして内側から少しだけ開き、眉毛の太い男性が顔を出した。

 なぜか、マスクをするように白い布で鼻と口を覆っていた。


「オゥ、タァグ ウィミィン」


 とっさにダニェルが挨拶をして、


「メア ソミエ シィ ダニェル。メイ テケェオ トゥワ シュファイ――」


 要件を伝えようとすると、


 バンッ


 大きな音とともに扉は閉じられた。

 ガタンっと乱暴に閂がかけられる音も聞こえてきた。


「……」


 ダニェルが中途半端に口を開けたまま固まり、


「何だ、今の?」


 貴子が頭にハテナマークを浮かべて門を見つめた。


「……ハゥン?」


 フリーズしていたダニェルが、耳に手を当てた。


「どうしたの?」


「話す声、する」


「声?」


 貴子が耳を澄ます。


「あ、ホントだ」


 微かだが扉の向こう側から複数人の声が聞こえてきた。

 言い争っているような口調だ。


「何言ってるかわかる?」


「男の声、『私、言った。扉、たくさん、開ける、ダメ』。違う、男の声、『でも、兵士、来る、気になる』。男の声、『あなた、バカ』。違う、男の声、『痛い。私、悪い、だった』」


「ふんふん」


 つまり、


「俺言っただろう! 扉を何回も開けるなって!」

「でも兵士が来るか気になったんだ!」

「お前はバカだ! ポカリ(どこかを叩いた)」

「いて! 悪かったよ!」


 だろう。

 貴子が頭の中でわかりやすくまとめた。


「で、どういうこと?」


 まとめたが、意味は不明な貴子。


「わからない」


 ダニェルもわからない。


 二人がそろって首を傾げていると、再び門が開かれ、今見たばかりの眉毛が太い布マスクを着けた男が姿を現し、


「ハヤァ」


 と目尻に笑い皺を作って挨拶したあと、


「レシィレ テカ オク」


 ホテルのベルボーイのように二人を中へ招いた。


「……入ろっか」


「……ヤァ」


 二人は、男の姿を訝りつつも、とりあえず招かれるまま歩き出し、敷地内に足を踏み入れた。

 すると、すぐに扉が閉まり、閂がかけられ、


「ヤッ!」


 扉の陰に隠れていた複数人の白い布マスクをつけた男が貴子とダニェルに飛び掛かり、二人を地面に押し倒した。

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