第16話 浮いてる
「サットさん、こんばんは」
「タァグ トォルティン」
ベッド横へ移動した二人がサットの顔を覗き込むように見て挨拶をした。
サットは、貴子たちが入ってきても何の反応も見せず、眠りつづけている。
呼吸は、かなり浅い。
「ミュセェラさんがいないけど、サットさんの治療はじめよっか」
サットを近くで見て、こりゃ治せるなら急いだほうがいいと判断し、貴子がダニェルに提案。
「良い、思う」
ダニェルが賛成した。
「ちょっとごめんなさいね」
貴子が掛け布団をめくる。
サットの着ているゆったりとした白いワンピースタイプの服が露わになった。
貴子は、
「よし!」
と気合を入れ、
「始めよう!」
集中力を高めるため目を閉じた。
頭の中にサットの健康的な姿を思い描く。
しばらくすると胸の中に熱い塊が生まれてきた。
魔法を扱う時特有のその感覚を得て、貴子は目を開け、
「治りますように!」
右手をサットの胸の上に置いた。
サットの全身からオレンジ色の光が生まれた。
温かみのあるオレンジ色の光は、だんだんと輝きを増し、それにつれて魔法の効果を現していく。
サットの目の下のクマが薄くなる。
サットの青白かった頬に赤みがさす。
サットの肌が潤ってきた。
「サット、治る!」
ダニェルが喜びを現す。貴子も、
「(いける!)」
と思った時、フッと部屋にあるすべての蝋燭の明かりが消えた。
「ホァ!?」
ダニェルが驚き、
「わっ!?」
貴子は、驚きすぎて魔法を消してしまった。
「ビ、ビックリした〜。え〜? 何々? 何で消えたの?」
貴子がダニェルのいるほうへ顔を向けた。
「わからない」
ダニェルの声だけが聞こえる。
部屋にある唯一の窓には鎧戸がはめられていて月明かりが入ってこず、室内は真っ暗だ。
「オゥ。火、残る。待つ」
ダニェルが何かに気づき、
「フーーー、フーーー」
つづけて息を吹く音が聞こえてきた。
ミュセェラがテーブルに置いていった蝋燭に、赤い点が見える。
ロウソクの火が完全に消えていなかったので、息を吹きかけて火種を大きくしようとしているんだろうことが貴子にもわかった。
ダニェルが五回目の息を吹きかけると、ポッと蝋燭の芯に火が灯り、お互いの顔が確認できた。
「フゥ」
ダニェルが一息吐き、
「ナイス、ダニエル」
貴子がダニェルにオーケーマークを送り、
「ほんじゃ、つづきを……」
二人揃ってサットのほうを見て、
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
一緒に悲鳴を上げた。
サットがベッドの上に立ち上がっていた。
「マ、マママッテバ~」
「ビ、ビビビビった〜」
ダニェルと貴子がバックンバックン音を立てる胸に手を当てた。
「サ、サットさん、はじめまして」
驚き冷めやらぬまま、貴子がひとまず挨拶をした。
「……」
サットの反応はない。
「セシマ シュ オォニ シウ、サット」
ダニェルも挨拶。
「……」
サットの反応なし。
「……サットさん?」
貴子がもう一度名前を呼ぶ。
「……」
反応なし。
様子がおかしい。
「ん〜?」
貴子が訝しげな表情でサットを観察する。
サットは、ベッドの上に立ち、手をだらりと下げ、背中を丸めて俯いている。
顔は、長い白髪に隠れて見えない。
蝋燭の炎が、サットの影を壁に大きく作り出している。
炎が揺れると、サットの影もゆらゆらと揺れた。
「(怖いんだけど……)」
貴子が心の中でつぶやいた。
「……ッ」
ダニェルも貴子と似たようなことを考え小さく体を震わせた。
「え~っと……」
どうしたものかと貴子が困っていると、サットは、顔を俯けたまま腕を持ち上げ、貴子を指さし、
「ジュウ ダ エィグ ディ シウ?」
低くしゃがれた声で話しかけてきた。
「『あ、あなた、な、何?』」
ダニェルの震える翻訳。
「た、貴子です。魔女です。言葉は、こっちのダニエルが訳してくれます」
貴子が自己紹介をし、ダニェルがそれをサットへ伝える。
話を聞いたサットは、
「マァリヤ? ……クケッ、ケケケケケケケケケケケケケケケッ」
不気味に笑った。
「(こりゃいよいよおかしいぞ)」
と貴子が不安を感じていると、
「タ、タ、タカ、タカコ」
ダニェルが声を引きつらせて名前を呼びながら、貴子の背中をバシバシ叩いた。
「いて、いて。な、何?」
「あ、あ、あれ」
ダニェルがサットの足元へ人差し指を向けた。
「どれ?」
貴子が指の向けられた場所を見る。
「ぎょっ!?」
サットの足が浮いていた。
サットは、足をベッドに着けておらず、その体は宙に浮いていた。
息をするのも忘れ、二人がサットを見つめる。
すると、サットは、ベッドの横にいる二人のほうへ空中浮遊状態のままゆっくりと体の正面を向けた。
二人の喉がゴクリと鳴った。
サットが俯けていた顔を上げた。
長い前髪の隙間から覗く白く濁った目玉が二人を見ていた。
サットは、裂けそうなほど口を大きく開き、
「ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
吠えた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
二人はすぐさま逃げ出した。
喚き散らしながら、出口目指して一目散に走る。
サットが二人のあとを幽霊のように飛んで追ってきた。
「メイ イス ラゼェネ シア コォクナ コミ アティ セファ シア モウリシュ ソルドビィグ!」
おどろおどろしい声で何かを言ってくるサット。
「『あ、あなたたち、お腹、切る、内臓、引く、出す』」
翻訳するダニェル。
「怖いから訳さないで!」
貴子が止めた。
二人は、一心不乱に走り、貴子がドアを押し開け、一緒に廊下へ転がり出た。
そして、ドアを素早く閉め、扉に背中を当てて押した。
ドンッ、ドンッとサットが数回扉に体当たりする感触があったが、開けられそうにないと判断したのか、すぐに静まった。
「はぁ~~~」
二人仲良く肺の底から息を吐き出し、扉に背中をくっつけたままズルズルと床に座り込んだ。
そこへ、ミュセェラが戻ってきた。
「オゥ、タカコ。ゼス シウ ネリィ キオ?」
ミュセェラが貴子に尋ねた。
「『治す、できる?』」
ダニェルが訳した。
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!」
貴子が全力で首と手を左右に振った。
「サットさんって生まれつき浮いたりしないよね!? だったらアレなんか取り憑いてるから! 悪魔とかお化けとか妖怪とか! アレって病気じゃないから! アレに必要な人って医者でも私でもなく高位魔術師とかエクソシストとかだから! 私じゃ無理!」
早口に言って、貴子がもう一度首を横に振った。
「メイ レェタ……」
言っている意味はわからないが、貴子の手と首の動きで結論を察したミュセェラが、目を伏せ肩を落とした。
「う……」
ミュセェラの反応に貴子の胸が痛んだ。
「タカコ、無理?」
ミュセェラの落ち込む姿を見てダニェルが貴子に確認する。
「無理無理無理無理マジで無理」
「そう……」
ダニェルがしょんぼり。
「う……」
ダニェルの反応に貴子の胸が痛んだ。それでも、
「む、無理なものは無理だよ」
やはり貴子は断り、立ち上がって一人廊下の窓辺へと歩いて行った。
同じく立ち上がったダニェルが、暗い表情のミュセェラに部屋の中であったこと、サットの置かれている状況の説明をする。
なんとなく後ろめたいような気持ちになった貴子は、二人から視線をそらし、
「はぁ〜……」
ため息を吐いて、
「私だって助けたいけどアレはさぁ……」
弱音をこぼしながら村の景色に目を向けた。
暗闇の中に千を超える炎の灯りが見えた。
「……え? な、何これ?」
驚いた貴子が目を凝らす。
それらはすべて、村人が持つ松明だった。
食堂での出来事を聞き、サットが治ることを祈るためにここへやってきたキリィシァ村の住人だった。
皆が松明を持った手を組み合わせ、目を閉じてサットを想い完治を願っていた。
町で学んだ技術を村人に教え、町で稼いだ金を村のために惜しげもなく使ったサット。
貧しく、生活が苦しかったみんなを救い、村を豊かにしてくれたサットは、村人にとって何者にも変え難い大切な人なのだった。
「……」
しばし、光の群れに見入っていた貴子。
くるりと二人へ振り返り、
「やっぱやってみる」
考えを変えた。
「タカコ!」
ダニェルの曇っていた表情が笑顔になった。
さっそくミュセェラに貴子の言葉を伝える。
「オゥ、タカコ! サリィシャ! サリィシャ!」
ミュセェラは、涙目で貴子の手を取って感謝を口にした。
貴子は、ミュセェラの背中をポンポン叩いてあやし、
「おっしゃっ、やったるぞ!」
やる気が消えないうちに行くことにした。
「ヤ、ヤァ!」
ダニェルが貴子に応えて返事をした。だが、
「ダニエルは、ここに残りなさい」
貴子がダニェルの肩に手を置いて止めた。
「い、行く! や、やる!」
「無理はダメ。足すっごい震えてるじゃん」
貴子がダニェルの足を見た。
目にも止まらぬ速さで震えていた。
「ヤ、ヤァ……」
それを指摘されたダニェルは、
貴子は、慰める意味で、ダニェルの頭を撫でてから、
「しゃ!」
自分に喝を入れ、荷袋を床に降ろして扉の取っ手を握った。
ドアを薄く開けて部屋の中を覗く。
サットは、またベッドの上に横たわっていた。
その様子を見た貴子は、ミュセェラから蝋燭の乗った皿を受け取り、
「行ってきます」
二人に言って、体を中へと滑り込ませた。
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