第20話 魔法が使えない
「ぷはぁ〜」
苦い薬を無事飲み終えたダニェルが、ホッとした表情で息を吐き出す。
貴子は、それを見てから、そろりとダニェルの頭を草の上に下ろしてやった。
「良かったね、ダニエル。あとは、安静にしてようね」
貴子がダニェルの頭を撫で、
「どうも、ありがとうございました。サリィシャ」
老人にお礼を言って、慣れないながらも老人に頬を合わせて感謝を示そうとした。
しかし、老人は、それを手で止めて、
「カァギン シペット テビ。ヤァナ ロタ ザノ、トォイ メオ」
貴子に何かを言ってきた。
「え~っと……何? 接吻のが良いとか?」
貴子が自分の唇を指さす。
「ち、違う、はぁ、はぁ」
答えたのはダニェル。
声に力がなく辛そうだ。
「ダニエル、大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」
ダニェルは、心配する貴子に頷いてから、
「お、おじいちゃん、はぁ、はぁ、言う、『お金、払う』はぁ、はぁ」
老人の言葉を訳した。
「え? お金? 薬の? くれるんじゃなかったの?」
貴子の意外そうな表情を見て、この少年が通訳をしたんだろうと理解した老人が、
「テス キルゴ クゥロ ビング」
人差し指と中指の二本を立ててダニェルに見せた。
「何でピースしてんの?」
わからない貴子。
しかし、ダニェルは、
「キ、キルゴ、金貨、に、二枚、はぁ、はぁ」
驚きの表情で翻訳した。
「ああ、値段ね」
意味がわかった貴子。
「仕方ない。払おっか、その金貨」
ダニェルに提案した。
「ダ、ダメ」
だが、ダニェルが拒否。
「どうして?」
「はぁ、はぁ、と、とても、た、高い。も、持つ、はぁ、はぁ、な、ない」
それが理由だった。
「……え〜とですね」
貴子は、気まずい顔で老人を見て、
「お金、ありません。払えません」
指で輪っかを作って手を左右に振り、持ち合わせがないことを表現した。
貴子のボディランゲージを見た老人は、
「アフィ メイ イス ボォサ シウ カッグ コミ トォチ ダノ トゥト ルイニ」
微笑んで貴子の肩にポンポンと手を乗せた。
「その優しい笑顔……もしかして、『だったらお金はいらないよ』……とか?」
予想する貴子。
だが、ダニェルが顔を青くして、
「……『あなたたち、売る。お金、する』」
正確に訳した。
「ティケ セレイ カッグ」
老人が十数人の仲間の男たちに向け指示を出すと、全員が貴子とダニェルに近寄ってきた。
「ちょ、ちょちょちょーっと待ったーーーーーっ!」
貴子が手のひらを前に突き出した。
男たちが一旦立ち止まる。
「そ、それってアレじゃない? じ、人身売買じゃない? もしかしてあんたら野盗? ロォロ?」
貴子が覚えていた単語を口にすると、老人は、それを鼻で笑い、
「メア ソミエ シィ サディ。メイ ニス エ カパァヤ」
言って胸を張った。
「お、おじいちゃん、名前、はぁ、はぁ、サ、サディ。はぁ、はぁ、う、売る、買う、する、人。はぁ、はぁ」
ダニェルの説明的翻訳。
「売る買うって……あ、商人か」
貴子がダニェル訳を解読。
「こっちの商売って、人身売買上等なの?」
貴子は、驚き、
「って、それはひとまず置いといて。悪いけど、抵抗させてもらうからね」
次いで、金属バットを手に取り正眼に構えた。
「お金を払うのは、今は無理。でも、いつかは払う。絶対に。それでも私たちを売っ払うってんなら魔法使うから。ルルゥカ使うから。ルルゥカ」
魔法を意味する『ルルゥカ』の単語を聞き取り、男たちが「何言ってんだこいつ?」というバカにした顔をして肩をすくめた。
しかし、老人――サディは、
「ハゥム……」
考えるような顔で真っ白なアゴヒゲを撫で、
「サァリ メオ ダ ルルゥカ」
貴子へ向けて人差し指を手前にクイクイと曲げた。
「はぁ、はぁ、『私、魔法、見る』」
ダニェル訳。
「見せろってか。見なきゃ信じらんないもんね。いいよ」
貴子が目を瞑り、集中する。
「(ケガをさせないように、男たちが後ろに倒れる程度の風力で……)」
風で相手を押すイメージを頭の中に描いた。
だが、
「……あれ?」
目を開け、首をひねる貴子。
胸に、魔法を使うときに生まれる熱い塊が湧いてこなかった。
「カァ テビ ヒクシキィ」
サディが急かすように指をクイクイ動かす。
「ちょ、ちょっと待ってね」
『早くしろ』と言っていることが伝わってくるゼスチャーに貴子が焦る。
しかし、どれだけ粘っても胸の中に何も感じない。
「エイ……」
サディが焦れているのがわかり、貴子は、仕方なく、
「風よ吹け!」
やぶれかぶれに叫んだ。
「……」
何も起きなかった。
「ティケ」
つまらなそうな顔でサディが男たちに指示を出した。
「サァ!」
男たちは、二人の持ち物を取り上げ、放心状態の貴子と病気で動けないダニェルを肩に担ぎ、馬車があるほうへと歩き出した。
「(……何で?)」
男に担がれた状態で貴子が考える。
「(何で魔法使えなくなったの?)」
と。
思考を巡らせ原因を探るが何も思い当たらない。
しかし、
「(もしかして、ダニエルの病気が治せなかったのも、私が魔法を使えなくなったから?)」
それには思い当たった。
「……」
貴子が自分の手を見つめる。
もう魔法はずっと使えないんだろうか?
せっかく小さい頃から憧れてた魔法使いになれたのに。
そんな殺生な……。
「ホォヤァ!」
「わっ!?」
ヘコむ貴子を担いでいた男が、かけ声と同時に貴子を馬車の幌付きの荷台に放り入れた。
貴子が麦藁がたっぷりと敷かれている床に転がる。
そして、ダニェルは、そっと荷台に降ろされた。
「何、この扱いの差?」
病人を大事に扱ってくれるのはいいんだけど、と思いつつも貴子が不満をこぼした。
男たちは、
「ベフィ シウ アシィ タァキエィ、メイ イス ソル シア センテ」
外を親指でさし、足を手刀で斬る仕草を見せてから去って行った。
きっと、逃げたら足を剣で斬ると言ったんだろうと貴子が読み取った。
「……ダニエル、助けられなくてごめんよ」
貴子がダニェルのところへ移動し、横に正座して、
「私、魔法使えなくなっちゃった」
沈んだ声で正直に言った。
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫」
ダニェルは、貴子の膝に手を載せ、
「わ、私、ごめんなさい」
同じく謝った。
「く、薬、高い。はぁ、はぁ、わ、私たち、売る、なった」
自分のせいでこんなことになったと考えていたからだ。
「そんなことないよダニエル!」
貴子が強く否定する。
「ダニエルは何も悪くない!」
「……ヤァ」
貴子の言葉を聞いたダニェルは、微かに笑顔を見せ、
「はぁ、はぁ、はぁ」
辛そうに呼吸を荒くした。それを見た貴子は、
「とにかく今は、病気のことだよね。早く治さないと」
頭を切り替えるため、自分の頬をペシペシとはたいた。そこへ、
「エイ」
入り口から声をかけられた。
貴子が目を向けると、甘くトロンとした顔立ちの美女が立っていた。
「あ、さっきの人」
サディのそばにいた女だと気づいた貴子。
「何の用?」
表情を険しくしてトゲのある声音で尋ねた。
しかし、相手に言葉の意味とニュアンスは通じず、女は、トロンとした顔のまま首を傾げたあと、水の入った皮袋と空の木桶とハンカチサイズの布を荷台に置いた。
「うん? もしかして、ダニエルの看病に使えってこと?」
貴子が、ダニェルと女の持ってきた物を交互に指さす。女は、
「ヤァ」
尻下がりの目をさらに下げて微笑み、頷いて、
「マルシャ」
自分の胸を指でつついて何かを言った。
「マルシャ? 名前かな」
と貴子は判断し、
「私、貴子。た・か・こ。この子、ダニエル。ダ・ニ・エ・ル」
自分とダニェルを紹介した。
「タカコ コミ……ダ・ニ・エ・ル? ……オゥ、ダニェル。ヤァヤァ」
マルシャが正確な発音に修正。
マルシャは、頷いて貴子とハグを交わし、ダニェルを心配そうな眼差しで見つめてから、
「メイ イス テカ ネヨォサ」
と言って立ち去った。
「……あの人、男連中とはちょっと違うのかも」
マルシャの気遣いと表情の柔らかさ、ダニェルに対する反応に、貴子は、警戒心を和らげ、
「ダニエル、今汗拭いてあげるからね」
布を手に取りダニェルの看病を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます