第26話 愛いやつ

「マルシャ、どこに行ったんだろう?」


 サディのことなどさっさと忘れ、マルシャを心配する貴子。


「わからない」


 ダニェルは、首を横に振って、


「でも、サディ、怖い、だから、逃げた、思う」


 そう予想した。


「だろうね。私もそう思う」


 貴子が同意。


「か弱い女子って感じの人だったから、無事逃げられるといいけど」


「ヤァ」


 二人は、マルシャを想い無事を祈った。


「タカコーーー! ダニェーーール!」


 が、無事を祈った相手が走ってきた。


「マルシャ!?」


 二人が声をそろえてマルシャを見た。

 マルシャは、二人の前で止まると、


「マァリヤ!」


 と言って貴子に抱きついた。


「シウ ディ エ イォ マァリヤ、ディギン シウ! ワァオッ、メセナフィン! テビ シィ メセナフィン!」


 もともとトロンとした甘い顔立ちの表情を、さらに甘い笑顔に変えて興奮気味に話すマルシャ。


「『あなた、本物の、魔女、だった。すごいすごい』」


 逃げていなかったマルシャに驚いているダニェルの訳。

 マルシャのテンションに押されつつ、貴子は、


「あ、ありがとう。それよりマルシャ、逃げたんじゃ……」


 なかったの、と言いかけて、


「……マルシャ、黒くない?」


 マルシャの様子に気づいた。


「マルシャ、シア ヘイシェグ ディ ネビィス」


 ダニェルも気づいてそのことを指摘した。


「オゥ」


 指摘されたマルシャは、自分の状態を思い出して貴子から放れた。

 マルシャは、服も顔も手も黒く汚れていた。

 抱きつかれた貴子も汚れていた。


「オゥ……」


 貴子がヘコんだ。


「ハウム ディ シウ ネビィス? 『汚れる、どうして?』」


 ダニェルの質問とその内容。


「ムフフ」


 マルシャは、尻下がりの目をさらに下げた含み笑いを見せ、手に持っていた子供の頭くらいの大きさの、パンパンに膨らんでいるズタ袋を目の前に持ち上げて口紐をほどいた。


 マルシャが中身を二人に見せる。

 金貨や銀貨、宝石の類が入っていた。


「わ!?」


「ホァッ!?」


 貴子とダニェルが驚きに目を見張った。


「こ、これ、ど、どうしたの?」


「ハ、ハセウ コゥク シウ クアック アリ?」


 二人が尋ねると、マルシャは、笑いが止まらないといった表情で、


「メイ クオック ロタ エ ボナック タリヤ ジ シナァジ」


 雨でずいぶん前に火が消えていた、太鼓腹の男のテント跡を見て説明した。


「『太い、男の、テント、から、もらった』」


 ダニェルが呆れと驚きの混じった顔で翻訳。


「マジで!? パクったの!?」


 貴子もマルシャの見た目と合わない意外で大胆な行動に目を丸くした。


「すごいなマルシャ……それで服と体が真っ黒なのか」


 貴子がマルシャの全身を見た。

 マルシャが汚れているのは、燃え落ちたテント跡を漁っている時についたすすだったんだとわかった。


「それにしても、いっぱいあるねぇ」


 貴子がお宝でパンパンになっているズタ袋の中を覗く。


「メイ イス ビネイ シウ ロブ エ ワイマ。ビネイ メオ シア カァダ」


 何かを言って、マルシャが袋の中に手を突っ込んだ。


「『二人、へ、分ける、あげる。手、出す』」


 ダニェルが翻訳し、


「え!? 分けてくれるの!? いいの!?」


「ディ シウ ホォクナイ?」


 貴子の言葉をマルシャに伝え、


「ソワ キネェク。メイ ビウ オォリ シュ クアック アリ ベルゥゲ タカコ ビウ エ マァリヤ」


「『いい。これ、取れた、理由、貴子、魔女、だった。』」


 もう一丁翻訳した。


「私のおかげでパクれたからいいってことか! やったね! ありがとうマルシャ!」


 貴子が大喜びでマルシャの前に両手を揃えた。

 マルシャは、袋からお宝を選び出し、


「トォワ」


 真珠を一粒渡した。


「しょっぺぇな、おい……」


 貴子がガッカリした。


「サリィシャ、タカコ、ダニェル」


 マルシャは、二人に礼を言って、頬に口づけをすると、


「テビ シィ ケリナァセス ハス ダ タリヤ グ テカ デト、メイエ メイ ニス ケェオフィン ビセナァ」


 近くにいた馬のほうへ走って行った。


「『男たち、戻る、とき、めんどくさい。私、もう行く』」


 ということらしい。


 マルシャは、ズタ袋を馬の背に乗せ、ひらりとジャンプして裸馬に跨り、たてがみを掴むと、


「テェデ、タカコ、ダニェル」


 二人に別れを告げ、


「ハッ」


 馬の腹を蹴り、颯爽と駆けて行った。


「テェデ、マルシャ」


 ダニェルがマルシャを見送る。


「テェデ、マルシャ。元気でね」


 貴子も手を振って見送り、


「気弱な女子かと思ってたけど、たくましい人だったのか」


 マルシャへの印象を改めた。


「フジ子ちゃんみたいでカッコ良かったな」


「フジコちゃん?」


 よくわからないダニェルが首を傾げた。



 ◇◇◇



「んん~~~」


 森の中から街道へ出て、貴子がぐーっと伸びをした。

 空にあった雷雲は流れてゆき、草原には陽が射しはじめていた。


「んしょっと。じゃあ、行こっか」


 サディに返してもらった荷物を肩にかけ、貴子がダニェルを促す。


「……ヤァ」


 なぜか暗い顔のダニェル。


「どうしたの? まだ、体の調子悪い?」


「(ブンブン)」


 ダニェルが顔を横に振って答えた。


「そう? でも、休憩多めに取りながら行こう」


「……ヤァ」


 やっぱりテンション低めのダニェルである。


「え~っと、どっちだっけ?」


 道は一本道だが、どちらが目的地の方向か貴子にはわからない。

 ダニェルは、


「……あっち、シャダイの、町」


 一方を指さし、


「……あっち、私の、村」


 もう一方も説明し、


「村、まだ、帰る、しない。お母ちゃん、探す」


 付け加えた。


「ああ、そういうことか」


 ダニェルが暗い顔をしている理由に気づいた貴子。


 昨夜、自分が、「ダニエルは、村に帰したほうがいいのかも」と言ったことを気にしているのだとわかった。


 貴子は、


「うん。一緒に旅をつづけよう」


 ダニェルを安心させる意味でも笑顔で言った。


「本当!?」


 ダニェルのテンションが一瞬で上がった。


「本当だよ。昨日、ダニエルが病気になって、私もダニエルいないと寂しいなって思ったんだ。だから、一緒に行こう。私もダニエルのお母ちゃん探すよ」


「タカコー!」


 ダニェルが貴子の腕に抱きついた。


「フフ、愛いやつよのう」


 貴子は、戦国大名のように微笑んだ。


「ほんじゃ、仕切り直して。行くぞ!」


 貴子が右腕を突き上げる。


「ヤァ!」


 ダニェルがそれを真似して元気良く答え、二人は、次の町へ向けて歩き出したのだった。

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