第28話 武田スポーツ用品店
貴子とダニェルは、予定通りに旅をつづけ、数日後、目的地であるシャダイの町が見えるところまでやってきた。
「町!」
ダニェルが道のずっと先を指さして貴子に知らせる。
「私、点しか見えないけど、あれが町なの?」
貴子がおでこに手で庇を作って目を細めるが、よくわからない。
貴子も視力は良いほうだが、ダニェルは、もっと良かった。
そこから歩くこと約三十分。
貴子の目にも、町の外容がはっきりと見えてきた。
高さ五メートルほどの壁が広く長く町をぐるりと囲んでおり、一定の間隔を置いて見張り塔が建てられ、塔にいる兵士が外側へ目を向けていた。
町中の様子は壁で見えないのだが、町の真ん中あたりにあると思われる細くてやたらと高い建物が五メートルの壁越しにでも見ることができるくらい突き出ていた。
「はあ〜、でっかい町だな〜」
貴子が感嘆のため息を吐いて街壁を眺めた。
「でっかい町だな〜」
ダニェルも口を開けて貴子を真似る。
貴子が自分の真似をしたダニェルを見て、ダニェルも貴子を見た。
「フフフ」
目が合った二人が笑い合う。
貴子もダニェルも、大きな町を前にして気分が高揚し、歩くスピードも自然と速くなっていった。
……
町の門の前に二人が着くと、そこには長い行列ができていた。
「何だこの列? 事故?」
貴子が列の先頭がある町の入り口を見た。
そこには鎧姿の男の兵士が数人いて、並んでいる人が彼らにお金を払っていた。
「ああ、町入るのにお金取るのか」
納得の貴子。
「タカコ、並ぶ」
「うん」
ダニェルに呼ばれて貴子も列の最後尾についた。
十五分ほどして貴子たちの順番が回ってきた。
「ハヤァ」
一人の兵士が話しかけてきたので、
「ハヤァ」
ダニェルが対応。
二言三言話したあと
「サァリ メオ ダ オクレェサ ソワ シア マルホ」
兵士が何かを言って、
「サァ。男、荷物、中、見る」
ダニェルの返事と説明。
貴子とダニェルは、肩から斜めに下げている荷袋の中を兵士に見せた。
兵士が中を覗く。
兵士の格好は、足に脛当て、腕に手甲、チュニック型の服の上に腰垂れ、筋肉を型取ったような胸当て、頭には赤い鶏冠付きの兜。
今すぐにでも戦に行けそうなフル装備だった。
後ろに控えるようにして立つ、同じ格好の男三人は、手に槍を持っていた。
本格的な装備を貴子が好奇心丸出しの目でジロジロ見やる。
「イカしてんなぁ」という視線である。
兵士たちも同様に貴子のことをジロジロ見ていた。
「何だこの女の服装?」という視線である。
「サァリ メオ ザノ ヤ」
持ち物検査をしていた兵士が貴子の持っている金属バットへ目を向けて、カモンという感じに手を動かした。
「バット、渡す」
ダニェルが指示し、
「はい」
貴子が渡す。
「ムン」
兵士は、受け取ると、
「フォウッ!?」
ひっくり返った声を出した。
目をまん丸にして、手に持つ金属バットを見たかと思うと、ノックをするように叩いたり、軽く振ったり、転がしたりと遊び始めた。
さらに、持ち物検査の兵士が自分の行動を訝しむ後ろの兵士にも金属バットを持たせると、みんな素っ頓狂な声を上げて驚き、わいわいと盛り上がりはじめた。
「この人たち何してんの?」
貴子がダニェルに聞いた。
「金属バット、鉄の棒。でも、とても、軽い。みんな、ビックリ。私も、最初、ビックリ、だった」
「へ~」
それってそんなに驚くことなんだ、と貴子も驚いた。
「エイ、ハセウ コゥク シウ ワス アリ エピオ?」
持ち物検査の兵士が金属バットを前に出して貴子に聞いてくる。
「『これ、買った、どこ?』」
ダニェルが翻訳した。
「武田スポーツ用品店」
貴子が答えた。
「タケダスポーツヨウヒンテン」
ダニェルがそのまま伝えた。
「タケダスポーツヨウヒンテン」
兵士がそのまま復唱した。
兵士は、いい情報を聞いたとばかりにそれをすぐ木の板にメモし、
「メイ イス アリ デト シュ シウ」
貴子へ金属バットを返し、
「カァナ マァリ ヘティク ビング」
右手のひらを前に出した。
「サァ」
ダニェルがお金の入った小袋から銅貨六枚を取り出して、そこに乗せ、
「メイ レッセンキィ スェイデオ」
兵士がお金を確認して手続き完了。
「シウ ゼス ケェオ セイレェ」
「行っていいぞ」という具合に頭を町のほうへ少し倒した兵士に、二人は頷いて答えて門をくぐった。
「ふお〜、すんげぇ〜」
「フェズ タァマ……」
眼前に広がるシャダイの町。
貴子とダニェルが門の前に突っ立って、おのぼりさん丸出しで首をあちこちへ動かした。
大小ばらつきはあるものの整然と立ち並ぶ漆喰壁の建物、それらへ延びている水汲み場からの水道管、石を埋め込み敷いている車輪の
これまで見てきた村とは格段に規模が違う、都市と呼ぶべき大きな町だった。
「すげぇ……都会だよ、都会」
「人、たくさん。家、たくさん。私、ビックリ」
二人並んで町の様相に見入った。
「ここでもトーガっぽいの着てる人多いな」
貴子が町の人の服装に注目した。
ワンピース型の服の上から外衣としての布を袈裟懸けに身につけている人が多く見られた。
「前から思ってたけど、この世界の服とか建物とかさっきの兵士さんの格好とかって、古代のギリシアかローマみたい」
貴子が映画の中で再現されていた二千年前の地中海付近の光景を思い出した。
「古代? ギリシア? ローマ?」
隣りでダニェルが首を傾げる。
「古代っていうのはね」
貴子がダニェルに説明しようとすると、
「エイエイ、クアック セファ ソワ メア キェイ」
後ろにいた男数人が手で払うような仕草を見せ、二人に何かを言ってきた。
「『道、開ける』」
ダネェルが貴子の手を引いて移動しながらの訳。
二人は、門の前に突っ立っていたので迷惑がられたのだった。
「あ、そうか。ごめんごめん。エイィシャ」
貴子が道の端に寄って謝ると、男たちは早足に通り過ぎていった。
男たちが去って行く方向へ二人が目を向けた。
そちらは町の中心部へつづく通りで、町の外からも見えた細長い建物が、遠くに聳えていた。
「あれ何だろ?」
貴子が目を細め、その建物を観察するように見た。
「上、ヒィプある」
目の良いダニェルには、建物の上に付いているものが見えた。
「ヒィプって?」
「コゥンコゥン、大きい音、鳴る、銅」
「何それ? 音波兵器?」
「オンパヘイキ? 何それ?」
「……」
「……」
話が進まない。
ということで、
「見に行こっか!」
「ヤァ、行く!」
二人は、謎の建物目指して歩き出した。
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