第23話 大蛇

 貴子が気を失ってから数時間後。


「……ん……んん? ……んあ?」


 貴子は、ようやく目を覚ました。


「シウ ワンツ サイ。メイ ビウ ルシャネェオ」


 そばにはマルシャがいて、目を開けた貴子にホッとした顔を見せた。


「おはよ~。何でマルシャがここに?」


 貴子は、寝ぼけまなこの頭が半分寝ている状態で体を起こして、


「あだっ、あたたたた……」


 壁に打ちつけた後頭部を押さえ、


「そ、そうだった。私、突き飛ばされたんだった」


 今朝の出来事を思い出した。


「コゥク テビ ラァウ?」


 マルシャが眉毛をハの字にして、貴子の三角帽子を渡しながら聞いてくる。

 貴子は、心配してくれているんだろうとわかり、


「ハハ、平気平気」


 笑顔で答え、帽子を受け取ってかぶり、ダニェルの掛け布団代わりに使っていた魔女のローブを身につけ、


「……あれ? ダニエルは?」


 荷台にダニェルがいないことに気づいた。


「……」


 貴子独特のダニェルの呼び名を聞いたマルシャが目を伏せる。


「マルシャ? ダニエルは?」


「……エイィシャ」


 マルシャが暗い顔で謝った。


「エイィシャって、ごめんなさいって意味だよね……」


 貴子が馬車荷台の入り口へ目を向ける。

 馬車は、動いていない。


「……ちょっとちょっと!」


 嫌な予感を覚えた貴子は、急いで荷台から降りた。

 外へ出ると辺りは薄暗く、ゴロゴロと不穏な音を鳴らす真っ黒な雲が空一面に垂れ込めていた。


「さっきは晴れてたのに……もしかして私、長いこと気絶してたのか?」


 今にも雨が降り出しそうな天気を見て、時間の経過に気づいた貴子。


「どこだここ?」


 顔を正面に戻し、馬車が今朝と違う場所に移動していることにも気づいた。


 周りには木々が生え、それに囲まれるように池があり、池のほとりにはサーカスでもできそうなほどの巨大なテントが張られていて、そばには四、五十人の男と、金属バットを持ったサディと、


「ダニエル!」


 手首を体の前で縛られたダニェルがいた。

 貴子がダニェルのほうへと走り出す。


「ダニエル!」


 もう一度貴子が叫ぶと、


「……ハゥ! タカコ!」


 ダニェルが貴子に気づいて顔をそちらへ向け、周りにいる男たちもダニェルの視線をなぞった。

 サディは、ロープを握っており、それがダニェルの手首を縛る縄に繋がっていた。


「ダニエルを放せーーーっ!」


 貴子が走る勢いそのままにサディに飛びかかろうとした。

 しかし、その途中でサディの仲間に足を引っ掛けられ、


「あだっ」


 貴子はうつ伏せに倒れ、男に地面に押さえつけられた。


「ど、どけ!」


 貴子がジタバタ暴れると、背中に乗っていた男が貴子の腕を後ろ手に捻り上げて、貴子を立たせた。


「いでででででっ」


 貴子の顔が痛みに歪む。


「タカコ!」


 ダニェルからの心配の声。

 その隣りでは、サディが貴子を見て、


「シウ ネヨォサ。フゥ〜」


 呆れたように肩をすくめ、


「ハァテ シィ アリ ジェイ?」


 サディの正面にいた男は、「何だこいつは?」といった訝しむ目を貴子へ向けつつサディへ聞いた。


 サディと同じく、ワンピース型の服を着てトーガのような布を身に纏った、五十かそこらの身なりの良いでっぷりと太った太鼓腹の男だった。


 聞かれたサディは、


「アリ ジェイ シィ エ ロォフ ジュウ ダレング ソワ サフィネル ナン エ マァリヤ、ハハハ」


 太鼓腹の男に答えて笑った。

 それに釣られて太鼓腹の男、周りにいる四、五十人の男も声を上げて笑った。


「お前わかるぞ! 今私のこと、『自分を魔女だと思ってる変なやつ』って言ったろ!」


 サディの言葉に『マァリヤ』が入っていて、これまでも同様の笑われ方をしていたので貴子はだいたいの予想がついた。


「おいっ、ダニエルを放せ! 薬代払うから私らを自由にしろ!」


「サディ! メイ イス トォイ ソォフ ダ レデック、メイエ フォタ ワグ ハネオ!」


 貴子とダネェルが語気を強くしてサディに言った。

 だが、サディは、二人を無視して太鼓腹の男との会話を再開した。


「ダニエルっ、こいつら何の話してるの!?」


 貴子がダニェルに聞いた。


「サディ、私、売る! 太い、男、へ、売る、言う!」


「はぁぁぁ!? ふざけんな!」


 貴子が怒りを露わにする。


「おいっ、サディ! ジジイ!」


 呼ぶが、やはりスルー。


「こっちを……」


 貴子は、右足に履いているサンダルを半分脱いで、


「向け!」


 足を振ってサディへと飛ばした。

 ペシッと乾いた音を立て、サディの横顔に靴裏が命中した。

 ピキリ、とサディのこめかみに青筋が走った。


「シ、シウ ゾォク ハビ」


 サディが怒りに声を震わせ貴子を見て、


「カァギン クォム ナン テビ シィ!」


 貴子の腕を捻りあげる男に何かを言うと、金属バットをきつく握りしめ、貴子のほうへと歩き出した。


「モウト エド、サディ」


 しかし、太鼓腹の男がサディの肩に手を乗せて止めた。

 そして、少し二人で話し合った後、笑顔でお互いの頬と頬を合わせた。


「タカコ! 太い、男、タカコ、も、買った!」


 話を聞いていたダニェルが会話の内容を簡単に説明する。


「私も?」


「家族、へ、渡す、言った!」


「家族? 私を?」


 貴子が太鼓腹の男を見る。

 体中に装飾品をジャラジャラつけた、いかにも金を持ってそうな身なり。


「成金親父が息子にでも私をプレゼントするつもりか?」


 と貴子が嫌悪感をあらわに鼻にシワを寄せて考えていると、


「エベィ エ カァバ!」


 太鼓腹の男は、後ろにいた従者らしき男に指示を出し、その男は周りにいた男たちに指示を出し、指示を受けた二十人ほどの男たちが巨大テントの中へと走って行った。


 それほど待つことなく、男たちは、一本の太いロープを引いてテントから出てきた。


 次に現れたのは、ロープと繋がっている大きな荷駄で、その上にはコンテナくらいの四角い箱が乗っていた。


 布が被せられているので中は見えないが、物を擦り合わせるような音が布の向こう側から聞こえてきた。


「キエッタ トア!」


 太鼓腹の男が両腕を広げて止まるよう指示を出すと、ロープを引いていた男たちは足を止め、ロープから手を離した。


「シィキ フゥエ ダ ヘイシェ!」


 次に、布をめくる仕草で指示を出した。

 男たちがコンテナサイズの箱にかかっている布の端を持ち、


「エィオォ!」


 かけ声に合わせて半分ほど捲り上げた。

 鉄格子が見え、その中には、鱗のような暗緑色の皮膚で長い体をうねらせる生物がいた。


 そこにいたのは、蛇だった。

 ただ、大きさが、象でも絞め殺せそうなほどの化け物サイズだった。


「オゥ シャッド……」


 ダニェルやサディ、その仲間からどよめきが起こる。


「な、な、なんだアレ……」


 貴子は、目をまん丸にして驚いていた。

 蛇は、鉄格子の檻の中で窮屈そうに体を何度も折り曲げ、頭を動かして外の様子を窺っていた。


「ザノ シィ エ イビリィダ カァバ ザノ モォテ エ ナァド ソワ モジュウ。メイ マグ エ セザァ ヒルキ コルゥチン キオ」


 太鼓腹の男が自慢げに言ってふんぞり返る。


「『あの、蛇、人、たくさん、食べた。捕まえる、大変だった』」


 ダニェルが貴子に訳す。


「エス ビセナァ キウ シィ メア マタ」


「『今、私の』……『家族』」


 ダニェルは、怖れるように家族という単語を言った。

 怖れる理由は、貴子にもわかった。


「つまり、太っちょさんは、『家族に渡す』って言ってて、その家族らしい人食い蛇が出てきたってことは……」


 貴子がゴクリと息を飲み、


「タカコ! 逃げる!」


 ダニェルが叫んだ。


「放せぇっ!」


 貴子がジャンプして、自分の腕を捻り上げている男のアゴに頭突きを食らわせた。


「ウガッ」


 痛みに男が拘束を緩め、その隙に貴子が逃げる。

 しかし、


「わっ!?」


 すぐに太鼓腹の男の仲間数人が貴子を捕らえた。

 男たちは、仰向けにした貴子を神輿のように頭上に持ち上げ、巨大蛇のほうへと運び始めた。

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