第五章
第27話 五年前
「五年、前。お母ちゃん、いない、なった」
シャダイの街へとつづく街道脇にある木陰。
腰を下ろして休憩中のダニェルと貴子。
貴子の、「お母ちゃんがいなくなったのいつ?」という質問にダニェルが答えた。
道中、貴子は、ダニェルに母親のことを何度か聞こうとしたが、ダニェルを置いていなくなったという前情報があるだけに聞き辛かった。
しかし、ダニェルの母親を探す以上触れないわけにはいかないので、休憩のタイミングで思い切って話を切り出したのだった
「五年前って、その時ダニエルは何歳?」
「四歳」
ということはダニエルは今九歳か、と貴子は初めてダニェルの年齢を知った。
「お父ちゃんは? スィンさんがお父ちゃん?」
「スィン、ハァラの、夫。お父ちゃん、最初から、いない」
「二人は親戚で育ての親だったんだね……それで、お母ちゃんは、何でいなくなったの?」
デリカシーのない質問だとは認識しつつも、貴子は、ダニェルの母親の情報を得るためと割り切り、つづけてダニェルに聞いた。
「理由、わからない」
「そうなの? お母ちゃんの妹のハァラさんも知らないの?」
「知らない」
ダニェルがブンブン顔を左右に振る。
ダニェルは、貴子と話している間、体育座りでアゴを膝に乗せ、ずっと足先にある花を見つめていた。
「そのう……五年前、何があったの?」
貴子がおずおずと横目にダニェルの表情を窺いながら尋ねた。
「五年前、お母ちゃんと私、エビィの村、来た」
「エビィって、ダニエルの住んでた村の名前?」
「ヤァ。お母ちゃんと私、ハァラとスィンの家、来た。お母ちゃん、『この子、ダニェル。私の子供』言った。二人、驚いた。でも、二人、話聞く、しなかった」
二人は、ダニエルのお母ちゃんに子供がいたことを知らなかったのだろう。
だから驚いたし、話を聞かなかったのは、訳ありっぽい雰囲気だったのですぐには聞けなかったのかもしれない。
ダニェルが経験した当時の状況を、貴子が頭の中で整理していく。
「お母ちゃんと私、部屋、行った。私、長い旅、疲れた。ベッド、行った」
「ふんふん」
「私、すぐ、半分、寝た。お母ちゃん、私の頭、撫でた」
「うん」
「お母ちゃん、『ごめんなさい』、言った、あと、私のほっぺ、たくさん、キスした」
「……うん」
「私、謝る、理由、わからない。でも、私、とても疲れた、寝た」
「……」
「起きた。お母ちゃん、もう……いなかった」
ずずっと鼻をすすって、ダニェルが涙で潤んだ目をゴシゴシと腕で擦った。
ダニェルは、泣くまいと涙を堪えていた。
一方、貴子は、
「うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ」
ものすごく泣いていた。
「ぐすっ、えぐっ、ずずーーーっ、うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ、ぐふぉっ」
涙と鼻水を垂れ流して泣いていた。
「オゥ……」
貴子のあまりの泣きっぷりに、ダニェルの涙が引っ込んだ。
「タカコ、ハンカチ」
ダニェルが貴子へ渡す。
「ぐすっ、あ、ありがとね」
それを受け取り、貴子が涙を拭った。
悲しい話に貴子は泣いてしまったが、ダニェルの母親は、息子に愛情を抱けないという理由で別れたわけではなさそうな点については、少しホッとしていた。
……
「ごめんごめん、突然泣いたりして」
十分ほどして、ようやく貴子が落ち着いた。
「ハンカチありがと」
びしゃびしゃのハンカチをダニェルに返した。
「……」
ダニェルがつまむようにして受け取った。
「ダニエルはさ、長い旅してエビィの村に来たって言ってたけど、前はどこにいたの?」
「覚える、ない。太陽、出る方向、から、来た、覚える」
「ほぼ今進んでる方角だね。じゃあ、このまま進む? それとも、お母ちゃんがいそうな場所わかる?」
「わからない。このまま進む」
「うん。お母ちゃんって何て名前? どんな見た目?」
「名前、ネィラ。金色の髪、美人、良い匂い、おっぱい大きい、ハァラ、似てる」
「ふんふん」
貴子が頭に人物像を思い描く。
金髪美女でハァラさんそっくりのネィラさん。
ハァラさんは、ダニエルと同じアーモンドアイでかなりの美女だった。
ハァラさんに似て美人なら相当目立つだろうから、案外すんなり見つかるかもしれない。
「ダニエルの旅の目的は、お母ちゃん探しだったんだね」
「ヤァ」
「お母ちゃん、何でいなくなったんだろうね」
「不思議」
「早く会いたいね」
「とても、会いたい」
ダニェルが空を見上げ、貴子もつられて顔を上げ、
「お母ちゃんか……」
日本にいる自分の母親を想った。
お母ちゃん、私がいなくなって心配してるだろうな。お父ちゃんも。
ごめんよ、お父ちゃん、お母ちゃん。
心配かけるけど堪忍しておくれ。
お土産に、人魚のお肉とかドラゴ◯ボール持って帰るからさ。
あるのか知らんけど。
貴子は、心の中で許しを乞うた。
「ところでダニエル」
「ハゥン?」
「日本語が一段と上手くなったね」
過去形の言葉などをいつの間にか使えていることに、貴子は内心驚いていた。
「ヤァ。病気治った。突然、上手い、なった」
「ふぅん。頭の中で何かがはまったのかな」
理由はわからないが貴子としては感心するばかり。
「私もダニエルくらい話せたらいいんだけどねぇ」
感心するばかりで言葉を覚える努力はしない。
「タカコ」
「ん?」
「言葉、話す、魔法、ない?」
「その手があったかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
貴子が叫んだ。
「(ビクッ)」
ダニェルがビクッとした。
「ナイスアイデアっ、ダニエル! よぉし、んじゃあさっそく」
貴子が目を閉じて集中力を高める。
頭の中にダニェルと同じ言語が話せる自分をイメージする。
「(……言語を話せる魔法というか、自動言語翻訳の魔法か? う~ん……)」
うまくイメージが固まらない。
それでも貴子は、
「(クワッ)」
と目を開け、
「自動翻訳アプリケーション!」
必殺技っぽい感じに叫んだ。
「(ビクッ)」
ダニェルがビクッとした。
「ダニエル」
貴子がダニェルを呼んだ。
「何?」
ダニェルが聞いた。
「私の言ってることわかる?」
「わかる」
頷いた。
そりゃわかるよなと貴子も頷いた。
「マァリの言葉で何か喋ってくれる?」
「メア セザニィフ シィ オォバ ブリュク」
「まったくわからん」
貴子は、理解できなかった。
「言葉がわかる魔法は使えないみたい。残念」
早々に諦めた。
「ヤァ。残念」
ダニェルが慰めるように貴子の腕をポンポンとたたいた。
「ちなみに、今なんて言ったの?」
「私のハンカチ、すごい、びちゃびちゃ」
「……洗って返すね」
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