第18話 銅像
「おらぁっ!」
貴子がサットの脳天を狙って金属バットを振り下ろす。
「オゥッ!?」
サットは横へ空中移動して避ける。
「しゃあっ!」
今度は薙ぐように横っ面を狙って振る。
「ウォウッ!?」
サットが後ろへ下がって避ける。
貴子がバットを振るう。
サットが避ける。
バットを振るう。
避ける。
振るう。
避ける。
振るう。
避ける。
貴子が次から次へとサットの頭部へ執拗に攻撃を繰り出す。
そんなキ◯ガイじみた連続攻撃を前に、サットは、物を操って飛ばす暇がない。
天井へ飛んでもバットはギリギリとどく。
廊下へ逃げようとしたらダニェルが扉を閉めた。
窓には鎧戸がはめ込まれていて外している余裕はない。
進退極まり、ついにサットは部屋の角に追い詰められた。
「へへ、もう逃げらんねぇぞ」
貴子が口端を上げて笑う。
「ラ、ラジェ エ トゥダ!」
サットが待ってくれとばかりに怯えた目で手のひらを貴子へ向けた。
「帽子の恨み、晴らさでおくべきか……」
それを無視して般若顔の貴子がサットへにじり寄る。
「往生せいや、クケケケケケケケケケケケケケケケッ」
もはや、どちらが悪霊かわからなかった。
「こいつで……」
貴子は、金属バットを振り上げ、サットへ大きく一歩を踏み出し、
「終わりだぁぁぁぁぁっ!」
頭を狙って振り下ろした。
「チィシェ!」
サットが悔しげな顔を作ると、突如体から黒い靄が飛び出した。
こいつが悪霊の正体だと気づいた貴子は、バットがサットの頭に当たる寸前でビタッと止め、
「逃がすかぁっ!」
靄のあとを追い、壁をすり抜けようとしている悪霊目がけて、
「アーーーメン!」
バットを思い切り振り抜いた。
白く輝く金属バットが黒い靄の半分を削った。
「ギョオォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
悪霊が耳障りな金切り声を上げる。
残った半分の黒い靄が紙の燃えカスのように床にふわりと落ちた。
「タカコ コォク! タカコ、勝つ、したーーーーーっ!」
ダニェルは、貴子の、「こいつで終わりだ!」の言葉を耳にしたところから再び中を覗いており、悪霊が退治されたのを見ると興奮した顔で部屋に駆け込んだ。
ダニェルが部屋に入ったのを見てミュセェラもあとにつづく。
「オゥ、サット!?」
ミュセェラは、気を失った状態で床に倒れているサットのもとへ。ダニェルは、
「タカコ!」
「ぜぇ〜、はぁ〜、ぜぇ〜、はぁ〜」
疲れ切って同じく床に寝転がっているタカコに駆け寄った。
「タカコ、大丈夫?」
ダニェルが心配して声をかける。
「ぜぇ〜、はぁ〜、ぜぇ〜」
貴子は、息切れが激しく返事もできない。
その時、
「エ、エイ……」
半分になった黒い靄が弱々しい声で話しかけてきた。
ダニェルが気味の悪さにビクリと体を震わせたが、
「メイ ファド ダレト テビ シス ソォレ サイ ミティ アリ……」
「『私、負ける、思う、なかった』」
悪霊の声に耳を傾け、それを日本語に訳した。
「エ ヒュス トゥリムグ ピア、メイ ビウ イィシェ オク アリ ユドゥク」
「『百年、前、私、この村、生まれる、した』」
悪霊は、おのれの過去を語り始めた。
「メイ ビウギン タチアムリ、エス メイ ビウ オォバ ササァラ シュ ベェウ ホォレオ ハジ エ サァミ マタ」
「『家、お金、ない。でも、家族、優しい、私、とても、幸せ、だった』」
完全に消えてしまう前に、自分が悪霊になってしまったいきさつを誰かに聞いて欲しくなったのだ。
「エス アゥス エ バァフリ サァン」
「『でも、雨、降る、日、だった』」
そんな悪霊の過去をダニェルは訳し、
「知るかボケーーーーーーーーーーっ!」
貴子は、悪霊へ金属バットを振り下ろした。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………」
悪霊は、消滅した。
ダンッと金属バットを床に着き、
「これにて一件落着!」
貴子がスッキリした顔で額の汗を拭った。
「ヤ、ヤァ」
ダニェルがなんとも言えない表情で返事をした。
……
それから約一時間後。
サットがミュセェラに支えられた状態で家の門を出て、村人たちの前に姿を現した。
「サット!」
村人たちは、サットのそばへと集まり、
「エ、エイ、ディ シウ タァク スナァイ? ディ シウ シィエフィン フォウ?」
その中の一人が確認するように尋ねた。
「『サット、大丈夫? 体、どう?』」
サットの後ろにいるダニェルが隣の貴子に訳す。
「ヤァ。シウ ヨォド シュ ベェウ イェグレェオ。テビ シィ タァク スナァイ ビセナァ。ラキェオ。サシャグ シュ タカコ」
サットは、まだ病人のような見た目だが、それでも暗い影のないすっきりとした明るい表情で答えた。
サットの返事を聞いた村人たちは、
「ワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
一斉に歓声を上げた。
みんなが抱き合い、涙を流して喜びを表現した。
「サット、『心配、ありがとう。私、大丈夫。病気、治る、した。タカコ、やった』。村人、『わー』」
遅れてダニェルが笑顔で翻訳。
「うんうん。良かった良かった」
貴子も微笑み頷いた。
村人がサットを囲み喜びの接吻を交わしている。
「エイ、マァリヤ! ダニェル!」
次に、貴子とダニェルのほうへやってきた村人たちは、当然のように二人にも接吻の雨を贈った。
ダニェルは、はにかんで、貴子は、半笑いでそれを受け止めた。
「タカコ」
接吻祭りが落ち着くと、サットが貴子のほうを向いた。
「サシャグ メイエ カフ。メイ ゼスギン サシャ シウ フェデェマ」
「『マジで、ありがとう。感謝、する、たくさん、する』」
サットの言葉をダニェルが翻訳。
ミュセェラも貴子を見て、
「メイ サシャ シウ ヤ。メイ ニス メイエ プレッジスン ザノ メイ ゼスギン クェバ テビ トゥト ユディグ」
「『私、も、ありがとう。感謝、の、気持ち、たくさん、ある』」
ダニェルの訳。
「いやいや、もうお礼は十分言ってもらったんでいいです」
貴子は、気恥ずかしそうに頬をポリポリとかき、
「あと、接吻も浴びるほどもらったんでいいっス」
自分のほうへ近づこうとしていた二人を手で制した。
サットの意識が戻り、悪霊に取り憑かれていた間の記憶が曖昧なサットにミュセェラが全てを説明したあと、貴子とダニェルは、二人から何度も何度も感謝の言葉と接吻をもらっていた。
「ヤァ……」
「ハゥン……」
ダニェルの訳を聞いた二人は、接吻できなくて残念そう。
「エイ、ミィテヤ! ポラァト!」
そこへ、男の大きな声が聞こえてきた。
貴子たちが食堂で会話した三人組の内の一人、赤鼻男がみんなに呼びかけていた。
村人たちがいったん口を閉じて赤鼻男の声に耳を傾けた。
「タカコ ビセネオ ワラ ゼィリヤ! シス シウ ミティ シュ ゲッタ サフィ ダウベィク メニシュ オク ダ ユドゥク!?」
赤鼻男がみんなに向かって何かを言うと、
「ヤァヤァ!」
全員が貴子を見て笑顔で頷いた。
サットとミュセェラも貴子に微笑みかけて首を縦に振っている。
「何何? 私のこと言ってるよね? 何なの?」
みんな私のこと、『女神様みたく綺麗』とでも言ってるんだろうと予想しつつ貴子がダニェルに聞いた。
「みんな、言う、『タカコ、固い、銅、する』」
「……私を銅で固めるの? え……何で急にそんな話になってるの? 何でそんな怖いことみんな笑顔で言ってるの?」
貴子がサイコな村人を恐れた。
ダニェルは、貴子の表情を見て伝わっていないことがわかり、
「タカコ、銅、形、銅、人、形」
手で空中に人のボディラインを描きながら、あわてて説明を加えた。
「銅、人、形? ……あ、銅像か。みんな、私の銅像作ろうって言ってるのか」
貴子の嬉しそうな顔を見て、伝わったことがわかり、ダニェルがホッと息を吐いた。
「え〜、そんな、たかだか人助けしたくらいで銅像とか大袈裟っスよ〜」
照れる貴子。
「赤鼻のおっちゃんが作るの? よろしくね」
でも遠慮はしない。
「じゃあさ、頼みがあるんだけどいい? ちょっといい感じっていうか、見栄え良くして欲しいんだよね。ここをこうして、そこをああして、あ、ダニエル訳して」
赤鼻男と打ち合わせを始めた貴子。
数日間村に滞在し、細かく要求を伝えた。
◇◇◇
貴子たちがキリィシァ村を去ってひと月後。
ついに銅像が完成した。
多くの村人が銅像の出来を見るため、像が設置されるサットの家の前に集まった。
銅像は、貴子とダニェルの二体あり、まずダニェルの銅像にかけられていた布が外された。
美少女のような美少年の像が現れた。
「ワーーーーー!」
みんなが出来栄えに拍手した。
次に、貴子の銅像にかけられていた布が外された。
絶世の美女像が現れた。
「ハゥン?」
みんな首を傾げた。
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