第25話 魔法の呪文
「燃〜えろよ燃えろ〜よ〜♪」
歌いながら、しばし燃えるテントを眺める貴子。
「ちょっとスッキリかな」
目の前の光景に少しだけ溜飲を下げた。
「あとは、連中をどつきまわして……」
貴子が周りを見た。
四、五十人いた男どもが消えていた。
「あれ?」
「みんな、逃げた」
ダニェルが教えた。
「なぁんだ」
残念な貴子。しかし、
「あ、サディがいるじゃん」
貴子の後方に、一人残って燃えるテントを見つめているもっさり白ヒゲの老人、サディがいた。
「サディ」
貴子が近づく。
「あんた、よくも私らを売ってくれたね。お金払うって言ったのに」
「……」
無反応のサディ。
虚ろな目で炭になっていくテントを見つめている。
「おい、もっさりヒゲ。聞いてんのか?」
貴子がサディのヒゲを引っ張った。
「タァク メア エデッグ レェツェオ エド……」
小声でぶつぶつ何かを言うサディ。
「『私の、売る、物、燃えた』」
ダニェルの訳。
「あんたのもあそこにあったの? ハッハッハッ、そりゃお気の毒様。ウケる」
全然気の毒そうではない貴子。
「ウオォォォォォォォォォォッ!」
突如、老人らしからぬ気勢でサディが吠え声を上げた。
「え、何? 怒った?」
貴子とダニェルが身構える。
「オォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
サディは、吠えながらトーガを脱ぎ捨て、着ていた衣を引き裂き、ふんどしみたいな下着一枚の姿になり、
「ウワ~~~~~ンッ」
子供のように泣き出した。
「ウワ〜〜〜〜〜ンッ、ウオ〜〜〜〜〜ンッ」
泣きながら髪とヒゲをむしって捨てた。
そこへ雨が降ってきた。
「ウワ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンッ」
サディは、天を仰ぎ、雨に打たれて号泣した。
「何だこいつ?」
貴子が気持ち悪がった。
裸で泣いてるお年寄りを見て怒りも萎えた。
「トォイ ソォフ テビ!」
サディが急に貴子へ向けて声を荒げた。
「『燃えた、物の、お金、払う』」
感情の浮き沈みが激しいサディに引いているダニェルの訳。
「は? 弁償しろってこと? ざけんな」
貴子が中指を立てて返答した
で、ここから二人のこんなやりとりが始まった。
以下、サディのセリフは、ダニェルが訳したものを貴子が頭の中でわかりやすく修正を加えたものである。
「薬代と合わせてキルゴ金貨百枚払え!」
「アホか。持ってるわけないだろ」
「知っている! だからお前のものを寄越せ!」
「金貨百枚分に代わるものをってこと? そんなの持ってないし」
「あるだろう!」
「いや、マジで持って……はっ、そうか!? 私の体で払えってことか!?」
「お前の体にそんな価値はない」
「雷よ、このジジイの肉体が四散爆裂するほどの威力でもって」
「それ!」
「どれ?」
「魔法の呪文を私に教えろ!」
「魔法の?」
「それがあればいくらでも稼げる!」
「これって魔法の呪文とかでなくただの日本語だっての。そんなの売れるわけ…………売れるか?」
「どうする!?」
「あんたらが覚えても意味ないだろうけど、確かに売れるかもね。うん、いいよ」
「よしっ、交渉成立だ! ちょっと待っていろ!」
……
ということで話はまとまり、サディは、書くものを探してまだ燃えているテントのほうへ走って行った。
「長い通訳ありがとう」
貴子がダニェルを労った。
「ムフー」
ダニェルが、「たいしたことないよ」と言いたげに胸を張った。
雨足が強くなってきたため、貴子はダニェルと木陰に移動しながら、「呪文を売れときたか」とサディとの交渉内容について考えた。
地球でも魔術関連の本は、桁違いに高価だった。
なので、どうやって売るつもりかはわからないが、本物の魔女の呪文となれば、世界は違えど価値は天井知らずになるかもしれない。
金持ちの好事家は、大枚はたいてでも欲しがるだろう。
魔法が使えようが使えまいが。
交渉内容は、貴子にもよくわかる話だった。
「中身はクズだけど、目の付けどころはさすが商売人だな」
貴子が変な感心の仕方をした。
「マァリヤ!」
サディが走って戻ってきた。
手には、木炭と自身が脱ぎ捨てた服を持っていた。
サディは、すぐさま紙代わりの服を地面に広げ、右手に木炭を持って書く準備をし、
「レシィレ」
満面の笑顔で貴子に言った。
「『お願い』」
ダニェルの訳。
現金なやつ、と貴子は肩をすくめてから、歴史の年号を覚える魔法の呪文や元素記号を覚える魔法の呪文や昔考えたカッコイイだけで何の役にも立たない魔法の呪文などを教えてあげた。
それらを聞き終えると、サディは、ホクホク顔で呪文もどきを書いた服を持って立ち上がり、自身が乗ってきた馬車のほうへと歩いて行って荷台から貴子たちの荷物を降ろし、
「メイ イス シア ビッサベイ トゥワ」
「『荷物、ここ、置く』」
と優しい表情で言ってから、
「マルシャ!」
を探したが見つからず、仲間の男も全員逃げてしまったため、自分で御者席に座り、
「テェデ」
と清々しいくらいの笑顔で貴子とダニェルへ挨拶して、馬を操り、馬車を発進させ、去って行った。
「テェデ」
ダニェルが律儀に返し、
「テェデの、意味、『バイバイ』」
貴子に訳した。
「永遠にテェデ」
貴子は手を振って今生の別れを告げた。
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