第30話 マスク姿の男たち
「いてっ!」
「アウッ!」
うつぶせに潰され痛みに声を上げる二人に、男たちが顔を近づけ、
「ベェウ エ タァグ サピ!」
低く押し殺した声で言った。
「い、いきなり何すんだ! どけ!」
貴子が身じろぎして、自分たちにのしかかる男たちへ怒鳴った。
そんな貴子の前にひとりの男が立ち、
「カァギン クォム! カァギン トォム エ タプ!」
威圧的に言ってきた。
「ああん!?」
顔を怒らせ貴子が頭を上げる。
そこには、長い髪をつむじ辺りでくくった、やはり顔に布マスクをつけているチョンマゲ頭の男がいた。
「『動く、ダメ。うるさい、ダメ』」
突然のことに驚いていたダニェルが遅れて訳した。
「ベェウ コナァ! ベフィ シウ ゼスギン、シウ イス クアック ラァウ!」
チョンマゲ頭の男がつづけて何かを言って刀身の短い剣を鞘から抜いた。
「『静か、する。静か、しない、あなた、怪我する』」
ダニェルが訳し、それを聞いた貴子は、
「上等だボケェ! やってみろやチョンマゲ野郎!」
さらにヒートアップ。
己の意識に集中し、
「風よっ、このボケナスどもを吹き飛ばせ!」
魔法を発動させた。
不自然な空気の流れが男たちの周りに起き始める。しかし、
「シウ ディ クゥツ ジ メニデシャイ、ディギン シウ!? ベフィ シウ カァギン フォリ コナァ、クゥツ シウ クアック ラァウ ヤ!」
さらに言ってくるチョンマゲ男の言葉を聞いて、
「タカコ、魔法、ダメ!」
ダニェルが止めた。
「え!? ちょっ!? やっぱなし! 風っ、今のなし!」
ダニェルの待ったの声に貴子があわてて魔法をキャンセルした。
突如として吹き出した風は、多量の土を払っただけですぐに収まり、
「……ハ、ハゥン?」
男たちは、キョトンとした顔で飛んでいく土を眺めた。
「どうしたの、ダニエル? 何で止めるの?」
そんな男たちを尻目に貴子が尋ねた。
「男、言った。『あなたたち、クゥツの仲間? 静か、しない、時、クゥツも、怪我する』」
ダニェルがチョンマゲ男の言ったことを訳した。
「クゥツもって……クゥツさん、こいつらに捕まってるってことかな?」
「そう思う」
「そっか。それで魔法止めたのか」
貴子が理由を理解した。
ここで連中を倒したら、クゥツのそばに連中の仲間がいた場合クゥツが怪我をする、というわけだ。
「はぁ」
貴子は、ひとつ息を吐き、
「しゃーない。状況がわかんないし、とりあえずおとなしくしとこっか」
金属バットを手放して、相手が手を出してこない限りにおいては、じっとしていることにした。
「それ、いい」
ダニェルが賛成。
貴子がおとなしくなったのを見た男たちは、二人の荷物を奪い、手首を縄で後ろ手に縛った。
「ゼスギン サハ エソォク マァリ ケット?」
チョンマゲ男がダニェルに何かを聞く。
「ヤァ」
ダニェルは頷き、
「ジュウ ディ シウ カッグ?」
今度は、ダニェルからチョンマゲ男に質問。
「バフ サイ」
チョンマゲ男は、そっけなく答えてダニェルの荷物の中を調べだした。
「男、『女、マァリ語、話す、無理?』。私、『はい。あなたたち、誰?』。男、『黙る』」
ダニェルが日本語に変換。
「自分は聞いたくせに」
文句を言って貴子がうつ伏せ状態のまま男たちを見上げた。
男たちは全員で八人。
みんな布マスクで顔の下半分を隠しているので表情がわかりづらい。
ダニェルの荷物をチョンマゲの男が、貴子の荷物を太眉毛の男が漁る。
「女性の荷物を漁るってあんたすごいね。ド変態だね」
相手が日本語を話せないので貴子は好きに言った。
「ハゥン?」
チョンマゲ男が荷物の中に、文字の書かれた一枚の板を見つけて取り出した。
サットが書いてくれた、クゥツへの紹介状だった。
「レミ メア マイニィ クゥツ。フェズ ディ シウ?」
チョンマゲ男は、声に出して内容を読み始めた。
周りにいる男たちがそれに耳を傾ける。
男は、紹介文を読み進め、
「エシャ テビ ウォ ギン、タカコ シィ エ マァリヤ。タカコ ジ ルルゥカ ネレェオ メオ……」
一旦ストップ。
板から顔を上げ、
「タカコ?」
貴子を指さして聞いてきた。
「ヤー」
貴子が面倒そうに返事をした。
男たちの視線が貴子に集まる。
「……ディ シウ エ マァリヤ?」
「『あなた、魔女?』」
ダニェルの訳。
多分、紹介状に『貴子は、魔女なんです。』という文が書いてあっての質問だろうと貴子にもわかった。
しかし、何者かわからない連中に正直に話す気はないので、
「『それってサットさんの冗談だよ』って言っといて」
そうダニェルに頼んだ。
「ザノ シィ サット ジ ビヨン」
ダニェルが言われた通り伝える。
「ハハハ、ヤァ、スナァイ。テビ シィ セゾノウ シュ マス エ マァリヤ」
「アハハハ、サハ シィ エ マァリヤ? テビ トォムグ メオ カファ」
男たちは笑い、チョンマゲ男と眉毛の男が何かを言った。
「何て言ったの?」
だいたいの予想はつくが、貴子は一応ダニェルに聞いてみた。
「『そう思った。魔女、いる、バカ話』。『その女、魔女? ウケる』」
ダニェルが苦い顔で訳。
「……お前ら後でボッコボコにしたる」
貴子が静かにキレた。
「レシィレ エィディ ダノ ウォルキィ。メイ ニス コムニフィン アゥス シウ。ロタ シア マイニィ、サット。フンフン」
紹介文を読み終えたチョンマゲ男がコクコクと頷き、
「シウ テケェオ テイ エ ビズ ヒルキ」
貴子たちへ何かを言って紹介状の板を荷袋に戻した。
「『あなたたち、来る時、悪かった』」
ダニェルの訳。
チョンマゲ男は、ダニェルの荷物を隅まで漁り、金の入った小袋を見つけ出すと目を細くして喜び、それを仲間に渡した。
そして、荷袋は返さず貴子とダニェルを立たせ、どこかへ向けて歩き出した。
布マスク連中に背中を押され、二人が後について行く。
男たちに囲まれた状態で歩く貴子とダニェルが、ここにきてようやくクゥツ宅の敷地内を見回した。
周りには、特別大きな建物はなく、二階建ての家が数軒、小屋が数軒ポツポツと距離を置いて建っていて、敷地内のほとんどは畑だった。
サットの話によると、クゥツは様々な植物の研究をしているとのことだった。
サットは、ここで働いているときに、病気に強くて痩せた土地でもしっかり育つ麦の品種改良に成功した。
その麦で金を稼ぎ、キリィシァ村に戻って、稼いだお金と生育に優れた麦を村に提供して故郷を豊かにしたのだった。
貴子とダニェルが辺りへ目を向け歩いていると、前を行くチョンマゲ男が一軒の小屋の前で止まった。
扉前には布マスク男が二人立っており、チョンマゲ男は、
「オォカス」
と男たちに声をかけ、彼らと少し話をしてから貴子とダニェルを預け、仲間と一緒にどこかへと姿を消した。
二人の男は、横開きの小屋の扉を開け、
「テカ オク」
貴子たちを乱暴に中へと押し入れた。
「あたっ」
「アウッ」
背中側で手を縛られているためうまくバランスが取れず、貴子とダニェルが床に転がった。
「リベィオ シウネル」
静かにしてろという風に人差し指を口の前に立てて、男たちは扉を閉めた。
「お前ら、この、サンピンどもが……」
イライラが溜まっている貴子が上半身を起こし、閉められた扉を睨み上げ、
「タカコ、我慢」
ダニェルがなだめる。そこへ、
「ディ シウ タァク スナァイ? ジュウ ディ シウ?」
後ろから、誰かが話しかけてきた。
「え?」
「ハゥン?」
二人が振り返る。
そこには、二十人近い老若男女がいた。
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