第24話 雷

 貴子が顔を進行方向へ向けた。

 仰向けに運ばれているので世界が逆さまに見えるが、徐々に近づく巨大蛇の姿は、はっきりと確認できた。


「待って待ってっ、マジで待って!」


 貴子が男たちの上でもがくも、手足をがっちり掴まれていてどうにもならない。


「タック ケェオ ソワ タカコ!」


 ダニェルが貴子へ駆け寄ろうとするが、サディがリードのようにロープを持っているので足が前へ進まない。


「メイ イス ビネイ シウ エ モッタ ビセナァ、ハッハッハッ」


 太鼓腹の男が楽しげに笑い、貴子を運ぶ男たちのあとを追って歩きだした。


「タカコ! タカコ! タカコ!」


 ダニェルは、どうすれば良いかわからず貴子の名を呼びつづける。


「おいおいおいおい! あの蛇めっちゃこっち見てるって!」


 貴子の視線の先では、巨大蛇が舌をチロチロと出し、貴子を視界の正面に捉えていた。


「離せ! 離せ! 離せ離せ離せ離せ離せ!」


 貴子が喚くが、男たちは、うるさそうな顔を見せるだけで蛇のほうへと淡々と歩く。


「くっそ……」


 貴子が何もできない悔しさに唇を噛んだ。


「こんなかたちで死ぬのか……?」


 頭に半ば諦めの思考が生まれてきていた。


「シャーーーーーッ!」


 蛇が待ちきれないとばかりに体をくねらせる。


「ハッハッハッ」


 太鼓腹の男が笑う。


 ゴロゴロゴロ


 空からは、巨石でも転がしているような雷の音が聞こえる。


「雷か……」


 貴子が顔を正面へ――曇り空へ向けて想像した。

 雷が巨大蛇のいる檻に落ちてやっつけてくれれば、と。


 すると、貴子の胸に熱い塊が生まれた。

 それと連鎖するように、空から聞こえてくる雷の音がひときわ激しくなる。


 まるで、空が雲間で力を溜めるかのごとく長く広く明るく雷光を放電させたかと思った次の瞬間、


 ドーーーーーーーーーーーーーーーンッ


 雷が空気を切り裂き轟音と共に巨大蛇の檻へ落下した。


「ウワァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 光と音の衝撃に皆が悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。


 貴子を運んでいた男たちは、貴子を地面に落とし、サディは、ダニェルに繋がっていたロープと貴子の金属バットを手から落とした。


 雷を受けた蛇の巨体は、檻の中でぐんにゃりと力なく横たわった。

 皆が皆、唖然とした表情で動かなくなった巨大蛇に見入っている。

 辺りには、妙な静寂が流れていた。


 そんな中、サディの落とした金属バットがカランカランと滑稽な音を立てて転がり、貴子の指先にコツンと当たった。

 貴子がそれを拾い、ゆらりと起き上がった。


 落雷という衝撃的な出来事に、誰も彼もが腰を抜かしたようにヘタり込んでいる状況でひとり立ち上がった貴子。

 自然、みんなの注目が集まる。


「今のって……」


 貴子が胸に手を当てた。

 魔法を使うときに感じる熱い塊が生まれた胸を。


「もしかして……」


 と貴子がその期待を膨らませていると、


「シャアッ、シャーーーーーッ!」


 蛇がおのれの巨体を起き上がらせた。

 巨大蛇は、まだ生きていた。


「……」


 貴子が、『もしかして』を確かめるため、目を閉じて自分の意識に集中する。


 頭の中に、巨大蛇へ雷が落ちる映像を作り出す。

 胸の中に熱い塊が出来上がった。

 いける、と貴子は確信を得て、金属バットを振り上げ、


「雷よ! あの巨大蛇を撃て!」


 振り下ろした。

 カッと光が世界を包んだ刹那の直後、


 ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!


 さきほど以上の太い稲光が薄暗闇を走り巨大蛇を貫いた。

 巨大蛇は、一度大きく体を跳ねさせると、ドシンッと重い音を響かせ床に倒れた。

 檻に半分掛けられていた布に雷で火がつき巨大蛇の上へと落ちる。


 巨大蛇は、動かない。

 体が炎に包まれる。

 皆、その光景を言葉を失ったように眺め、そして、貴子へ視線を移した。


「……マ、マァリヤ」


 誰かがポツリと言った。

 すると、周りにいる人間も同様につぶやきはじめ、しまいには、この場にいる者全員が驚愕の表情で同じ言葉を繰り返した。


「フ、フフフ」


 貴子が笑う。


「フフフフフフフフフフ」


 さらに笑う。


「美人魔法使い貴子の復活だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 歓喜の笑いだった。


「理由はわかんないけどねーーーーーっ!」


 わからなかった。


「ダニエル!」


 貴子が、みんなと同様に驚いているダニェルへ向け金属バットを振った。

 ダニェルを縛っていた手首の縄が風の刃でプツンと切れた。


「ダニエルっ、こっちこっち!」


 貴子が呼び寄せる。


「ヤ、ヤァ!」


 ダニェルは、返事をして立ち上がり、


「エイ! カァギン ケェオ!」


 サディの伸ばした手をかわして貴子のもとへと駆け、


「タカコ!」


 貴子の胸に飛び込んだ。


「ダニエル! 無事でよかった〜!」


 貴子がダニェルを抱き止め、金色の髪に頬ずりした。


「タカコ、魔法、戻った!」


 ダニェルは、笑顔で喜びを伝え、


「おう! もう大丈夫だかんね!」


 貴子も晴れやかな表情で答えた。


「さて……」


 貴子がダニェルを背後に下がらせ、


「よくもまぁ、アレやコレやとやらかしてくれたな、このチンコロどもが」


 のそのそと立ち上がり始めた男たちを睨め回した。

 男たちの肩がビクリと跳ね上がる。

 みんな貴子の言葉はわからないが、マズい状況であることは十分すぎるほどわかっていた。


「エ、エイ」


 そんな緊張感の漂う場で、ひとりの男が貴子に声をかけた。

 巨大蛇の飼い主、太鼓腹の男だった。


「何じゃい、太っちょ?」


 貴子がそちらへすがめた目を向けた。


「デ、ディ シウ エ イォ マァリヤ?」


 太鼓腹の男が震える声で聞いてくる。


「『あなた、本物、魔女?』」


 後ろからダニェルが翻訳。


「あ、そーれ」


 少し集中してから貴子が金属バットを横に振った。

 貴子を巨大蛇のほうへと運んでいた男たちが突風で飛ばされて池に転がり落ちた。


「ル、ル、ルルゥカ! イォ マァリヤ!」


 周りの連中が怯えた声を上げる。


「ガクガクガクガク」


 太鼓腹の男は、青い顔で震え、


「シ、シス シウ ミティ シュ モォト オク メア シナァジ? メイ イス ビネイ セステイン クォルバイ」


 揉み手をして貴子へ言った。


「『私の、テント、一緒、食事、する? 高い、物、あげる』」


 ダニェルの訳。


「わかりやすいね、あんた」


 貴子が呆れた。


「あんたのテントってあのおっきいやつだよね?」


 貴子は、太鼓腹の男を指さし、次にテントへ指を向けた。


「サ、サァサァ」


 男がカクカクと首を縦に振った。


「中に人いる?」


「シィ トア ヤイネィ オクレェサ?」


 翻訳するダニェル。


「ネ、ネェン」


 首を横に振る太鼓腹の男。


「そかそか」


 貴子は、頷いて、


「高い物ってのはもったいないけど、まぁいいや」


 金属バットを空へ向けて掲げ、目を閉じた。


「エ、エイ、マァリヤ。ハァテ ディ シウ ケェオフィン シュ カァ?」


 太鼓腹の男が尋ね、


「『魔女、何、する?』


 ダニェルが訳し、


「こうするの」


 貴子が目を開け金属バットを振り下ろした。


 ドーーーーーーーーーーーーーーーンッ


 雷光が空気中をジグザグに伝播し、太った男のテントに落ちた。


「アァァァァァァァァァァッ!?」


 皆が恐怖に悲鳴を上げる。


「ギャーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 太鼓腹の男の悲鳴は一際大きく響いた。

 テントから焦げ臭い匂いが漂ってきたかと思うとすぐに火が出て燃え広がった。


 火のついた天幕が焼け落ち、中の骨組みから寝床から荷駄や袋や食器や食料や何から何まで、盛大なキャンプファイヤーよろしく辺りを明るく照らして豪快に燃えた。


「……」


 太鼓腹の男は、叫ぶ気力も失せて、魂が抜けたように燃えるテントを眺めていた。

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